南アフリカ共和国の喜望峰に程近い海岸線に堂々と立つ雄のダチョウ。体高2.75メートル、体重135キロにもなる世界最大の鳥にはユーモラスな魅力があるが、捕食者たちにとっては手ごわい相手だ。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)
南アフリカ共和国の喜望峰に程近い海岸線に堂々と立つ雄のダチョウ。体高2.75メートル、体重135キロにもなる世界最大の鳥にはユーモラスな魅力があるが、捕食者たちにとっては手ごわい相手だ。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)
この記事は、雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年9月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

ダチョウはとぼけた鳥だというイメージがあるかもしれない。だが、捕食者だらけの世界で彼らは抜け目なく生きている。

 ダチョウといえば、とぼけた鳥だといったイメージをもっている人もいるのではないだろうか?身の危険が迫ったとき、敵の姿が見えなければ敵にも自分が見えないとばかりに砂の中に頭を突っ込み、現実から目を背ける大きな鳥だと。

 こうした固定観念によって、ダチョウは間抜けな動物の典型とされてきた。だが、砂に頭を突っ込むイメージは、古代ローマの博物学者プリニウスが2000年も前に述べた説の受け売りにすぎない(彼は時に事実に反することを書いた)。ダチョウの姿を思い出してみよう。骨張った長い脚、筋肉と羽根でできた大きなゴムボートのような胴体、首は潜望鏡のように長く伸び、地上2.75メートルの位置にあるくさび形の頭部にはゾウよりも大きな目玉が付いている。砂の中に頭を突っ込むことなど、できそうにない。

 しかしダチョウはよく、地中ではないものの、地面の近くまで頭を下げる。植物を食べたり、巣を手入れしたりするためだ。人間より10個も多い17個の頸椎をもつ彼らの首は軽く柔軟で、上下、左右、前後に楽々と動く。巨大な目は、いつも周囲を注意深く見張っている。

 ダチョウが注意深いのには理由がある。第一に、彼らはライオンやヒョウ、ハイエナ、リカオン、チーターなどと同じ土地に暮らす “特大のニワトリ”、すなわち飛べない鳥だからだ。ダチョウの成鳥は敵を蹴って骨折させたり、足の爪で敵の内臓をえぐり出したりすることもでき、簡単に餌食になることはない。ただ、戦うより逃げることに長けていて、逃げる速さは最高で時速70キロ近くになる。

ダチョウは2本脚の動物としては最も速く、短距離なら時速70キロ近く、長距離でも時速48キロほどで走れる。速さの秘密は、太ももの大きな筋肉と細長い脚、しなやかな腱(けん)、そして地面をしっかりとらえられる特大の足の爪だ。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)
ダチョウは2本脚の動物としては最も速く、短距離なら時速70キロ近く、長距離でも時速48キロほどで走れる。速さの秘密は、太ももの大きな筋肉と細長い脚、しなやかな腱(けん)、そして地面をしっかりとらえられる特大の足の爪だ。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)

 警戒を怠らないもう一つの理由は、子どもが常に危険にさらされているためだ。ダチョウは開けた場所の地面に巣を作るため、腹をすかせた捕食者に狙われるのはもちろん、不注意なゾウに卵を踏み潰されるおそれもある。無事に育つには、かなりの幸運が必要だ。最初の卵を産んでから孵化するまで2カ月以上もの間、巣を隠し通すか、いつでも守れるように警戒していなければならない。孵化が失敗するのはよくあることで、ダチョウが一つの巣を共同で使うようになったのはそのためだろう。

タンザニアのタランギレ国立公園で、3羽の雌(茶色)と3羽の雄(黒)、そして42羽のひながジャッカルなどの捕食者を警戒する。共同の巣でかえったひなたちは、1~2年の間、一緒に過ごす。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)
タンザニアのタランギレ国立公園で、3羽の雌(茶色)と3羽の雄(黒)、そして42羽のひながジャッカルなどの捕食者を警戒する。共同の巣でかえったひなたちは、1~2年の間、一緒に過ごす。(PHOTOGRAPHS BY KLAUS NIGGE)

 タンザニア北部にあるタランギレ国立公園は面積2850平方キロで、タランギレ川に沿って乾燥した丘陵と草原が広がり、ゾウの大群と何千頭ものシマウマやヌーが生息している。ダチョウも多くいるが、ダルエスサラーム大学の野生生物生態学者で、ダチョウの行動に詳しいフローラ・ジョン・マギゲと一緒に巣を探したとき、最初に発見した巣は荒らされていた。

 半径12メートルほどの範囲に9個の卵が散らばっていた。マギゲは殺人現場を調べる刑事のように一帯を調査した。卵を散乱させたのは、おそらく腹をすかせた肉食動物だ。ただし残った卵はどれも無傷で、卵を全部食べきれなかった点からすると、あまり大きな動物ではない。ジャッカルあたりだろうか。巣が荒らされたときの常で、ダチョウは雌雄ともに立ち去っていたが、2羽が再び巣作りをする可能性もある。

ケニアのマサイマラ国立保護区で、ダチョウの卵を食べるブチハイエナ。世界最大の卵であるダチョウの卵は長径が15~20センチほどで、鶏卵の25個分ほどの量がある。硬い殻を割るため、捕食者たちは卵を転がして別の卵にぶつけたり、上から石を落としたりする。(CHRISTINE AND MICHEL DENIS-HUOT, NATURE PICTURE LIBRARY)
ケニアのマサイマラ国立保護区で、ダチョウの卵を食べるブチハイエナ。世界最大の卵であるダチョウの卵は長径が15~20センチほどで、鶏卵の25個分ほどの量がある。硬い殻を割るため、捕食者たちは卵を転がして別の卵にぶつけたり、上から石を落としたりする。(CHRISTINE AND MICHEL DENIS-HUOT, NATURE PICTURE LIBRARY)

 ただ、繁殖期のダチョウは、雌雄どちらも複数の相手と関係をもつ。進化の観点から言えば、複数の相手と交尾することは、できる限り多くの巣に多様なDNAを取り入れたり、大半の巣が駄目になる現実を補ったりするための方法なのだ。

次ページ:ダチョウの交尾を目撃

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