刑法第177条

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条文[編集]

(不同意性交等)

第177条
  1. 前条第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第179条第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
  2. 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。
  3. 16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。

改正経緯[編集]

2023年改正[編集]

2023年改正により、以下の条項から改正。

(強制性交等)
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、(こう)門性交又は口(こう)性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
  • 改正ポイント
    1. 「暴行又は脅迫を用いて」性交等をした場合に加え、性交等が相手方が不合意、不公正に形成された合意による、または性交等をする者が誤信等を作出もしくは誤信等に乗じてなされる場合に拡張された。
      • 本改正における要件の拡張により、第178条第2項に定める事例は吸収・継承されることとなり、第1項は前条に吸収されたため、同条は削除された。
    2. 「性交等」の態様に関して、従来の「性交、肛門性交又は口腔性交」に「肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの」が加わった。新たに加わった態様については「わいせつなもの」という傾向犯の要件を要する。
    3. 改正前から、13歳未満の若年者に対する性交等は、「暴行脅迫」の要件を要さず強制性交等罪を構成していたが、本改正において16歳未満の若年者に対する性交等は、相手方の真正の同意を得ていても本罪を構成することとなった。なお、改正前も暴行脅迫の有無はもちろん、相手方の同意等の存在は斟酌されず、性交等のみで強制性交等罪は成立していたため、本改正は、対象年齢を引き上げただけの改正と言える。ただし、相手方が13歳以上16歳未満であって、強制性交等をした者が当該相手方より5歳以上年上ではない場合は、強制性交等のみでは本罪は成立せず、第1項又は第2項の要件を満たした場合のみ本罪が成立することとした。
    4. 婚姻関係の存在により本罪が成立しないものではないことを明確にした(解説参照)。

2022年改正[編集]

2022年改正により、以下のとおり改正。施行日については本改正時は未定であったが(後に他の条項に関しては2025年6月1日と決定)、2023年改正施行に合わせ拘禁刑としている。

(改正前)懲役
(改正後)拘禁刑

2017年改正[編集]

2017年改正により以下の条項から改正。

(改正前)

見出し
強姦
条文
暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

(改正のポイント)

  1. 処罰行為の拡張
    処罰行為が、暴行又は脅迫を用いて(13歳未満については手段を問わない)の姦淫(「性交」)、いわゆる「強姦」に、「肛門性交」又は「口腔性交」を加えた。
  2. 被害客体の拡張
    処罰行為が拡張されたことに伴い、被害客体が女子のみであったものを、男性も被害客体とした。
  3. 科刑の重罰化
    科刑下限を3年の有期懲役から、5年の有期懲役へと厳罰化された。

解説[編集]

2023年改正前の強制わいせつ罪及び強制性交等罪の、保護法益は被害者の「性的自由」とされるが、改正前は「暴行又は脅迫」を用いてこの自由を侵害した行為のみが可罰性のあるものとされていたが、当該改正により、相手方が同意しない場合や、同意が誤信をさせることなどにより不公正に形成された場合も可罰性があるものとされた。
前条第1項各号に掲げる行為又は事由は以下のとおり。
  1. 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
  2. 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
  3. アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
  4. 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
  5. 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
  6. 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
  7. 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
  8. 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
    性的関係を求める対価型セクシャルハラスメントも刑法犯となることが定められた。

夫婦間における本罪の成立[編集]

改正前、強姦罪の時代から、婚姻関係が存在する場合、すなわち夫婦間において本罪(夫婦間レイプ)が成立するかについての議論があった。
学説においては、夫婦間レイプについて本罪が成立する余地はないとする①無条件否定説(団藤大塚 等)、婚姻関係が実質的に破綻していた場合など、一定の場合にのみ本罪の成立を肯定する②限定的肯定説(町野 等)、夫婦間レイプについても通常の男女間と同様に本罪が成立するものと解する③無条件肯定説(平川西田山口大谷 等)がある。無条件否定説は、かつて、強姦罪の保護法益は女性の貞操と捉えられており、夫婦の関係においてそれを評価する必要がないと考えられたことを背景にしていると考えられるが、保護法益は個人の性的自己決定権であることが共通認識となっている現在においては支持を失う方向にあった。
裁判例としては、広島高裁松江支部昭和62年6月18日判決および東京高裁平成19年9月26日判決(東高時報58巻1=12号86頁)があり、いずれも、婚姻関係が実質的に破綻している状況において強制的な性行為がなされたものであり強姦罪が成立するとしている。なお、後者判決においては、「婚姻関係の実質的破綻」は必須のものとし無条件肯定説の採用を否定している。
これら学説の傾向および判例をうけ、2023年改正において本罪に加え不同意わいせつ罪と「婚姻関係の有無にかかわらず」の文言が入り、無条件否定説は否定され、夫婦間レイプも本罪または不同意わいせつ罪が適用されることが明定された。しかし、「婚姻関係の実質的破綻」を要するか否かは明らかではない。

参照条文[編集]

判例[編集]

  1. 強姦致傷(最高裁判決  昭和24年05月10日)
    本条の暴行又は脅迫の程度
    本条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる。
  2. 強姦致死(最高裁判決  昭和24年07月09日)
    暴行又は脅迫を以つて婦女の心神を喪失させ若しくは抗拒不能に為して姦淫した行為の擬律
    刑法第177条は暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、強姦の罪として処罰するを規定し、次に同法第178條において、人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又はこれをして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫したる者についても、前条の例による旨を規定している。かかる法条の排列から見れば、苟しくも暴行又は脅迫を以つて婦女を姦淫した者は、前条に該当するのであつて従ってその暴行又は脅迫によつて、婦女をして心神を喪失せしめ、若しくは抗拒不能ならしめて姦淫した者も、また当然これに包含せられるものと解すべきである。
    • 暴行脅迫により心神喪失となった被害者に対する姦淫行為(→強制性交行為)は次条【削除】準強姦(→準強制性交)ではなく、直接強姦(→強制性交)となる。
      →2023年改正により、刑法第178条は削除され、本条に統合された。
    強姦の点が未遂に終つた強姦致死罪の擬律
    強姦致死罪は単一な刑法第181条の犯罪を構成するものであつて、強姦の点が未遂であるかどうか及びその未遂が中止未遂であるか障礙未遂であるかということは、単に情状の問題にすぎないのであつて、処断刑に変更を来たすべき性質のものではないから、本罪に対しては刑法第181条を適用すれば足り、未遂軽減に関する同法第43条本文又は但書を適用すべきものではない。
    驚愕によつて犯行を中止した場合と中止未遂
    犯罪の実行に着手した後、驚愕によつて犯行を中止した場合においても、その驚愕の原因となつた諸般の状況が、被告人の犯意の遂行を思い止まらしめる障碍の事情として客観性のあるものと認められるときは、障碍未遂であつて中止未遂ではない。
  3. 窃盗、強姦致傷 (最高裁判決 昭和33年06月06日 高刑集11巻10号701頁)
    本条の暴行又は脅迫の程度
    本条にいわゆる暴行脅迫は、単にそれのみを取り上げて観察すれば「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる」程度には達しないと認められるようなものであつても、その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである。
  4. 住居侵入強姦致傷等被告事件(広島高裁判決 昭和33年12月24日)
    錯誤を利用した姦淫と抗拒不能
    犯人に当初よリ強姦の意思があり、被害者が睡気その他の事情により犯人を自己の夫と誤認しているのに乗じて姦淫する以上、性交の当時またはその直前に被害者が完全に覚せいしても右誤認の継続するかぎり刑法第178条にいわゆる抗拒不能に乗じて婦女を姦淫した場合にあたる。
    • 2023年改正前において「抗拒不能」を拡張した事例
      半睡半覚状態の被害者が夫と誤認して行為者と性交した(松原89事例10:)→法益関係的錯誤説(西田=橋爪104;山口112;浅田127)
    • 2023年改正後は「睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること」により、争いなく不合意性交等罪が成立する。
  5. 強姦、傷害被告事件(広島高裁松江支部判決 昭和62年6月18日)
    夫婦間でも強姦罪が成立するとされた事例
    法律上は夫婦であつても、婚姻が破綻して名ばかりの夫婦にすぎない場合に、夫が暴行又は脅迫をもつて妻を姦淫したときは強姦罪が成立する。

前条:
刑法第176条
(不同意わいせつ)
刑法
第2編 罪
第22章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪
次条:
刑法第178条
削除
刑法第179条
(監護者わいせつ及び監護者性交等)
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