これがニュースとなって大騒動になる。困った特殊浴場協会は「トルコ」の文字を看板から外したり隠したりしたが、抜本的な解決にはならない。「トルコ」に代わる名称を一般公募することになった。11月16日の読売新聞にこんな記事が出る。

<「個室付き浴場」ではあまりにも無粋すぎる。「トルコ」に代わるもっと新しい呼び名を──と、東京都特殊浴場協会(約百十軒加盟)は十六日、一般から愛称募集を始めた>

 2200通の応募があった。第1位「ロマン風呂」。なかなかムードが出ている。第2位「コルト」。名前をひっくり返しただけじゃないか。第3位「浮世風呂」。あはは、悪くない。以後、「ラブリーバス」「オアシス」「ロマンス風呂」「ラブユ(湯)」「トリコ」「ニューパラダイス」「バスコ」「ハニー」と続く。ずばり「特殊浴場」という案もあった。何が「特殊」なのだろうか。

 同年12月19日、同協会は「新名称発表記者会見」を開いた。会場は、今はなき赤坂プリンスホテル。そこで発表された新名称は「ソープランド」だった。ソープとは石けんのこと。直訳すれば「石けんの国」。「清潔で明るいイメージがある」というのが選ばれた理由らしい。

 この名前を応募したのは、渋谷区に住む24歳の独身サラリーマンIさん。本人は「えっ?」とびっくりしていたという。

 斬新でいいという声もあった。が、「アホらしい名前ですなあ」と厳しい意見だったのはルポライターで「トルコロジスト」を名乗っていた広岡敬一さんだ。

「建前ばっかりで考えるから、こんなナンセンスな名前になるんです。まるで色気がないし、全然イメージがわかない。これじゃ、遊びたいという気が起きんね」

 一方、直木賞作家の田中小実昌さんはこう評した。

「面白くていいじゃないですか。遊びがあり、ディズニーランドみたい。子どもが間違えるかもしれませんがね」

 前年に東京ディズニーランドがオープンしていた。「大人の遊園地」という意味合いもあったのだろう。

 記者会見には、トルコ共和国大使館の参事官も同席した。「日本人は誤りを指摘されれば素直に正す心を持った国民です。今回の決定は、日本人のプライドを傷つけることもなく、またトルコ人のプライドを守れたという意味で大変感謝しています」と名称変更を大歓迎。「きれいな名前に決まってよかった。日本のみなさん、ありがとう」と笑顔を浮かべていた。

 新聞各紙も好意的な反応だった。「トルコ返上。新名称は『ソープランド』です」「旧トルコぶろ 『ソープランド』と呼んで」。英字紙も「It’s “Soapland”Not“Toruko”」の横見出し。朝日新聞夕刊(大阪本社、名古屋本社発行)は「これからはトルコという名はトルコの国の名だけにしてほしい。マントル(※)など似た名前も困る」と参事官のコメント入り。だが、東京本社発行の同記事には「マントルなど似た名前も困る」という一文が削られていた。どうしてなのだろうか。

 発案者のIさんには、ソープランドの入場券……ではなく、北海道への旅行券が贈られたという。

(※)マンショントルコの略。当時の「トルコ」のサービスをマンションで実施する業態。ホテルでする場合は「ホテトル」

週刊朝日  2016年4月1日号