日本水文科学会誌
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総説
同位体・希ガストレーサーによる地下水研究の現状と新展開
風早 康平安原 正也高橋 浩森川 徳敏大和田 道子戸崎 裕貴浅井 和由
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2007 年 37 巻 4 号 p. 221-252

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抄録

 近年, 地下水研究においては, 流動プロセス, 水収支, 起源, 化学反応, 年代などの解明の目的で, トレーサーとしての環境同位体の利用が進み, 多くの手法提案もなされている。環境トレーサーのうちよく利用される1) 酸素・水素同位体, 2) 炭素同位体, 3) 希ガス, 4) 塩素同位体, 5) クロロフルオロカーボン類などについて, その利用手法および有効性についてレビューを行った。
 用いる環境トレーサーが, 反応性のないものであれば, それは地下水が涵養されるときの情報を保持しうる。酸素・水素同位体やd値などは, 涵養の場の特徴応じてそれぞれ固有の値を持つ (標高効果, 内陸効果など) ことが知られているため, 地下水の涵養場の情報を得る上で強力なツールである。含炭素成分は反応性が高いが, 炭素同位体の利用により, その起源を知ることができ, それにより地下水系の中で生じる各種化学反応やガス付加のプロセスについての情報を得ることができる。放射性炭素については, 以前より地下水の年代測定に用いられてきたが, DICの起源について吟味した上で年代結果を論じなければならない。トレーサーとしての希ガスの利用は, その溶解度が温度に依存することから, 涵養時の温度の推定に用いることができる。放射壊変起源の4Heは, 地殻内部で生産され深層地下水系内に蓄積されてゆく。したがって, 4Heの蓄積率がわかれば, 非常に長い滞留時間の推定することができる。放射性塩素は~100万年といった非常に古い地下水の年代測定に用いられる。また, 1950年代に行われた核実験により生成されているため, それをトレーサーにして若い地下水年代にも応用可能である。クロロフルオロカーボン類は, 近年の工業利用により大気中に存在するようになったため, 地下水はその涵養時に溶解する。これらの成分は非常に高感度に濃度の測定ができるため, 若い地下水年代測定や深層地下水系への若い浅層地下水の混入・汚染などに応用される。
 個々のトレーサーを用いた手法は, 非常に簡単な地下水系にのみ適用可能であるため, より複雑な地下水流動系の解明のためには, 複合トレーサーとして各種の成分を扱い, 年代や起源の異なる地下水の混合などのプロセスを明らかにしてゆく必要がある。複合トレーサー利用をした複雑系のシミュレーションによる地下水系の研究は現在, 非常に進展している分野のひとつである。

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© 2007 日本水文科学会
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