日本物理学会誌
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雷放電が拓く高エネルギー大気物理学
榎戸 輝揚和田 有希土屋 晴文
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2019 年 74 巻 4 号 p. 192-200

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抄録

科学探査が及んでいない対象を人類未踏の世界と呼ぶならば,多くの人は宇宙や深海を思い浮かべるのではないだろうか.実は,太古から身近な自然現象である雷雲や雷放電も,極端な環境のために観測が難しく,これまで知られていなかった高エネルギー現象が近年になって発見されている未踏領域である.そもそも,雷放電がなぜ起きるかという基本的問題にも未解明な点が残され,高エネルギー物理学の知見が重要となってきた.本稿では,古典的な可視光・電波での観測のみならず,X線やガンマ線の観測,宇宙線,原子核物理や大気化学に広がる「雷雲や雷放電の高エネルギー大気物理学」という新しい分野を紹介したい.

雷雲の中では,大小の氷の粒が互いにぶつかりあって電荷分離が生じ,強い電場が生じる.この電場が大気の絶縁作用を破壊し,大電流が流れて強力な電磁波や音を放つのが雷放電である.この雷放電に伴う新しい現象が,1990年代から大気上層で見つかっている.ひとつは,スプライトやエルブスと呼ばれる,奇妙な形状で赤色や青色に発光する高高度大気発光現象(Transient Luminous Event, TLE)である.もうひとつは,雷放電に伴って宇宙空間に放たれる,継続時間がミリ秒で20 MeVまでのエネルギーの地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial Gamma-ray Flash, TGF)である.これらは,雷放電に伴う電場変化で電子が加速され,大気分子の脱励起光や,電子の制動放射を観測していると考えられる.さらに地上観測でも,自然雷やロケット誘雷で突発的なX線やガンマ線も検出された.

こういった雷放電に同期した放射に加え,雷雲そのものからも,10 MeVを超えるガンマ線が数分以上も地上に降り注ぐ現象が観測されている.一発雷と呼ばれる強力な冬季雷が発生する日本海沿岸の冬季雷雲は世界的にみても稀で,雲底も地表に近いために大気吸収の影響が小さくなり,こういった放射線の測定に有利な環境になっている.そこで我々も10年以上にわたって放射線測定器を設置し,雷雲からのガンマ線を実際に数多く観測してきた.この準定常的なガンマ線の発生機構は,雷雲内の強い電場で加速されなだれ増幅した相対論的電子からの制動放射と考えられており,地球大気という密度の濃い環境下での電場による粒子加速という珍しい物理現象の研究が可能となっている.

さらにここ数年で新検出器による多地点マッピングを実現したことで,思わぬ発見にも出会うことができた.雷放電で生じるガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核に衝突し,光核反応を起こすことが明らかになったのである.光核反応で原子核から大気中に飛び出す中性子と,生成された放射性同位体がベータプラス崩壊で放出する陽電子を地上観測で検出できたのだ.これは,雷放電が我々の上空で陽電子を生成するという面白い事実を明らかにしたのみならず,雷放電の研究が原子核の分野にも広がることを意味する.また,光核反応で雷放電が大気中に同位体15N,13C,14Cを供給することは,大気化学とのつながりでも今後の研究の進展が期待できる.本稿では,学術系クラウドファンディングや市民と連携したオープンサイエンスへの試みも紹介しつつ,国内外での高エネルギー大気物理学の潮流と我々の学際的な挑戦を紹介したい.

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