世界最大のロケットで打ち上げる世界最小の探査機

アルテミス計画最初の「アルテミス1」に用いられる「SLS(スペースローンチシステム)」初号機。2022年6月に実施されたウェットドレスリハーサルを前に、フロリダ州・NASAケネディ宇宙センターの組立棟にて。
(NASA/Glenn Benson)

2020年代半ばまでに人類を再び月面に立たせるべくNASAが開発を進めている、大型ロケット「SLS」(Space  Launch System)の初号機打ち上げに向け、期待が高まってきています。初号機は全長98mの巨大ロケットですが、ここにはとても小さな2体のロボットたちが乗り込むことになります。

OMOTENASHI(おもてなし)と EQUULEUS(エクレウス)は、キューブサットと分類される超小型の宇宙機です。2機は、今月末に予定されている、Orion(オリオン)有人宇宙船の無人試験飛行を行うSLS1号機の打ち上げにピギーバック(相乗り)衛星として搭載されます。どちらの探査機もISASで開発されたもので、将来の有人探査に役立つ技術を検証することを目的としています。

OMOTENASHIは「Outstanding MOon exploration Technologies demonstrated by NAno Semi-Hard Impactor」の略語で、12.6kgの探査機は月面着陸機として世界最小であり、大型探査機に搭載されているような大型推進装置を使わずに、月面へのセミ・ハードランディング(着陸)を実証します。

EQUULEUSは「EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft」の略語で、「こうま座(エクレウス)」にちなんで名づけられました。重さわずか10.5kgのEQUULEUSは、小型深宇宙探査機として地球や月の周辺の複雑な重力環境における軌道制御技術の実証を世界で初めて行います。EQUULEUSは月の裏面を少し過ぎたところにあるラグランジュ点、L2付近の軌道を目指します。

OMOTENASHIと EQUULEUSは、2003年に打ち上げられた最初のキューブサットであるXI-IV (サイ・フォー)と CUTE-I(キュート・ワン)に始まった、日本のキューブサットやナノ衛星の技術発展に基づいて開発されました。ところで、今回打ち上げられる人類最強のロケットに期待することはわかりやすいのですが、このような超小型探査機を打ち上げることの利点は、いったい、どういうことなのでしょうか?

「キューブサットは小型でシンプルなシステムであるため、短期間かつ低コストで開発、打ち上げが可能です。」EQUULEUSの開発を率いた船瀬龍教授はこのように説明します。「これは、高い頻度で様々なミッションが実行できるようになるということです」

OMOTENASHIチーム長である橋本樹明教授は、キューブサットが低コストであることは将来ミッションに応用できるかもしれない新しいアイデアを検証する機会を与える、と話します。

「キューブサットでは、チャレンジングなアイデアや最先端の技術を試すことができます。」橋本教授はこう指摘します。「キューブサット用に開発された機器だけではなく、より大規模ミッションに役立つような設計コンセプトや運用手法も含みます。」

また低コスト、短期間で開発可能というキューブサットの利点をより生かすには、民生品を活用することが不可欠です。キューブサットが注目されるようになり、より小型で安価な既成部品が手に入りやすくなってきています。

OMOTENASHIの内部構成図

たとえば、OMOTENASHIチームで採用した姿勢制御装置は、サイズ5cm x 10cm x 10cm、重さ1kgにも満たない小型軽量でありながら、探査機の向きを感知する4つの太陽センサ、3軸ジャイロ、スタートラッカ、さらに姿勢調整を実行するための3台のリアクションホイールを有しています。

またこの小型月着陸機には、宇宙用として設計されていない放射線線量計を改造したものも搭載されています。これは2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故の後、学童用として開発された携帯型の線量計を改造したものです。OMOTENASHIに搭載する線量計は、このような小型線量計が宇宙で利用できるかどうかの試験を行い、また将来の有人探査ミッションにおいて必要となる地球磁気圏外での放射線量に関する情報を提供してくれます。

「うまくいけば、すべての探査機にこの小さな線量計を搭載することが推奨されるかもしれません」と橋本教授は話します。「そして、多くの観測データから豊富な知見を得られるでしょう」。

橋本樹明 教授

ですが深宇宙を目指すキューブサットはまだほとんど無く、OMOTENASHIや EQUULEUS専用に開発しなければならない機器も数多くありました。探査機がきわめてコンパクトであるため、そういった機器は工学技術のまさに到達点と言えるでしょう。OMOTENASHIと EQUULEUSはおおよそ10cm x 20cm x 30cm、どちらも6Uというサイズのキューブサットです。一般的に大型探査機は重量制限との闘いがありますが、キューブサットの開発においてはこの小さな体積に収まるようにすることが課題となります。

「一般的な探査機では、機器をギチギチに詰め込むことはあまりしません。」橋本教授は説明します。「そのため、観測機器の配置はそれほど深刻な課題ではなく、総重量をコントロールすることに重点が置かれます。しかしキューブサットの場合は、サイズと形状がとても重要です。コネクタやネジを付けるスペースがありません。そのため、ケーブルは直接 ”はんだ付け”する必要があったり、機器には接着剤で取り付けるものもあります。これはつまり、一度キューブサットを作るともう機器を取り外すことはできないということです。」

EQUULEUSの想像図

EQUULEUSには、キューブサット用に開発された3つの科学観測機器が搭載されています。一つ目DELPHINUS(デルフィヌス、DETection camera for Lunar impact PHenomena IN 6U Spacecraft)で、頭文字は夏の夜空で「こうま座(エクレウス)」と並ぶ「いるか座」に由来しています。この装置の2台のカメラは、月の裏面で隕石が衝突したときの閃光を初めて観測することを目的としています。

月には大気がないため、飛来した隕石が月面に衝突して閃光を発生させます。こういったインパクトの頻度や影響のデータを得ることで、有人月面活動のリスク評価に役立てることができるのです。

船瀬龍 教授

「月面衝突閃光は、地球から観測できることもあります。」と船瀬教授は説明します。「ですが地球には雲があり視界が悪いことが多く、たとえ雲がなくとも昼間では月を観測することはできません。EQUULEUSは宇宙空間、月の近くに滞在することで月面を長時間観測し、月面衝突閃光の統計的性質を議論することが可能になるのです。」

EQUULEUSには、このほかにPHOENIX(フェニックス、Plasmaspheric Helium ion Observation by Enhanced New Imager in eXtreme-ultraviolet)とCLOTH(クロス、Cis-Lunar Object detector within THermal insulation)という二つの科学観測機器が搭載されます。PHOENIXは、EQUULEUSが宇宙から地球を見渡すという利点を生かし、紫外光で撮像することでヘリウムイオンの動きを観測し、地球から逃げ出す大気を調べることになっています。CLOTHは宇宙塵(ダスト)の検出機器です。多層断熱材を用いて外壁の2カ所に衝突する塵を検出することで、専用の衝突センサを必要としない独創的な設計になっています。

EQUULEUSの外観図
「OMOTENASHI」フライト・モデル振動試験

月面着陸を目指すOMOTENASHIは、線量計を唯一の科学機器として搭載しています。このキューブサットは、小型探査機を月面衝突軌道に誘導する軌道モジュール、月面に着陸する月面探査機、そしてそれを秒速50m以下のスピードまで減速した上でセミ・ハードランディングさせる固体ロケットモーターで構成されています。これまで月や火星に着陸してきた110機以上の着陸機に必須であった重い着陸脚のないOMOTENASHIには、3Dプリンターで製作した金属製の衝撃吸収材が装着されています。月着陸機は月面で科学的な観測は行いませんが、着陸機と軌道モジュールの両方にUHF(430MHz)の無線機が搭載されていて、世界中のアマチュア無線愛好家がこれを受信してミッションの進捗をフォローすることができます。

OMOTENASHIとEQUULEUSは、深宇宙における小型探査機の性能の限界を拡げます。その拡張された機能を活かすことのできる将来ミッションのひとつが、欧州宇宙機関(ESA)が主導するComet Interceptor(コメット・インターセプター)です。親機および2台の子機(小型探査機)で構成されますが、この小型探査機のうち1台をJAXAが提供することになっています。このミッションは、太陽系内を高速で通過する希少な長周期彗星や恒星間天体を追いかけるものですが、こういった天体の観測可能な機会は1回、しかもわずかな時間しかありません。身軽な小型探査機を複数用いることで、このような一度きりの機会を多角的に捉えることができるようになります。

まだ訪れていない衛星、小惑星や彗星が数多くあることを考えれば、太陽系の秘密を解き明かすためには探査機サイズが大きいことが必ずしもより解決につながるわけではない、ということをOMOTENASHIとEQUULEUSが教えてくれるでしょう。

※宇宙科学研究所ウェブサイト「トピックス」(2022年8月22日)に掲載のサムネイル画像(SLS1号機)のクレジット:NASA / Joel Kowsky 

(文:Elizabeth Tasker/ 訳:磯辺真純)


関連リンク:

OMOTENASHI ウェブサイト

EQUULEUS ウェブサイト

EQUULEUS と OMOTENASHI(宇宙科学研究所ウェブサイト内「読むISAS」)