(写真:Shutterstock)
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 「もうね、会社としてはできるだけ65歳まで雇いたくないんです。なのに今度は70歳まで雇えって言ってるでしょ。その結果、何が起こってると思います? 強烈な肩たたきです。

 うちの会社では48歳になると希望退職制度を利用できるんですが、雇い続けたい人からやめてしまうんです。だからターゲットを絞って、圧迫面接を繰り返す。あの手この手でじわじわ追い詰めるんです。特にメンタルを低下させてる社員は狙われます。50代になってメンタルやってる人って、やっぱり色々と問題がありますからね。

 ただ、あまりやりすぎるとパワハラになってしまうから気をつけなきゃなんですけど、会社側もわりと強気で。多分、以前より転職しやすくなったとか、日本型雇用はもたないっていう意見が増えてるからだと思います。

 僕は圧力をかける方なんで、正直しんどいですよ。

 圧力かければかけるほど相手は意固地になる。根比べです。人事には数値目標が与えられるので仕事なんだと自分に言い聞かせてますけど、俺何やってんだろうと思うことは正直あります」

 これは半年ほど前にインタビューしたある執行役員の男性が話してくれたこと。

すでに大リストラ時代が再来している

 彼の話を聞いたときには「まぁ、そうなるだろうね。だって会社は50歳以上は戦力外としか見てないんだもん」とやるせない気分に陥っただけだったが、今は絶望的な気分に襲われている。

 先日東京商工リサーチが公表した「希望・早期退職」者数の合計によると、なんと今年1~9月までの上場企業が募った「希望・早期退職」者数の合計が1万342人で、6年ぶりに年間1万人超えが確定したというのである。

 問題はその理由だ。これまでは「景気が悪くなる→希望退職者を増やす」が定説だったが、業績の良い企業でも将来を見込んで続々と「お引き取りください!」攻勢に出ているというのだからたまったもんじゃない。

 「バブル期に大量入社した社員の過剰感を是正し、人員削減で浮いた金を若手や外部人材に回す。今後もこの動きは続く可能性は高い」(東京商工リサーチ関係者談)

 具体的には、最も多かったのが富士通の2850人で、ルネサスエレクトロニクス(約1500人)、ジャパンディスプレイ(約1200人)、東芝(1060人)、コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス(950人)、アステラス製薬(約700人)、アルペン(355人)、協和キリン(296人)、中外製薬(172人)、カシオ計算機(156人)と続いていた。

 既に一年前から、東芝はグループで7000人削減、富士通はグループで5000人を配置転換、NECは3000人削減、三菱UFJフィナンシャル・グループは9500人分、三井住友フィナンシャルグループは4000人分、みずほフィナンシャルグループは1万9000人分の「業務量」削減……などなど、50代のバブル世代に「リストラの嵐」が吹き荒れていたけど、「将来」を見越して、“おじさん・おばさん社員”が切られている。「将来」っていったいいつ? その「将来」に切りまくっている経営陣は会社にいるのか?

 私はこれまで何度も、「追い出し部屋もやむなし。だって、日本ではクビにしたくてもできない」「日本の正社員ほど守られてる会社員はいない」という意見を耳にしてきた。

 そして、二言目には「終身雇用が悪い」「解雇規制が厳しすぎる」「流動性がない」とのたまい、解雇規制を緩和すべし、流動性を高めるのが先決、そうしないと経済成長はない!と鼻息を荒くする人たちに何度も会った。

 解雇規制が厳しい、解雇のハードルが高い、といわれる国で、これだけの人たちが「希望退職」という美しい言葉の名のもとに仕事を打ち切られている。しかも、それが景気や企業の業績に関係なく進められているのだ。

 そこで今回は、

  • 「解雇のハードルが高い」は本当か?
  • 雇用の流動性は本当に低いのか?
  • 流動性が高まれば経済成長するのか?

 という点を様々なデータから整理した上で、「リストラの先」にあるものについて考えてみる。これらの“当たり前”とされていることの真偽を確かめることで、隠されている本当の問題に向き合おうと思っている次第だ。

「日本は解雇のハードルが高い」は間違い

 まず、解雇のハードルの高さについて、経済協力開発機構(OECD)で使われるEPL指標(Employment Protection Legislation Indicators)で、欧米諸国と比べてみよう。EPL 指標は、雇用保護法制の強さを指数化したもので、指数が高ければ高いほど、規制が厳しいことを意味する。

 欧州、特にオランダ、デンマーク、スウェーデンなどでは、1970年代から流動的な労働市場政策を進めてきた。一方、ドイツは欧州の中でも比較的解雇規制が厳しいとされている。なので、ここではこれら4つの国に米国を加えて比較してみる(OECD Employment Outlook2013より)。

 正規雇用の場合、日本のEPLは2.09。これはOECDの平均2.29を下回り、雇用保護が低い=解雇しやすいグループに入る。一方、米国は1.17とかなり低い。

 一方、デンマーク2.32、スウェーデン2.52、オランダ2.94といった国々では、いずれも日本を上回り、解雇規制が厳しいドイツ2.98とさほど差はない。

 では、非正規雇用ではどうか。

 OECD平均が2.08なのに対し、日本は1.25。スウェーデン1.17 、オランダ1.17、ドイツ1.75、デンマーク1.79、米国0.33だ。

 つまり、「日本は終身雇用制度があるから、クビにできないから追い出し部屋やむなし」「解雇規制が厳しいから希望退職で圧力をかけるしかない」というのは間違い。EPLで比較する限り、正規雇用・非正規雇用とも日本はどちらかといえば解雇しやすい国に分類される。解雇への制約の存在を「日本型雇用システムの最大の特徴」と捉えるのは適切とはいえないのである。

 また、雇用の流動性が高いというイメージのある米国も、近年は転職率が低下しているという指摘がある。企業側が長期雇用の利点を生かそうとしている動きに加え、IT技術の進歩が速いために転職する場合に「今のスキルが陳腐化している」という現実があり、働く人にとっても転職の利点が激減しているのだ。

 そもそも欧州の国々では「労働者の人権を守る」哲学が浸透しているので、解雇するには正当な理由をかなり厳しく要求する法制が細かく決められている。さらに、こちら(「正社員「逆ギレ」も、非正規の待遇格差が招く荒れる職場」)でも書いた通り、欧州は原則的に有期雇用は禁止だ。

 有期雇用にできる場合の制約を詳細に決めていて、期間も限られている。日本のように、非正規で何年も雇い続けることができない上に、非正規は「企業が必要な時だけ雇用できる」というメリットを企業に与えているとの認識から、非正規雇用には不安定雇用手当があり、正社員より1割程度高い賃金を支払うのが“常識”である。

 OECDが日本に改善を求めているのも、実はこの点である。日本では「正社員は保護されすぎ」という意見が一般的だが、そうではなく非正規を都合よく使っていることを問題視しているのだ。

日本の雇用流動性は必ずしも低いわけではない

 では、次に雇用の流動性についてみてみよう。雇用の流動性が高ければ、次の職場に簡単に移動できるため失業期間が短くなるはずである。ところがここでも驚く結果が得られている(『データブック国際労働比較2018』独立行政法人 労働政策研究・研修機構)。

(出典:『データブック国際労働比較2018』独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
(出典:『データブック国際労働比較2018』独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
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 ご覧の通り、OECDのデータでは6カ月以上1年未満でほとんど差がない。この傾向はその他の失業率を示したデータでも同様に認められている。一方、1年以上の長期失業率は日本39.5%に対し、デンマーク22.5%、オランダ42.7%、スウェーデン16.8%、米国13.3%となっている。

 「ほらね! やっぱり日本は流動性が低いから長期失業の人が多い!」と解釈するのは短絡的だ。失業期間や失業者の定義は国によって違うし、景気動向や年齢構成によっても異なる。日本では女性が育児のために一時的に労働市場から離れる割合が高いのと、高齢化の影響もある。日本の高齢者が欧米に比べ70歳まで働きたい、働かざるを得ない状況にあることは、周知の事実だ。

 もちろん失業率のデータだけで一概に結論づけることはできないけど、少なくとも日本の流動性が低いと言い切れる数字ではなく、欧州の国々と比較しても、日本の労働市場のパフォーマンスは必ずしも悪くないのである。

 次に、流動化を進めれば経済成長するのかということを、賃金の変化から見てみよう。転職には、自分のキャリアアップのためにする自主的な場合と、希望退職も含めて会社都合の解雇があるが、ここでは後者にスポットを当てる。

 流動性の高い米国ではこの手の調査が蓄積されていて、全体的には「転職で賃金が減る」という結果の方が圧倒的に多い。割合にすると15%程度の減額で、その状態は5年以上続き、回復したとしても2~3%程度とされている。特に景気が悪い時に解雇されると、20年近くも低賃金の状態が持続するという実証研究もある。

 デンマークの場合も同様で、解雇された年は12~15%程度下がる。ただ、3年目以降は徐々に回復するとされている。

 つまり、「流動性が高くなる→スキルが活かせる→賃金が上がる」という方程式は必ずしも成立しないのだ。

 特に日本の場合、どんなに流動性が高まってもいったん「正社員」の座を離れると「非正規」として雇用されるケースが圧倒的に多く、特に50代では正社員雇用を望むのはまず無理。

 実際、「雇用動向調査」でも、20~30代では転職後に賃金が増加する人の割合が高いが、特に男性は40代後半以降、減少する人の方が多く、これが「将来」的に改善するとは到底思えない。

 さらに、大企業では50歳以上でリストラした人を子会社や関連会社に押し付けるケースも散見され、その人の賃金を払うために他の従業員の賃金が抑制されるという不都合な真実も存在する。

 つまるところ、雇用流動化論を強く主張する人たちが想定しているような、「生産性の低い産業や企業から生産性の高い産業や企業に人々が移れば、経済全体の成長率も高まる」という都合のいい現象は起きていない。

 逆に、生産性の低い産業に、低賃金で、不安定な状態で雇用されるパターンが実態に近いので、「流動性を高めることで生産性を高める」という理論は妄想に近いかもしれないのだ。

リストラは残った社員にも悪影響を与えている

 最後に、解雇が労働者に与える影響、すなわち「リストラの先」にあるものについて、得られている知見を紹介する。

 基本的な理解として、リストラや失業が、体の健康や精神健康と関連が深いことは、以前から指摘されてきた。たとえば、失業している男女は、超過死亡(予想される死亡数に対しての増加分)の頻度が高いほか、主観的健康度も低いというのが研究者の一致した見解だった。

 そんな中、リストラという“イベント”そのものが健康に悪影響を及ぼすのか、それとも失業しているという“状態”が悪いのかを検討するために、1990年代、イギリスで大規模な調査が行われた。

 その結果、リストラ直後にほとんどの人の精神健康が悪化したのに対し、失業期間との関連は認められなかった。また、周りが次々とリストラされ、「自分もリストラされるかもしれない」との不安を感じた人は、リストラされた人と同じくらい精神的健康度の低下が認められたのだ。

 つまり、リストラというイベントは当人だけでなく、周りの社員にも「自分もいつか……」という恐怖を与え、会社からすれば「わが社の社員として頑張ってほしい!」と期待している人のメンタルにまで悪影響を及ぼしかねない「悪行」なのだ。

 また、米国の実証研究では、リストラで平均余命が1年から1年半ほど短くなるとの結果もある。同様の結果は、ノルウェーでも認められていて死亡率は14%上昇する。

 さらに、リストラの影響は「次世代」にも影響する。

 カナダで行われた調査では、父親のリストラがその子どもが大人になったときの年収を9%下げることが分かった。父親のリストラで収入が下がるため、子供の教育費用を減少させたり、父親が不健康になることが子どもの成長に悪影響を与えるのだ。

 これらの結果から言えるのは、リストラが社会に及ぼす影響は広範囲にわたるってこと。本当に「未来を見据える」のであれば、安易にリストラに手を出すのは本末転倒。「今いる社員」が仕事への意欲を高められるような施策を講じることが先だ。

 実際、日本が「世界」の代表と仰ぎみる米国では、社員を長期雇用する企業が増えており、長期雇用におけるプラス面の研究が近年急速に広がっている。

 念のため断っておくが、私は転職したい人のスキルが生かせるような流動性は必要だと考えている。だが、ただ流動性さえ高まれば万事うまくいくみたいな幻想は危険だし、捨てた方がいい。

 どんなに希望退職や早期退職というオブラートに包んだ表現を使っても、その実質はリストラであり、それは1人の人間の人生を大きく翻弄する“刃(やいば)”であり、周りにも悪影響を及ぼす最悪の「経営手段」だ。

 こうした意識が薄らいでいるのは、その凶器に対して鈍感な人が増えてしまったのか、あるいは「自分には関係ない」と思っている人たちの発言力が増しているからなのか。そして、きっと「だから50代はコストが高いわりに働きが悪いことが問題なんだよ!」と、年齢の問題にされてしまうのでしょうね、きっと。

『他人の足を引っぱる男たち』(日本経済新聞出版社)


権力者による不祥事、職場にあふれるメンタル問題、
日本男性の孤独――すべては「会社員という病」が
原因だった?“ジジイの壁”第2弾。
・自分の仕事より、他人を落とすことばかりに熱心
・上司の顔色には敏感だが、部下の顔色には鈍感
・でも、なんでそういうヤカラが出世していくの?
そこに潜むのは、会社員の組織への過剰適応だった。
“会社員消滅時代”をあなたはどう生きる?

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