時に時勢に見放され、時に敵襲に遭い、時に身内に裏切られる――。栄華興隆から一転して敗戦に直面したリーダーが、おのれの敗因と向き合って問わず語りする連載「敗軍の将、兵を語る」を、「日経ビジネス」(有料)では原則毎号掲載しています。連載の魅力を知っていただくために、2018年3月の月曜から金曜まで、過去2年間に登場した「敗軍の将」たちの声を無料記事として転載・公開します。

(日経ビジネス2017年6月19日号より転載)

鮮魚の身を食べた後に出る「魚アラ」。処理過程で悪臭がするため公害化していた。愛知県内ではその処理を公社が担ってきたが、2018年1月末に受け入れを停止する。魚粉の販売価格上昇で民間企業が魚アラ処理に力を入れ始めたからだった。

[魚アラ処理公社専務理事]
稲葉明穂氏

1979年愛知県庁入庁。財政、県民の健康維持関連行政部門などで勤務。医療行政が長く、先端医療施設を県内に誘致することを手掛けてきた。リーマンショックの影響を受け断念した経緯もある。2017年4月から現職。

SUMMARY

魚アラ処理公社の概要

愛知県内で発生する魚アラを処理してきたが、2018年1月末に受け入れを停止する。魚アラを魚粉に加工してきたが、その販売価格が高騰。その結果、民間業者が参入し、処理量が減少傾向にあった。昨年度3000万円の赤字を計上する見込みとなったため、公社としての役割を終えたと判断した。自主解散し、施設の売却なども検討している。

名古屋港に面した倉庫街にある魚アラ処理公社。ピーク時は1万トン以上が運ばれてきた
名古屋港に面した倉庫街にある魚アラ処理公社。ピーク時は1万トン以上が運ばれてきた

 24年間続いた魚アラ処理を2018年1月末をもって終了します。公社自体も先日の理事会で解散の方向が決まりましたので、後は評議員会などの関係者の皆様へのご説明をし、理解をしていただこうと思っています。

 16年度は3000万円の赤字を計上する見込みとなりました。今後も同額規模の赤字を計上する見込みで、改善する見込みがないことから、自主解散の道を選びました。今のところは大きな負債はなく、奇麗に整理ができます。このまま放置してしまうと、赤字が膨らみ、民事再生法の手続きが必要な事態になりかねません。今ならば従業員に割増退職金も支払えます。その意味では、結果として前期に赤字が出たことは公社のあり方を見つめ直すよいきっかけとなりました。

 機械の更新時期も迫っていました。業者に見積もってもらったところ12億~14億円かかるそうです。業績が厳しいうえに、巨額の投資が必要となる状態です。多くの公社が撤退の決断をできずにズルズルと事業を継続してしまい、再生法に追い込まれます。愛知県内でも200億円以上の負債を抱え、再生法の適用を申請した公社もあります。そうなってしまうと、新たに税金を投入せねばならなくなるので、いま決断しました。

鮮魚の50%は魚アラに

 魚アラとは、あまり聞き慣れない言葉でしょうが、スーパーマーケットや鮮魚業者から出る魚の内臓などです。魚のうち5割が魚アラになります。我々は愛知県内で出る魚アラを回収し、魚粉を作ってきました。

 当初は養鶏場の餌として配合されてきましたが、いまは養殖魚向けが9割を超えています。とりわけ知多半島はマグロの養殖が盛んで我々の魚粉を使っていただいています。少しでも良質な魚粉にできるように、排出される方々には冷凍保存していただくなど品質向上にも取り組んできました。

 南米や東南アジアからの輸入も増えていますが、国産の魚粉は栄養分が高く人気が高いのです。

 公社を設立するきっかけは、当時事業を担っていた民間企業の経営難でした。およそ40年前、工程中に出る悪臭のために周辺住民からの苦情で、操業停止へ追い込まれました。

 そこで県が中心になって魚アラの適正な処理方法を検討した結果「尾張水産加工事業協同組合」を設立しました。愛知県と名古屋市が合計10億円の補助金を出し、稼働したのは1989年です。その組合も93年に経営が厳しくなり、公社に事業が引き継がれました。

 こうした歴史から分かるように簡単なビジネスではありません。

 魚粉は魚アラを煮て乾燥させれば出来上がります。問題は廃水処理と脱臭施設です。公害を引き起こしてはいけませんので環境負荷を下げるための設備をたくさん使っています。名古屋港へ直接排水しますので、下水処理施設と同じ水準にまで浄化しています。臭気をなくすために、活性炭に吸着させて脱臭炉を通じて分解処理しています。こうした設備に多額の費用がかかってしまいます。

魚粉の市場価格が高騰

 ただ一方で、魚アラの価格自体はここ30年間で高騰しています。

公社が製造した魚粉。植物の肥料としても人気がある
公社が製造した魚粉。植物の肥料としても人気がある

 県内で出た魚アラをキロあたり、1円で買い取って魚粉にします。マグロなど良質なアラは報奨金として3円ほど割り増して買い取っています。そうやって加工した魚粉は30年前はキロあたり50円ほどでした。が、現在は約100円にまで上がっています。

 これは一見、良い環境変化に見えますが、公社にとっては必ずしもそうではありませんでした。民間企業が商機を見いだし、魚粉を製造するために魚アラを集め出したからです。中には全国規模で展開する事業者さんもおられ、聞くところによると、我々の買取価格の倍ほどの値段で引き取っているとのことでした。

 魚粉は均質なほど良いとされています。そのため大量に魚アラを仕入れて製造するのが最も良いのです。大手は1回あたり50トンの魚粉を作れると聞いています。我々は4トンほどですから太刀打ちできません。

 こうした民間企業が事業を拡大するにつれて、我々に持ち込まれる魚アラも減ってきました。2002年には1万2000トンほど処理していましたが、いまや3500トンほどです。現状の水準では赤字を出してしまいます。

 減ってしまった分の魚アラを確保するために他府県から受け入れるという手もありました。ですが、中部地区の近隣から魚アラを集めるにも法の壁があったのです。

 例えば岐阜市は魚アラを一般廃棄物に分類しています。この場合、市がごみとして回収しなければなりません。一方、三重県は産業廃棄物ととらえています。産廃は許可を得た業者と車両が取り扱わなければならず、我々の施設はそのような届け出をしていません。産廃になると我々がお金をもらわなければならず、正反対の仕組みになってしまいます。

 そもそも愛知県と名古屋市などが出資していますので、他県との連携は厳密には設立の趣旨にも反します。民業圧迫をしても仕方がありませんので、「公社の役割を果たし終えた」という結論に至りました。

 来年1月末で受け入れをやめると宣言することで、市場関係者の方々も準備していただけると思っています。後を引き継いでくれそうな民間業者には、排出者が今までと同じように処理できるようにお願いしています。

 今回の決断において、私自身、県庁で財務や健康支援政策分野が長く、この事業に対して固執しなかったのもよかったのかもしれません。県や市の財源には限りがあります。1円でも有効に活用できるように考えるのが行政マンの務めです。

 医療、介護や育児の分野はまだまだ財源が必要です。公社が果たさなくてもよい事業は、スパッとやめて次の事業に取り組むべきだと考えています。

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