今回は、角換わりの旧型角換わり、木村定跡と千日手模様ということについて、説明してみます。


私はこれまで、何度も旧型角換わり(の相腰掛け銀)は千日手模様になり易い(なりやすかった?)、という事を言ってきました。コレを理解するには、木村定跡の位置づけを知る必要が有るのではないかと思います。


(1図)
$将棋日記 by yamajunn21
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成 ▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4二玉▲3六歩△7四歩▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲6六歩△4四歩▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲3七桂△7三桂▲8八玉△2二玉まで;1図)


この第1図からの仕掛けが、超重要定跡、定跡中の定跡、「木村定跡」です。

現在のプロの角換わり腰掛け銀では、1図の局面は(恐らく)決して現れることは無いと思われるのですが、常に背景にこの定跡の存在が有ります。ここから、流れるような手順で、先手勝勢まで行ってしまいます。

(2図)
$将棋日記 by yamajunn21
(1図以下▲4五歩△同歩▲3五歩△4四銀▲7五歩△同歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△6三角▲1五歩△同歩▲1三歩△同香▲2五桂△1四香▲3四歩△2四歩▲3三桂成△同桂▲2四飛△2三金▲1一角△3二玉▲3三歩成△同銀▲4四桂△同銀▲2三飛成△同玉▲4四角成まで;2図)


1図から2図に至る手順中に、変化は有りますが、全て先手が良くなるはずです。というか、もしこの定跡を覆すことが出来れば、将棋史上に残る事件では無いかと思われます。


定跡手順中の、手の意味・変化に関しては、新版 角換わり腰掛け銀研究が一番詳しいのではないかと思います。

まあ、細かなことはともかく、1図になれば先手が良いということです。


とすると、当然の疑問ですが、「後手が1図の一手前、△2二玉と上がらずに、自分のほうから△6五歩と攻撃を開始すればどうなるのか?」ということが考えられます。(3図)

(3図)
$将棋日記 by yamajunn21
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成 ▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4二玉▲3六歩△7四歩▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲6六歩△4四歩▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲3七桂△7三桂▲8八玉△6五歩まで;3図)

1図からの仕掛けと違って、後手が入玉していません。そのため、同じ手順で攻めると飛車を渡した時に王手で攻め駒を抜かれる筋が有ります。そこで、飛車を切らずに攻めます。(4図)

(4図)
$将棋日記 by yamajunn21
(3図以下▲同歩△7五歩▲6六銀△3五歩▲同歩△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛▲4七角 △9五歩▲同歩△9七歩▲同香△8五桂▲9六香△7六歩▲8六歩△7七桂成▲同桂△8六飛▲8七金 △9九角▲7八玉△7七歩成▲同銀△6六桂▲同銀△同飛▲6七金△7七歩▲同金左まで;4図)

4図までで、今度は後手がよさそうです。(ただし、4図以下▲6七金△8六歩▲9七金とかいう変化が有るようですが、所司先生の「角換わりの基礎知識」には触れられていません。)


ここまでの流れからすれば、さらに「では、先手も玉を入城せずに、攻撃を始めればいいじゃないか?」という事になります。その局面(5図)は現在の角換わり腰掛け銀の同型と全く同一局面となります。

(5図)
$将棋日記 by yamajunn21
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成 ▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4二玉▲3六歩△7四歩▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲6六歩△4四歩▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲3七桂△7三桂まで;5図)

5図の局面は現在でも、課題の局面ですが、昭和の第一次の角換わり腰掛け銀の流行期には、升田定跡と呼ばれる定跡が有りました。(6図)

(6図)
$将棋日記 by yamajunn21
(5図以下▲4五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3五歩△6三角▲2四歩△同歩▲3四歩△同銀▲2四飛△2三金▲2九飛△2四歩▲6五歩まで;6図)


6図までの仕掛けで、先手が良いという事で、後手はこの局面をさらに避けるため△7三桂と跳ねずに、△4三金右などとして傷を作らず守りを固めて勝負し、仕掛けが難しく千日手模様になるというのが、かつての結論でした。(8図)

ちなみに、上に挙げた升田定跡の手順ですが、現在では△6三角のところで、△7四角と打ち以下の手順で後手がよくなるようです(7図)。というわけで、現在5図の局面が現れても、この手順を見かけることは無いと思われます。

(7図)
$将棋日記 by yamajunn21
(5図以下▲4五歩△同歩▲7五歩△同歩▲3五歩△7四角▲1五歩△同歩▲2四歩△同歩▲4五桂△4四銀▲7六歩△6三角▲7五歩△8六歩▲同歩△8八歩▲同玉△8五歩まで;7図)

(8図)
$将棋日記 by yamajunn21
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4二玉▲3六歩△7四歩▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲6六歩△4四歩▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲3七桂△2二玉▲8八玉△4三金右まで;8図)


8図の様な形は、昭和の時代に多く戦われたのですが、現代でも時に出現することがあります。8図の最終手△4三金右を△4二金右に変えて、先手が▲4八飛とした局面(9図)を見て下さい。何処かで見覚えが有りませんか?

(9図)
$将棋日記 by yamajunn21
(初手より▲7六歩△8四歩▲2六歩△8五歩▲2五歩△3二金▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同銀△2二銀▲7八金△3三銀▲3八銀△6二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲5八金△5二金▲6八玉△4二玉▲3六歩△7四歩▲5六銀△5四銀▲7九玉△3一玉▲6六歩△4四歩▲1六歩△1四歩▲9六歩△9四歩▲3七桂△2二玉▲8八玉△4二金右▲4八飛まで;9図)


そうです、竜王戦第4局の羽生vs渡辺戦です。第5図の升田定跡の局面もそうなのですが、この様に昔現れていた形が、そのままであったり少し形を変えたりして、時代を越えて現れるのも、将棋の奥深い一面ですね。


第8図の局面は、昭和20年代に、多く指された様ですが、当時は先手も攻撃に精算が持てず、(▲4八飛△4二金引▲2八飛△4三金直を繰り返して)千日手模様という結論になり、昭和60年代頃に谷川先生が飛車先保留型の角換わりを多用するまで、角換わり全体が衰退していたという歴史が有ります。

(ちなみに近年では、第8図から▲4八飛△4二金引▲4五歩△同歩▲同桂△4四銀▲3七角という打開の手順が試みられている事が、新版 角換わり腰掛け銀研究に紹介されていますが、最新の情報は不明です。)


その衰退していた角換わりが、現在では相居飛車戦の2手目△8四歩という、ごく自然な手を減少に追い込むほどの影響力を持っており、この事も非常に興味深いことだと思います。


今回も非常に長くなってしまいました。次回は何にしようか考え中です。何かご要望が有れば、可能な範囲で応えたいと思います。