74歳で長女誕生…人間国宝の中村富十郎さん死去

[ 2011年1月5日 06:00 ]

死去した中村富十郎さん

 歌舞伎俳優で人間国宝の中村富十郎(なかむら・とみじゅうろう、本名渡辺一=わたなべ・はじめ)さんが3日午後8時28分、直腸がんのため東京都中央区の病院で死去した。81歳。東京都出身。葬儀・告別式は密葬で執り行われる。96年、66歳の時に33歳下の元女優と結婚。03年に74歳で長女が生まれ話題を集めた。11歳の長男鷹之資(たかのすけ)は悲しみの中、亡き父と共演するはずだった舞台に立った。

 はっきりしたせりふ回しと切れのいい演技で時代物、世話物、所作事と幅広い芸域を誇り、立役を中心に数多くの役柄を演じて94年に人間国宝になった富十郎さん。お茶の間を驚かせたのは66歳での結婚と、俳優では最高齢となる74歳での長女誕生だ。
 69歳の時にもうけた鷹之資についても「20歳になったら名跡を譲る」と公言。「100歳まで生きて一緒に“連獅子”を踊りたい」と熱望していたが、その夢はかなわなかった。
 富十郎さんの遺体は亡くなった翌日の4日午前、自宅に戻った。弔問に訪れた歌舞伎評論家の鈴木治彦さんによると、富十郎さんはやせていたものの穏やかな表情。その枕元で鷹之資は泣きじゃくり、7歳の長女愛子ちゃんは父の死を理解できない様子だったという。鈴木さんが、この日夜の舞台を鷹之資が務め上げられるのか心配すると、正恵夫人(48)は「息子の踊りを見てやってください」と話し、富十郎さんが手塩にかけた愛息が堂々舞台に立つ姿を信じて疑わなかったという。
 この日の舞台は今月2日に始まった新橋演舞場公演「寿初春大歌舞伎」。当初、富十郎さんも出演することになっており、初日からの休養が決まった際も「体調が戻り次第復帰する」と親子共演に意欲を燃やしていた。
 鷹之資がこの日、気丈に舞台に立つと、軽妙洒脱(しゃだつ)な踊りが一層悲しみを誘い、観客からは鷹之資の屋号「天王寺屋!」の掛け声が飛んだ。昨年3月の歌舞伎座公演「石橋(しゃっきょう)」が最後の親子共演。途中で休演した同11月の新橋演舞場公演「吉例顔見世大歌舞伎」の「逆櫓」が最後の舞台になった。

 ▼坂田藤十郎 武智鉄二さん主宰の実験公演で一緒に歌舞伎の勉強を始めた同級生のような存在。一番懐かしい方です。放課後は一緒に飲みに行ったりもしましたし、公私ともに仲の良いライバルであり友人です。お互いの自主公演にも何度か出演しました。昨年4月30日、歌舞伎座閉場式で一緒に口上を述べさせていただいたのが最後になりました。もう一度コンビで舞台に立ちたかったですね。すので、どんなに心残りだったか。本当に残念です。

 ◆中村 富十郎(なかむら・とみじゅうろう)本名渡辺一(わたなべ・はじめ)1929年(昭4)6月4日、東京都生まれ。四代目中村富十郎の長男で、母は舞踏家の故吾妻徳穂さん。43年、坂東鶴之助を名乗り大阪・中座で初舞台。64年六代目市村竹之丞、72年五代目富十郎を襲名。86年に日本芸術院賞、90年に紫綬褒章を受章。09年には最高齢となる79歳で勧進帳の弁慶役を演じ話題に。映画「写楽」「学校2」やNHK大河ドラマ「勝海舟」「獅子の時代」にも出演した。

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