電王戦、将棋普及の一手 谷川浩司・日本将棋連盟会長
勝ち越す布陣で臨んだつもりだ。2年連続の負け越しは残念としかいいようがない。
今回、最も衝撃を受けたのは第1局の菅井竜也五段対ソフト「習甦(しゅうそ)」戦。菅井五段は高勝率をあげている期待の若手。まず勝ってくれるものと思っていた。飛車角金銀が集結して押しつぶす習甦の中盤以降の指し回しは、プロが見ても強い勝ち方だった。
コンピューターには素朴な手が多かった。屋敷伸之九段対「ponanza」の第5局で見られた、相手の玉を逃がしてしまう王手などは、プロは直感で除外してしまう。
人間も直感で浮かぶ手の9割は正しいが、一局の中ではそれでうまくいかない時があり、他の手を読み直す。トップ棋士ほど直感に反する手を指す。そういう手が多く出た第5局は見応えがあった。
1996年、「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」とのアンケートに、羽生善治三冠は「2015年」、森内俊之竜王・名人は「2010年」と回答していた。私の答えは「私が引退してから」だったが、しばらく引退するつもりはない。予想より早くこういう時期が来た。
ずっと指さないでいたら、知らないうちにコンピューターがとんでもなく強くなっていたということもあり得るわけで、機会を逃す。今回の第5局はネットを通じて過去最高の70万人を超す方に見ていただいた。将棋に興味がなかった方に関心を持ってもらえることが大きい。コンピューターの性能が上がり、人間が取って代わられる事態はどんな世界にもある。それでも人間が勝っている部分があるとプロの強さを見せつけられればよかったのだが……。電王戦が入り口となり、王座戦などプロ同士の勝負にも興味をもってもらえればと思う。
オセロなど多くのゲームで人間は既にコンピューターにかなわないが、将棋や囲碁はプロが存在する。将棋はなくならないが、これからプロがどう見られるか。先日、西川京子文部科学副大臣が「(1秒に数百万手読む)コンピューターに勝てる人がいることがすごい」と話していた。それも一つの見方なのだろう。
ファンにも、もっと見たい気持ちと、プロが負ける姿は見たくない気持ちと、両方あるだろう。これからソフトとどう付き合っていくか。難しい判断を迫られる。
中盤の強いコンピューターに勝つには第3局で勝った豊島将之七段が言うように、一気に終盤に入る展開か、序盤の組み立てで圧倒する展開。2年前の第1回で序盤が長く続く展開を選んだ故・米長邦雄永世棋聖には様々なものが見えていた。今回も一時はプロのペースになる将棋が多かった。奪ったリードを広げていけるかがポイントになる。
(聞き手は文化部 柏崎海一郎)
2014年4月16日付日本経済新聞夕刊