「駅ナカ」 新ビジネスが生んだ言葉
駅の中を略した「駅ナカ(エキナカ)」をよく見聞きするようになりました。文字通り「駅中」と漢字にしてもいいわけですが、なぜか片仮名を使った表記が定着しています。この言葉の発生と広がりについて日経MJの記事をもとに調べてみました。
きっかけは成城石井?
「駅中」が最初に登場したのは2003年3月18日付。高級食品スーパー、成城石井の石井良明社長(当時)が「駅前あるいは駅中のコンビニエンスストア的な利便性を打ち出す」とコメントしています。同社は1997年10月にJR恵比寿駅にアトレ恵比寿店を、翌11月にはJR大宮駅にルミネ大宮店を開くなど、早い段階から「駅中」を中心に店舗展開し、駅ビルの集客力アップに貢献。このころから「駅の中のビジネス」が注目されるようになりました。
その後、鉄道各社が新たな収入源として駅構内の空きスペースの活用に動くと、「JRの駅上に立つ商業ビルが古くさい『駅ビル』のイメージ脱却に向けて動き始めた」(02年12月17日付)と紹介。JR東日本は03年9月に「駅ナカビジネスの専門会社、JR東日本ステーションリテイリングを設立」(03年10月15日付)します。 人の集まる駅構内に飲食店や理髪店、コンビニなどを展開した新しいビジネスモデル「駅ナカ」は、03年の日経MJ「ヒット商品番付」で関脇に選出されたほか、04年には「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補60語にも選ばれました。
JRは「エキナカ」
ところでこのネーミング、「デパ地下(デパチカ)」に似ているとは思いませんか。デパ地下は単に百貨店の地下を指しているわけではなく、「デパートの地下の食品売り場」(三省堂国語辞典第6版)全体を指しています。調理済み食品などを持ち帰って飲食する「中食」市場の拡大を背景に、総菜、弁当、スイーツといった品ぞろえを充実させるなど各社が特色を競ったことから生まれた言葉で、01年のヒット商品番付では前頭になり、今ではすっかり定着しました。
「駅ナカ」も同様に単なる駅の中のスペースではなく、駅ビルでも百貨店でもない新しい商業施設という概念を表しています。そのため「駅中」ではなく、片仮名を交ぜた表記にすることで斬新さを前面に出したのではないでしょうか。ちなみに、JR東日本では主に片仮名だけで「エキナカ」と表記していますが、「JRが特に提唱したわけではなく、新聞や広告などメディア側から発生したのが一般に広まったのではないか」(JR東日本広報)といいます。
ただ、一般表記としては「駅ナカ」が優勢のようで、辞書でも「駅ナカ」と掲載されています。大辞林第3版(三省堂)が見出し語に「駅ナカ」と取っているほか、見出し語は「駅中」でも語釈に「駅の構内で営業する店舗群。多く『駅ナカ』と書く」(明鏡国語辞典第2版、大修館書店)としているものも見られます。
ソラナカ、ミチナカは…
このように新しい概念を生み出したり、従来あるものでも新しさを強調したりして消費者に訴えるのはどの業種にも共通することですが、その際、外来語でもないのに片仮名を使うことで印象を強めているように思えます。07年10月にオープンしたJR東京駅地下1階で運営する商業施設「グランスタ」は地下にあることから「エキチカ」とも呼ばれます。
今のところ鉄道各社が展開する「エキナカ」「エキチカ」はまずまず順調のようで、これに倣ったのか「ソラナカ(空港内)」「ミチナカ(高速道サービスエリア)」などの名称が続々と登場してきました(「ソラナカ・ミチナカ・エキチカ店舗」は11年のヒット商品番付で小結)。しかしながら、新しい試みだからといって「ソラナカ」「ミチナカ」などの言葉がはやる保証はありません。今後問われるのは定着度合い。これらが広く使われるようになれば、「ソラナカ」「ミチナカ」ビジネスが成功を収めた証しだといえるでしょう。
(佐々木智巳)