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昆虫食品の安全性と国内外の動向
NPO法人食用昆虫科学研究会
副理事長 水野 壮

昆虫の食用・飼料化が、世界で急速に進んでいる(写真)。

2010年代前半非常にわずかだった昆虫食関連企業は、2018年以降になると大幅に増加し、欧米では数百~千万ドル規模の資金を集めている企業も登場している。ヨーロッパ市場では、昆虫食品の生産量は2030年には26万トンにまで増加すると試算さはれている。同時に、世界の食用昆虫の市場は今後大きく成長していくと予想されている。例えば、Global Market Insightsによれば、2019年の市場規模は約1.2億ドルと推定され、少なくとも2026年まで年平均47%以上の成長を続けると予測している。また、Meticulous Research社では、食用昆虫市場の価値は2027年までに46億ドルの価値に達すると予想している。

世界では現在20億人もの人々が昆虫を日常的に食している。アジア・アフリカ・南アメリカ諸国の人々が主体である。一方、欧米諸国は昆虫を食べる文化はほとんど育まれてこなかった。日本では少なくとも江戸時代以降にイナゴやハチノコの佃煮を食する文化が維持されているが、非常に局所的である。一度もこれらを食べたことがない日本人は今や少なくない。

 

写真:タイの昆虫食メーカーが販売しているカイコの蛹スナック

 

衛生害虫、不快害虫と呼ばれ、今やすっかり嫌悪の対象となってしまった昆虫を、再び食材として扱うには、イメージの刷新と、安全性への説明が求められている。EUでは昆虫を「新規食品:ノーベルフード」と定め、安全性評価を進めている。ちなみに、今年2021年に欧州食品安全機関(EFSA)は、チャイロコメノゴミムシダマシの幼虫(ミルワーム)について、現状特別警戒すべき毒性はないとし、新規食品として認めることが正式に決まった。ミルワームを皮切りに、今後コオロギやバッタ等の食用昆虫のリスク評価が進み、一層昆虫食品がEU市場へ流通していくことが予想される。

国際規格と国内外の動向

食用昆虫の安全管理に関する策定は、世界で始まったばかりである。そのため、昆虫を食品として販売する可否も未だ各国で判断が分かれている。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した報告書(FAOレポート)では、食用昆虫の適切な国際および国内規格と法的枠組みの確立を推進していくことが打ち出された。

すでにデンマーク、オランダ、ベルギー、ドイツでは部分的あるいは大々的に昆虫食品の流通がみとめられている。EU諸国では、昆虫の食用・飼料利用の普及に向けた国際的枠組み作りを進めている。米国では食用昆虫に関しては特に制限を設けていない。カナダ、イギリスなども同様の対応といえる。その他昆虫食文化圏といえるアジア各国では、特別昆虫食品の規制は設けていない。約2万戸のコオロギ農家が存在するタイでは、2017年に世界に先駆けて食用コオロギ養殖の安全管理基準(GAP)を設け、ヨーロッパイエコオロギやフタホシコオロギなどの養殖が進んでいる。韓国ではミルワーム、コオロギ、シロテンハナムグリなどの昆虫を扱う食品産業を政府主導で振興させる方針が打ち出されている。中国では野蚕を含むカイコ、バッタ、ハチ類、ゴキブリなどを大規模養殖する試みが進んでいる。日本ではタイと同様、食用コオロギの養殖を始める企業が2021年より増えはじめている。

我が国では食品一般についての規格基準が定められているが、特に衛生管理で注意を要する食品等は特別に個別品目として設定される。昆虫関連の食品は今のところ個別品目として設定されていない。昆虫食品としての加工工程に関しては、基本的に他の食肉製品と同様と捉えてよいだろう。ただ、雑食性の昆虫については、与える飼料の管理が必要であり、今後一定の基準を設けるべきであろう。

食中毒のリスク

通常の食肉と同様、昆虫食品の加工過程では、飼育・加工・保存過程によりカビや細菌等の汚染に見舞われる恐れを想定しなければならない。食中毒を引き起こす代表として知られるカンピロバクターは昆虫体内で増殖しないが、サルモネラ菌は昆虫も宿主の一つとなる。

吸虫や条虫などの寄生虫による食中毒のリスクは、魚介類や野生鳥獣肉同様、十分あるといえる。ただし、本来の感染経路とは異なり、偶然により昆虫から人へ寄生が成立したという場合が多い。例えばツヅリガなどの貯穀害虫の幼虫は縮小条虫の中間宿主になることが報告されている。この条虫は本来ネズミを最終宿主としているので、ネズミに荒らされた穀物中にある条虫を含む糞を、上記のガ類の幼虫が食べると寄生され、それを人が知らずに生食すると、寄生を受けることになる。他にもミルワームやゴキブリの成虫、トンボの幼虫は寄生虫の中間宿主であることが知られている。このことから、昆虫においても食する際には十分加熱処理が必要である。昆虫を養殖する際に、昆虫の逸走や侵入の管理をしっかり行うことでリスクは減らせる。

ノロウイルスなど食中毒を引き起こすウイルスは、昆虫体内で複製されることはない。昆虫に感染・増殖するウイルスは、昆虫のみへの感染に特化したウイルスである。昆虫病原性ウイルスは、昆虫養殖業界へ深刻な被害を引き起こすが、脊椎動物や人体へ直接危害を及ぼすことはない。逆もしかりで、ヒトの感染症が直接昆虫に被害を及ぼすことはない。ちなみに、コロナウイルスも昆虫体内で複製されることはない。

このように、多くの家畜動物が媒介する感染症、食中毒は、昆虫では媒介しない例が多い。その理由は、昆虫と哺乳動物(家畜やヒト)とは系統的に大きく異なる生物だからである。これは昆虫を家畜として利用する際の大きなメリットといえる。

一方、吸血昆虫はヒトの感染症を媒介することがある。主に感染症を媒介する昆虫は、蚊やダニ(正確にはダニ類は昆虫類ではないが、近い仲間なので本稿では昆虫として扱う)、ノミ、シラミ、サシガメ類(カメムシの仲間)だが、これらの昆虫が日常的に食用とされている報告はない。ノミやシラミはかつて食されたという記録はあるが、食べることにより感染したという報告はこれまでない。

その他一般的な病原体以外に、構造異常を起こしたタンパク質自体が感染性をもつというプリオン病も知られている。昆虫自体はプリオン関連遺伝子を持たず、感染症を引き起こすタンパク質(異常プリオンタンパク質)を体内で増幅させるような能力はもたないが、プリオン病に感染した動物の死骸等を食べた昆虫が、異常プリオンタンパク質を保持しうることは指摘されている。昆虫は家畜よりずっとプリオン病を媒介するリスクが低いが、管理された餌を与える必要があるだろう。

アレルギーのリスク

食用昆虫についてのアレルギーは、ここ10年で理解が進んできたといえる。昆虫もエビ・カニといった甲殻類の持つアレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)と構造が良く似たものを保持することがわかっている(表1)。

 

名称 主なはたらき
トロポミオシン 筋収縮(調節)
アルギニンキナーゼ 筋収縮(エネルギー供給)
ミオシン軽鎖 筋収縮(収縮)
トロポニン(Cサブユニット) 筋収縮(調節)

表1. 昆虫で主要なアレルゲンとなりうるタンパク質

無脊椎動物のアレルギー発症例として最も重要なアレルゲンはトロポミオシンとアルギニンキナーゼである。すべて筋組織中に存在するタンパク質である。熱に対し安定であり、かつ一般に消化酵素(ペプシン)に耐性のあるアレルゲンである。

 

昆虫を日常的に消費するタイや中国では、カイコの蛹やバッタを食することでアナフィラキシーを引き起こしたケースが多数報告されている。昆虫はエビ・カニ同様、食物アレルギーを引き起こす可能性のある食材といえる。甲殻類と昆虫類は、同じ節足動物というグループに含まれ、比較的近い間柄である。甲殻類の持つアレルゲンの代表例として、トロポミオシン、アルギニンキナーゼ、トロポニン(Cサブユニット)などの筋組織中で働くタンパク質が挙げられるが、これらはいずれも昆虫と非常によく似た構造と機能を保持している。実際に、甲殻類アレルギーの罹患者はミルワーム(チャイロコメノゴミムシダマシの幼虫)やコオロギを含む食品に反応するという報告がある。さらに、貝類やタコ・イカなどの頭足類を含む軟体動物のアレルギー罹患者も注意が必要だろう。イエダニやゴキブリ、コオロギにおいて、イカや貝類のアレルゲンとの共通性が指摘されている。

筆者らは、総計3000名を越える人々に昆虫料理を提供してきた。初めて試食する人は少量から試すこと、食物アレルギー罹患者への注意喚起を行い、提供している。しかし、そのようななかでも試食によってアレルギー症状を示した人は数名存在した。そのほとんどが軽いかゆみを生じた程度であったが、1名が重篤なアレルギー症状を起こしている。いずれも甲殻類アレルギーを有していなかった。重篤なアレルギー症状を起こした原因については、発症当日、発症者は過度の睡眠不足と肉体疲労にあったことが判明している。

このように、昆虫のような新しい食品を食べる際には、念のため甲殻類アレルギーを持っていないかどうかを確認し、健康な状態で少量から食べていくことが望ましい。

今後昆虫養殖が盛んになるにつれ、養殖者が昆虫アレルギーを発症する可能性も考慮すべきである。食べることだけでなく、肺から吸入することによるアレルギー発症もある。ハウスダスト(イエダニ)を吸入し、アレルギーを発症する患者が、甲殻類や貝類に対してもアレルギーを発症する例が報告されている。昆虫の大量飼育に携わるアレルギー患者が新たに昆虫アレルギーを引き起こすリスクは、今後考慮されるべきだろう。

昆虫を食す際には加熱が基本であるが、調理・加工処理でアレルゲンが失活しないケースが多々見られる。前述の研究会が提供した昆虫料理も、十分加熱調理したものであった。むしろトロポニンなどのアレルゲンは熱処理により活性化することが報告されているほか、タイではしばしば油で揚げた昆虫でのアナフィラキシー症状が報告されている。上記は昆虫という食材に限ったことではなく、あらゆる食材中のアレルゲンの除去は困難を伴うものだ。

昆虫食品の安全管理に向けて

昆虫はまだ国際的に食品としての管理の対象に組み込まれていないが、流れは変わってきている。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した報告書(FAOレポート)では、食用昆虫の適切な国際規格と法的枠組みの確立を推進していくことが打ち出された。さらにEU諸国では、前述のように欧州食品安全機関(EFSA)が食用昆虫に関するリスクアセスメント実施にむけたデータ収集を開始し、昆虫を食品として公的に認める手続きが進んでいる。2015年には、EU諸国を中心とした政策立案者および主要昆虫養殖事業者などからなる世界規模の非営利団体が設立され、足並みをそろえて昆虫養殖のリスクアセスメントに乗り出す動きがでてきた。日本においては農林水産省が「フードテック研究会」を立ち上げ、一部で昆虫食品の規格づくりや衛生管理についての議論が進められている。昆虫養殖・販売業の市場拡大と共に、食用昆虫の安全管理は今後世界で一層進んでいくだろう。

略歴

 

水野 壮

NPO法人食用昆虫科学研究会

副理事長

 

筑波大学大学院博士課程修了(農学)。日本科学未来館の科学コミュニケーターとして常設展示の生命科学分野の企画開発、イベントのファシリテーター、科学実験の演示者等を経験。現在、麻布大学、日赤看護大学、サイバー大学、フェリス女学院大学講師、NPO法人食用昆虫科学研究会副理事長。

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