昭和42年歌会始お題「(うお)

御製(天皇陛下のお歌)
わが船にとびあがりこし飛魚をさきはひとしき海を()きつつ
皇后陛下御歌
秩父のはや屋久島の鯛長良(ながら)の鮎北海の鮭をゑがきけるかな
皇太子殿下お歌
ガラス(へき)に産みし卵をかはりあひて親のティラピア守り続けをり
皇太子妃殿下お歌
手習へる紙の余白に海と書く荒磯(ありそ)に君が魚()らす日を
正仁親王殿下お歌
雨あがり水量(みかさ)ましたる十勝川今釣りあげしうぐひは光る
正仁親王妃華子殿下お歌
さざれ石()にすき見ゆる川床に影さやかにも若鮎のぼる
雍仁親王妃勢津子殿下お歌
凍らせてマダガスカルの海ゆ()し鮪の山に目をみはりけり
宣仁親王殿下お歌
川の瀬のはやき流にとどまりて苦もなき香魚(あゆ)の石をついばむ
宣仁親王妃喜久子殿下お歌
はまなすの花さく丘に来む春の鰊の漁のよかれといのる
崇仁親王殿下お歌
魚をせる声はずむなり豊漁の海辺の市は今し明けゆく
崇仁親王妃百合子殿下お歌
かへり来む時おもひつつ小雪ふる流に鮭の稚魚を放ちぬ
寬仁(ともひと)親王殿下お歌
水中にもぐりてもりをかまへつつ魚の群を目に追ふわれは
召歌 南原繁
ふるさとの讃岐の海の(いは)かげに魚つり()けし少年の日よ
召歌 堀口大学
深海魚光に遠く住むものはつひにまなこも失ふとあり
選者 橋本徳寿
みんなみの慶良間(けらま)の海のくろしほにかつを釣りたる若き日おもほゆ
選者 山下陸奥
源流の小さき淵にうろくづの光さばしる冬の日にして
選者 岡野直七郎
わが渡るこの瀬戸内の浪ぞこに鯛か棲むらむ赤光る鯛
選者 佐藤佐太郎
水そそぐところに近く幾つもの鯉しづまるは楽しかるらし
選者 宮肇
風のあといたく静まり川渚(かはなぎさ)浅きに寄りて魚らはをり

選歌(詠進者氏名五十音順)

新潟県 阿部利三郎
日本海潮鳴り出でてすずき釣る岩場さびしきゆふべとなりぬ
長崎県 石村吉男
我が村の西瓜船らし沖荒れて引返す見ゆ(きす)釣りをれば
新潟県 入田貞
鯛漁のいま盛りといふ粟島が霧にけぶりてなが雨の降る
群馬県 奥田守
調査終へて奥利根の谷をくだる灯に岩魚(いはな)は砂を捲きてよぎりぬ
大分県 嘉村レイ子
秋刀魚(さんま)焼く匂ながるる母子寮の夕餉のあかりみなともりたり
鹿児島県 片岡美与二
(あけ)近く集魚灯やや白むとき目鰺(めあじ)の群が湧きてきにけり
熊本県 川畑静夫
日毎測るダムの水温ぬるみきて浅きにハヤの稚魚群れてをり
愛知県 君欽兒
養殖のはまちの網のひろびろと九鬼(くき)の入江に潮満ちきたる
三重県 小久保長二
浜納屋の三和土(たたき)に朝の日は射して積まれしひしこ(ひしこ)かがやき始む
北海道 佐藤清
氷下魚(こまい)釣る小屋は灯りて氷鳴る根室の港まだ明けきらず
長野県 中島郷晴
せきとめて乳鑵(にゆうくわん)浸しおくところやまめはやの子あまたより来る
カナダ国オンタリオ州 平松豊志
はるばると運ばれて来し金魚の群カナダの水に親しみおよぐ
東京都 松崎茂
味噌に煮てうましとおもふ秋(さば)の目に張りあるを妻が指さす
京都府 井上志津
ガラス器にめしひのわれは指入れて泳ぎ触れ来る金魚を待つも
東京都 萩原徳貞
座礁船救助作業の照らす灯にロープ飛び越す魚光り見ゆ

佳作(詠進者氏名五十音順)

静岡県 青山としゑ
二千人の命あづかる調理場に鱗輝く鮮魚届きぬ
東京都 加藤芳子
午後の日は水を(とほ)して手にたぐるなは針に(あか)き甘鯛光る
ブラジル国パラナ州 久米光春
移り来し異国の街に声上げて朝霧のなか魚をあきなふ
京都府 小高利一
職ひかむその日近づき潮冴ゆる若狭の海に魚釣りてをり
沖縄 佐久川政良
僅かなる収入ながら飼ふ鯉の立つる濁りのなかに餌を撒く
北海道 酒井洋
僻地校に勤めて二年早春の窓あけはなち寒鱈を干す
鹿児島県 碕山作一
十万の鯉の稚魚らよ(かす)かなるいのちをもちて(うみ)に散りゆく
宮崎県 紫藤ひろ
朝まだき志布志の浜にあがりたる小鯛は砂にまみれはねをり
長崎県 田島則昭
部落あげて網のつくろひ急ぎをり飛魚の漁期(ぎよき)に移らむとして
東京都 多田倭文子
乗る船の名づけ親とて北洋の鮭のはつもの今年もたびぬ
茨城県 出久根市彌
暁の(うみ)風きびしばりばりと()てつく網に公魚(わかさぎ)光る
愛知県 南部康彦
餌をまけば養殖の鰻むらがりて池の水面(みのも)に盛り上りくる
新潟県 畑山正隆
温泉の町の流れに熱帯魚年どし殖えて群なし泳ぐ
北海道 濱田愼平
真夏陽の(とほ)る渚のみづあかり砂に影引きてふぐの子遊ぶ
茨城県 松本勝太郎
釣られたる石もちの啼く鈍き音が夜の渚のわが()にひびく
神奈川県 三留梅子
池の(おも)にはぬるしぐさも静まりて鯉は棕櫚皮に産卵しはじむ
北海道 山口喜代司
陸揚げの手伝終へて貰ひたる鱈を引きずり帰る雪道
京都府 山下貞子
農薬に耐へしか小鮒の数匹が草取る吾れの先さきをゆく
埼玉県 横田静枝
メダカには何を与へむと幼きが夕餉の箸をつと()めて聞く
大阪府 渡辺京子
待望の地所を得たれば夫と来て鮒すむ野井戸こもごものぞく