多くの人間にトラウマを与えた「エヴァンゲリオン」の旧劇場版「THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に」(通称EOE、もしくは夏エヴァ)。関東圏で8月25日「映画天国」で深夜の2時から地上波初放送された。
劇場で放映された1997年夏から17年。

「EOEが初めて地上波で放送されるので、みんなで鑑賞会しませんか」

新進気鋭の若手小説家・S氏に収集されて、都内某所でごく私的なEOE鑑賞会が行われた。リアルタイムで見ていた者もいれば、後から追っかけて見た者も、新劇場版公開後にエヴァを一気見した者もいる。S氏を含めて総勢5人。
集合時間は夕方6時。深夜2時までの長い時間を「ときめきメモリアル」(初代)をプレイしながら潰す。
裏技(ニックネームを「こなみまん」にする)で強くてニューゲーム状態のS氏は、藤崎詩織のデレッデレな顔を見て「こんな顔、真剣にプレイしていた昔は見たことがなかった……」とぼやいた。日本酒がどんどん減っていく。
深夜0時。EOE放送まであと2時間というタイミングで、先週(8月18日)に放送された「EVANGELION:DEATH(TRUE)2」の録画を再生し始める。一升瓶を空にしたS氏は「酒を飲みながら旧劇を見るなんて初めてだ……」と唸り、途中で寝た(あともう1人はときメモのプレイ中に寝ていた)。残された3人で淡々と「DEATH」を見る。
「オタクってパッヘルベルのカノン好きですよね」「主語がでかすぎでは?」カヲルくん……溜息。
「あいまいみー」を口直しで鑑賞し、将来有望の批評家・S氏ともう1人を起こす。S氏はなかなか起きなかったので、首筋に氷を当てて起こした。

「EOE」が地上波で放送されるとなったとき、多くの人が真っ先に心配したのは「放送できるのか」だった。残虐なシーンや性的なシーンが多いからだ。1997年当時には許されていても、規制が厳しくなっている今では、放送が難しい部分もあるだろう。

「映画天国」では、当初に但し書きがあった。「都合により一部音声のみでお送りします」。やはりどこかは規制されているのだ。
規制されそうなシーンとしてよく話題にされていたのは冒頭。意識を失ったアスカをオカズにして、シンジが1人で行為に及ぶ。アップにされる手のひら、べったりとつく白い液体。

ある意味「山場」ともいえるシーンを、固唾を飲んで見守る。
本来なら手のひらが映し出されるシーンは……音声のみ!
誰からともなく顔を見合わせる。
「規制、入りましたね」
「入りましたね」
「液体、アウトだったかー」
「ただの白い液体という言い訳、できなかったかー」

全員の手にはスマートフォン、画面にはTwitterが開かれている。
S氏は台詞をシンジとほぼ同時に叫んでいる。1人アフレコ状態だ。

戦略自衛隊に殲滅されていくネルフの面々。

「ネルフの人たち、給料いくらくらいなんですかね?」
「そんな高くないだろうけど、使う暇がないからお金は貯まりそうですよね」
そして、アスカが復活。戦闘が始まる。次から次へと量産型エヴァを倒していくアスカ。アフレコするS氏。ロンギヌスの槍が降ってくる。
「お前ら、わかるか!?」
S氏が叫んだ。
瞬間的に「わかりません」と返す残り4人。
「このタイミングでこれが起こる意味を、全国で8万人くらいしかわかってないんじゃないか!?」
「いや、100人くらいじゃないですかね?」
「それでいいと思ってんの!?」
S氏、激昂。
手元のじゃがりこを弾丸のように投げつける。じゃがりこは跳ね返ってS氏のそばに落ちた。
「いやいや、Sさん、物投げるのはダメですって!」
「え……え、だって、じゃがりこだよ……?」
「じゃがりこでもダメ!」
「人の家で物を投げるな! 出禁!」
「だって、じゃがりこ……」
ちょっとしょんぼりするS氏。だが、アスカの「殺してやる」連呼シーンで気を取り直したのか、アスカと一緒に「殺してやる」を呟き始めた。

画面いっぱいに展開される量産型エヴァによる残虐シーン。意外と規制されない。代わりに「なぜここが?」という場所が規制されていたりする。
「うーん、カット割が激しいところを中心に規制されているのかもしれませんね」
「へー」
ポケモンのポリゴン事件が起こってから、テレビでは激しい明滅はNGなのだとか。納得。と、画面を食い入るように見つめていたS氏が問いかける。
「サッカーの定義ってわかる? 使徒を倒せばいいわけじゃないんだよ?」
「そ、そうですね……」
「さすがにそれは知ってました……」
さすが批評家。いっけんめっちゃ哲学的っぽい。
S氏は、ミサトさんが出てくれば「やっぱ、もっと早い段階で押し倒せばよかったんだよ! ヤッちゃえよ!!」と悲鳴を上げ、リツコが出てくれば「今見るとリツコめっちゃかわいいよね? こういう女の人ってイイよね?」と周囲に同意を求める。さすが批評家……?

物語が終盤に向かうにつれて、S氏の興奮も極まっていった。激しく身をよじらせるS氏。S氏のめっちゃ色落ちするジーンズがフローリングに青い軌跡を描く。無表情になっている家主。
登場人物が苦悶するシーンでは、S氏も身体を大きく前後に揺らす。後頭部のすぐ脇を、ソファの手すり(木製)が掠る。
「これ、打ちどころ悪かったりしたらどうします?」
「とりあえず救急車呼ぼう」
「原因は『エヴァのせいで……!』でいいですかね」
「いいと思います」
ちょっと危ないと思ったのか、S氏は手すりのそばから離れる。その代わりに、座っている男性の膝に何度も頭を殴打する作業に入った。

補完されていく登場人物たち。青葉シゲルの補完は「うっ、かわいそう」とのつぶやきが漏れる。時折入る規制シーンに「かえってイケナイシーンに見える」の声も。
そしてクライマックス。補完を拒否し、他人を求めたシンジが、赤い海でアスカと2人並んでいる。
S氏が動いた。
「お前ら、わかるか!?」
「わかりません」
「起きたら赤い海! 海には神的な美少女(※レイ)が現れすぐ消える!」
「うんうん」
「隣には神的な美少女(※アスカ)!!」
画面では、シンジがアスカの首を絞め始めている。
「このフォーメーション!!!!」
叫ぶS氏。穏やかな笑いがリビングに起きた。

流れるスタッフロール。本来ならこれは映画の中盤に流れているもので、テレビ放送オリジナルの編集だ(この編集については賛否両論あり、比較的否定的な意見が多い)。
「あー、ここにスタッフロールが来たんだ」
「途中でなかったですもんね」
「ビデオで見たEOEより心にやさしいですね」
「うーん、でもブツっと終わってほしかった気もする」
と言い合う、S氏を除く4人。
S氏はうわごとのように呟いた。
「俺たちは……勝ったのか……?」
(青柳美帆子)