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      企業会計信認回復の副作用を危惧する
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2002年9月1日号

WorldComだけが悪玉か

 WorldComの破産法適用申請(7月21日)はアメリカ産業史上最大規模の破産だという。Enronに続く巨大企業の粉飾会計発覚から破産への動きを見て、米企業の会計報告の信憑性が全面的に疑われる世相となった。 そして資本市場は大きく動揺し、ニューヨーク証券取引所の株価は暴落して過去数年来の下値をつけた。
 ブッシュ大統領をはじめ司法省、議会、証券取引委員会(SEC)などの公的部門も監査法人、アナリスト、投資家などの民間部門も、米国企業の信認を失わせた悪玉として一斉にWorldComを糾弾した。司法省やメディアは社外取締役の圧力で辞任したEbbers前CEO(会長)、解雇された前CFO (財務担当役員)のSullivanや前コントローラー(会計監査役)のMyersを重要犯罪人と見たてた。 Sidgmoreらの現WorldCom経営陣も前監査法人のArthur Andersenも、彼らを非難した。
 だが、粉飾決算行為の断罪だけで企業会計が健全化するならことは簡単である。本稿では粉飾といわれるWorldComの会計処理の内容と企業会計の綱紀粛正の影響を、米企業の一般問題として取り上げ、少し掘り下げて考察したい。

 米下院の商業・金融サービス委員会は、Enron事件の後、通信業界の不正会計処理の疑いを調査すべく諸関係法人から聴聞を行なっている。公聴会の証言記録その他の資料や記事類を調べるとWorldComとEnronでは事件の性格に質的な違いのあることが分かる。WorldComケースの特徴は(1)"粉飾会計" による私利私欲の追求は認められていない、(2) "とばし"など簿外取引による隠蔽は認められていない、(3) "粉飾" とされた事項も基本的情報は同社の年次報告書に注記されてきた、(4) 類似の会計処理を採った他通信会社も多い、などである。背景事情を多少なりとも知れば、投資家に被害を与えた同社の会計報告を "とくに悪質な粉飾" と刻印しEnronの不正会計と同罪扱いするのは不公平に思える。
  WorldComは2001会計年度の見直し決算報告書をSECに提出した(6月25日)。 FBIは証券詐欺の容疑でSullivan, Myersの二名を逮捕した(8月1日)。また、同社は「既発表の水増し利益に加え、1999、2000両年度にも貸倒引当金の戻し入れ等によるEBITDA(後述)の利益操作があった、新監査法人(KPMG)主体の内部監査で不正会計がさらに検出される可能性もある」と発表した(8月8日)。 その後も、「Myers は償却問題について監査法人との会合回避を指示していた」「Ebbersら幹部にはWorldComを顧客としたい投資銀行からIPO他社株の売却益を得る収賄があった」などの報道(8月26日、8月27日)が続いている。
 したがってWorldComに不正な会計処理や腐敗行為があった事実は否定できない。 だが、「巨大企業であり、政治献金はEnron以上に多く、監査法人もEnronと同じArthur Andersenだった、という同社の "会計疑惑" を叩くことで、自分の清潔さを訴え、正義派を標榜したい国会議員らが一罰百戒の手段としてWorldComをスケープゴート代表に仕立てた」とする一部の観測も消えていない。

企業会計の問題とルールの整備

 法に触れる会計慣行は通信会社に限らない。「殆どの米企業が微妙な問題を抱えている」といっても過言ではない。問題となる会計慣行を造る土壌はアメリカの "株価至上主義" 文化である (投資家も経営者も、経営実績の評価指標として、またM&Aやストック・オプションでの "実質通貨" として、"株価" の動きを極度に重視する)。そして、経営者やアナリストなどにあまりにも性急に(四半期ごとなど) "結果" を求める風土がさらに歪みを増幅する。
 企業の不正会計の殆どは「これまでは、財務会計基準の上でamortization(資産認識する無形固定資産の償却)とpro-forma(調整を加えた基準外の補足収益報告)の取扱いに不明確ないしは不定の部分があり、これらの会計処理に曖昧さや恣意の入り込む余地のあったことが利益操作の温床となった」と要約できる。ここではDRIフォーラムの読者が熟知する通信産業に具体例をとって会計処理上の問題点を論考したい。

 本年3月、先の下院委員会の公聴会で、SECは通信産業での主要な会計問題として "IRU", "swaps", "pro-forma" の三項目の影響を取り上げている。これらの論点は以下の通りである。

(1)"IRU"(indefeasible right to use)

  通信網の通信容量(の一部または全部)の長期間にわたる排他的使用権利で、数年前から通信網業者の間で売買の対象となっている。業者は各路線ごとの将来トラフィックを予測して、自社の設備容量に充分余裕があれば余裕分をIRUとして他者に売却し、不足の心配があれば自社設備を新増設するか他社からIRUを購入する。契約内容にもよるが、通常はIRUの売買は一時払い取引であればコンドミニアムの売買と同様で、譲渡側は売却利益を計上し、取得側は経費扱いとせずに資産科目に計上して契約年数に応じた減価償却を行なっていた。
 SECは「多くのIRU取引の会計処理やその償却方法がFASB(財務会計基準審議会)が定める現行会計基準とその細則に抵触している疑いがある」という。しかし、注目すべきはIRU契約を「所有権の移転を伴うリース契約相当」と見なす(有形固定資産並み)会計処理が最近まで合法とされていたことである。SECは「1999年6月のFIN43(解釈指針)の公布によりIRUは資産扱いの余地が殆どなくなった」と主張している。もし未償却IRU資産の即時償却を迫る会計基準の変更なら、トラフィックの将来成長に賭けて積極的にIRU利用戦略をとった新参入通信業者には深刻な打撃となる 。現実問題として、バランスシートの継続性を無くし、その内容を著しく毀損するルール変更となれば各企業の2001年度決算の会計処理にどれほど徹底し得るだろうか(日本の金融機関の不良債権処理がなかなか進まないのと似た状況では?)。
 因みに、WorldComはIRUの売却利益と "swaps" 取引(後述)のどちらも多かった企業で、業界の一部には「将来に備えた未使用IRUが全体の15%も占めた事実が粉飾疑惑を招く命取りの材料になったのか?これらのIRUは買い取りoption付きのリースにしておけば良かったのに!」という同情的憶測もあった。

(2)"swaps"

 この場合の "swaps" とは業者間で行なわれるIRU資産の等価交換の取引をいう。慣習として、譲渡IRUは資産売却の扱いとして簿価との差を利益計上し、取得IRUは契約価格で資産に計上して残存契約期間に応じて償却を行なっていた。"swaps" では、資産価値の評価が良識的であれば問題はないとされるが、当事者同士が意図的に合意すればIRUの評価額に "土地転がし" や "不良債権のとばし" に似たバブルが発生する。SECは委員会への証言の中で、(1)IRUの転売を禁止する、(2)新取得IRUは実用途向けで、かつ譲渡したIRU以上の収入があるものに限る、(3)IRU評価額の妥当性の検証方法を規定する、が必要だと主張している。
 無形固定資産の評価におけるバブルは確かに許せない問題である。だが、特許権やソフトウェア資産のように無体財産の実質的な価値は、会計基準で決まる簿価とは無関係で、市場環境(需給の変化や技術の変革)に応じて変化する。IRUも価値評価の方法や流通条件を厳しく統制すれば倫理上の問題は解決できるだろう。だが、株価や地価の統制と同じように、IRU取引の統制は自由経済の命であるサービス生産や資源配分の効率化機能を阻害する。もしIRUの売買やswapsによる損益の発生が不当とまで主張するなら、損益計算書における営業外損益や特別損益の存在を認めぬにも等しい暴論となる。

(3)"pro-forma"

 企業の決算報告はGAAP(FASBが定めた一般会計原則)に基づき作成されるが、各企業は株主や金融機関向けに独自に調整した(法定様式外の)算出基準を使って財務状況を補足説明する慣習がある。その典型は数年前から「企業の利益体質を示す」として重用されているEBITA(支払金利、法人税、無形固定資産償却の控除前利益)やEBITDA(EBITAにさらにdepreciation--有形固定資産の償却--を加えた利益)の表示である。
 SECは委員会の査問に対し「証券法はこれらの発表そのものを禁止しない。だが、pro-formaは、各企業独自の恣意的な(ときには詐欺的な)基準で作られるために、横並びの比較には不適切であり、証券市場における企業評価をミスリードする」と訴えている。また、SECは昨年12月に企業と監査法人に "pro-forma" 作成の倫理基準ともいうべき勧告も出している。ところが、前述したWorldComの "EBITDA操作" は「90年代なら常識的と受け取られる調整基準内のもの」だという。
 各企業は自社の "pro-forma" の発表に際してそれなりに定義を注記する。 故に、企業会計の心得のある人が 注意して読めば個別企業の経営実態を客観的に掴めないこともない。だか、SECの主張にも理がある。各社の発表する "pro-forma" をそのまま横並び比較に勝手に使うのは間違いである。最近では、EBITDAの発表を取り止める企業も増えてきた。また、「EBITDAはその内に注目されなくなる」と予想するウォール街関係者も増えている。

 SECが提示した上記の問題点が通信業界に限らず他業界にも共通することは自明だが、他にも現在の企業が抱える共通事項として、"ストックオプション"、"デリバティブ取引"、"Goodwill" などの会計処理上の扱いが問題視されている。 本稿ではWorldComの会計に大きく影響する "Goodwill" について補足したい。

(4)"Goodwill"

 "Goodwill" はM&Aに伴って発生する繰延勘定で、「営業権」とか「暖簾代」と訳されている。M&Aが行なわれるときの被買収企業は自社価値を極力高く売りつける(バブルが入り込む)ので、合併後の新会社が冷静に資産の実体価値を評価すると買収価格との間に差異が出る。そこで、新会社はこの差分をGoodwillという架空資産科目に計上し、定められた基準に従って償却を行なう。ただしGoodwill勘定に記帳する評価額やその償却方法には主観的な裁量余地のあることが問題だとされている。評価額や償却が妥当か否かは投資家株主の利害にも影響するので、最近では「何らかの規制強化が必要だ」という意見が有力になっている。
 WorldComのバランスシートにも過去の企業買収(MCIやUUNetなど)に伴う未償却の Goodwillという無形固定資産が存在する。その真の価値は、MCIやUUNetが先行投資した研究開発や市場開発が結果的に結実するか否かで結論づけられる性格のものであるが、今回の破産で結果的にそれは不実となった。WorldComは次の修正申告でGoodwillその他の無形固定資産を合わせて506億ドルを一挙に償却する方針のようだが、この数字はこれまで発表された "粉飾利益" 総額を遥かに上回る約7倍もの巨大な償却額である。
 一般論として言うなら、Goodwillの客観的価値は特許権と同じように事業活動の事後結果としてのみ確定し、事前の客観数値化の基準などは作れない。Goodwillの残存簿価の妥当性は、本来なら、経営者の判断よりは株主の判断が優先するはずである(経営者判断の是非が株価に反映される)。「Goodwillが株価を歪める」と批判するのは本末転倒であろう。それは会社側の責任というよりは、むしろGoodwillの適正評価を怠ってきた(投資家をミスリードし続けた)アナリスト、投資銀行、格付け会社などを含む証券メディア側の責任ではなかろうか。因みに、WorldComの1999年の年次報告書には同社の Goodwillに関する事情説明があり「開発や事業化に失敗すれば深刻な資産の目減りが発生するが、そのリスクは予知できない」と明記されている。

企業会計の規制強化とその副作用

 SECは、6月26日にWorldComを告訴し、さらに6月27日には全米の大手上場企業945社のCEOとCFOに対して直近に登録された会計報告書の完全性と正確性を書面で保証する個人認証(宣誓書)の提出を求めた。8月14日が提出期限とされた695社については、11社が宣誓不能であり、25社が提出期限の延長を求める結果となった。Qwest やGlobal Crossing のように過去に遡及する会計報告の修正を決めた社もある。なお、SECはAICPA(米国公認会計士協会)に対して「swapsによるIRUの水増し評価が存在したならば、会計報告書は修正されるべきであり、CEO/CFOの宣誓においてもこの点は念頭に置くべきである」という主旨をメモで通達した(8月6日付)、と伝えられている。
 アメリカの政府・議会は "揺らぐ米国資本主義" の信認回復に取り組んでいる。7月31日には、拙速で不完全と評されながらもサーベンス・オークリー法(企業会計改革法)が発効し、不正会計への罰則強化や監査法人を監督する独立機関の創設などが決まった。それとは別に、すでにWorldComの不正疑惑が叫ばれ始めた6月頃から、各会計事務所にはハイテク企業などからの「自社の会計慣行や決算報告書の変更が必要かどうか」を確認する問い合わせが増えていたようである。

 企業倫理の徹底と企業会計の透明性を厳しく求めることは絶対に必要である。SECが求める宣誓書も大手企業に限らず全米の上場企業14,000社に義務づける動きがある。企業会計への細則や制度は徐々に整備されて規制が強化され、米国の企業会計報告もいずれは信認を回復するであろう。また、今回の規制強化の本質的意義は「不正会計の払拭」よりはむしろ「誇張したバランスシ−トによるバブル経済の精算」だと冷静に理解すべきかもしれない。どちらにせよ結構なことである。
 しかし見逃してならないことがある。それは、いま進んでいる諸々の信認回復策の中に、米国型の自由主義経済が持つ長所としての積極性や効率性まで減殺してしまう過剰規制が入り込む危険もあることである。 電気通信のようなハイテクを基盤とする産業が健全に成長し開花していくためには、技術開発と市場開発への積極的な先行投資が不可欠である。無形固定資産の会計処理に関する規制の内容を誤れば、技術集約型産業(とくにベンチャー企業)のダイナミズムは凋落する。株主資本とは所詮はリスクキャピタルである。株式投資家の保護を重視するあまりにアメリカの企業文化が過度に保守的な方向に移るなら「角を矯めて牛を殺す」結果にもなりかねないのである。


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