幸福度は役に立つか?

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2012年09月20日

  • 市川 正樹
8月初め、バーナンキFRB議長が講演で幸福度に言及したことが報じられ、経済・金融関係者の間でいっときの話題となった。


最近、仏サルコジ前大統領や英キャメロン首相など各国政府トップが幸福度への取組みを主導してきている。我が国でも、政権交代後の12月に閣議決定された「新成長戦略(基本方針)」では、中期的な経済成長の目標として各年度の平均で名目3%、実質3%を上回ると掲げたその後に、幸福度指標を開発しその向上に取り組むとなっている。更に、バーナンキ議長発言の前日に決定された日本再生戦略でも工程表に2020年までに幸福感を引き上げると書いてあることは、ほとんど知られていないのではないか。特に、経済・金融関係者には全く無視され続けてきたと思われる。そこに、バーナンキ議長発言であるから、無視されてきた我が国の幸福度関係者もさぞかし驚いたことだろう。


一方、国民の間では、幸福度といえばブータンである。国王ご夫妻の来日などにより「国民の97%が幸福な国」とのイメージが定着している。しかし、これは誤解である。根拠となっているのは、2005年の国勢調査での一問。選択肢は3つで、「非常に幸福(very happy)」、「幸福(happy)」、「非常に幸福とはいえない(not very happy)」のみ。結果は、それぞれ、45.2%、51.6%、3.3%であり、前二者を足すと96.8%、確かに97%となる。しかし、世論調査や意識調査では、選択肢が3つの場合、中央に回答が集中する傾向がある。特に、アジア諸国では顕著であり、「中央回答化傾向」と呼ばれる。ブータンの設問では、「幸福」、「どちらでもない」、「不幸」とすべきであり、それで「幸福」が97%となれば「国民の97%が幸福」と言える。


国際的には、「あなたはどの程度幸福ですか?0がとても不幸、10がとても幸福として11段階の中から選んでください。」という問を使うのが一般的である。この方式で、ブータン国立研究所が2010年に行った調査では、見事に5のところに山ができて、ブータン人もアジア人だなということが実感される。日本の場合よりもきれいな富士山型となる。ところで、この調査からブータン人の平均的幸福度が計算でき、6.1となる。日本については、例えば、今年行われた内閣府の調査では6.6となる。何とブータン人より日本人の方が幸福度が高いのである。私がこの結果を得た時には、せっかくブータン熱で盛り上がっているので、あまり水をかけるのはやめようと大っぴらにはしなかったが、最近、この結果を知って驚愕された方がいらっしゃったようなので、敢えてご紹介する次第である。日本人は、もっと自信を持ってよい。復興の苦しみも乗り越えられるであろう(なお、震災の前後で幸福度はほとんど変化はなく、絆を重視する傾向が高まったなどの結果も出ている)。


では、幸福度指標は政策に役立つのだろうか。


ひとつのことが明らかになっている。年齢、性別など様々な属性によって幸福度の違いを見ると、幸福度の低い層が浮き彫りとなる。孤独感の強い人・周りに困った時に頼れる人がいない人、失業者・失業の不安がある人、など。特に独身男性は、中高年になるほど幸福度は驚くほど低下する。GDPはひとつで様々な側面を明らかにするが、幸福度も同様である。


経済の分野では、例えば、政府の月例経済報告では、GDPのコンポーネント毎に様々な指標を使って経済状況の分析が行われている。これにならって、幸福度の低い層毎に、幸福度を中心に、関連する様々な指標を並べれば「年次幸福度報告」を作ることが可能である(幸福度は月次では変化がほとんどないであろうから年次が適切であろう)。これで社会経済状況のウォッチを続ければ、新たな政策対応にも役立つ可能性がある。


幸福度の浸透はまだまだであるが、今後、役に立つ指標に育っていってほしいものである。


ブータンと日本の幸福度分布


注)ブータンの幸福度は、The Centre for Bhutan Studies, "GNH survey Findings 2010."
日本の幸福度は、内閣府「生活の質に関する調査」(平成24年3月実施)。

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