1 法人著作の位置付けについて
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(1) 我が国著作権法における法人著作について |
現行著作権法は、著作者を「著作物を創作する者をいう。」(第2条第1項第2号)と定義している。「創作」とは思想感情を整理統合して独自の表現として具体化する行為をいい、本来自然人のみがなし得る行為であるが、第15条で法人その他の使用者(法人には法人格を有しない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものを含む。以下同じ。)に一定の要件のもとに著作者たる地位を認めている。これは一般に法人著作あるいは職務著作と呼ばれている。
法人著作について旧著作権法では現行法のような明確な規定がなく、法人等が著作者たり得るか議論が分かれるところであった(注1)が、現行法においては、「今日の著作物の創作の実態からすれば、法人等の活動として著作行為がなされるものと解することを適当とする事例も多いと認められる」(著作権制度審議会答申説明書17頁)として、規定が設けられたものである。 |
(2) 条約における職務上の著作物の取扱いについて |
ベルヌ条約、万国著作権条約は、共に、著作者に関する定義規定を設けていない。 ベルヌ条約上「著作者」という用語が自然人のみをさすのか、それとも法人等の団体も含むものであるかについて、ストックホルム改正条約案を検討していた1963年専門家委員会は、「この問題は国内法令の定めるべき問題である」という見解を表明している(1963年専門家委員会報告書)。
また、万国著作権条約においても、著作者に法人等の団体を含ましめるかどうかは各国の国内法令の定めるところによるものと解されている(万国著作権条約調印会議一般報告書)。 |
(3) 各国法令における職務上の著作物の取扱いについて |
職務上の著作物の取扱いについて、各国の対応は一様ではない(別紙参照)。一定の要件のもとに法人等の業務に従事する者が創作する創作物の著作権を法人等に帰属させている国においても、その態様は様々である。
例えば、イギリスやフランスでは、雇用主に権利を原始的に帰属させているが、フランスでは著作者人格権も含めた帰属となっているのに対し、イギリスでは著作者人格権までは帰属させていない。また、アメリカでは、雇用主等を著作者とみなし、かつ著作権に含まれるすべての権利を所有させる旨を定めているが、美術の著作物を除き、著作者人格権は著作権法上規定されていない。このような法人等への著作権の原始的帰属を認める国の中においても、著作者人格権を明確に定めたうえで法人自体を著作者と規定している我が国の規定振りは異なったものとなっている。
さらに、ドイツのように著作物を個人の精神的な創作物に限り、法人等への著作権の原始的帰属を認めていない国もある。なお、多くの国は明文の規定を設けず、職務上の著作物の取扱いについては明らかでない。
また、1991年5月14日にEC閣僚理事会で採択された「コンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令」では、法人を著作者として認めるかどうかについては各国の法制に委ねており、また、職務上の著作物に関しては、被雇用者が職務遂行上又は雇用主の指示により作成したプログラムについて、契約上別段の定めがない限り、当該プログラムに関する経済的権利の行使の権限が雇用主に与えられるものとしている。なお、著作者人格権については特に規定していない。(注2) |
(4) 他の知的所有権関係法令等における職務上の創作物の取扱いについて |
著作権法以外の知的所有権法令にも、職務上創作された知的創作物の取扱いに関する規定が設けられているものがあるが、その取扱いは一様ではない(注3)。半導体集積回路の回路配置に関する法律(昭和60年法律第43号)では、著作権法と同様に、一定の要件を満たした場合、法人その他の使用者を回路配置の創作をした者とする旨の規定がある。しかし、特許法(昭和34年法律第121号)では、職務発明に関する規定があるものの、使用者等は無償で通常実施権が与えられる(契約等により特許権等の予約承継や専用実施権の予約設定を行うこともできる。)のみで、使用者等が発明者となることはできず、この点法人等が著作者となることを定めた著作権法とは取扱いが異なる(注4)。同様に、この問題に関連した法令として、種苗法(昭和53年法律第89号)では、職務育成品種に関する規定があるものの、あらかじめ使用者等が品種登録の出願をすること又は品種登録の名義を使用者等に変更することを定めることができるのみで、法人等が育成者となることはできない。 |
2 コンピュータ・ソフトウェアの法人著作の要件について
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一般にプログラムの作成は、要求定義、システム設計(基本設計)、プログラム設計(詳細設計)の過程を経て行われ、併せてプログラム取扱説明書(マニュアル)等の関係資料が作成される。そして、これらの過程において作成される要求仕様書、システム設計仕様書、フローチャート等プログラム設計仕様書や、プログラム取扱説明書等のいわゆるドキュメント類はプログラムと共にコンピュータ・ソフトウェア(以下「ソフトウェア」という。)と呼ばれる。このソフトウェアの著作者はそれを創作した者であるが、ソフトウェアは多数の者が関与して作成される場合が多く、また、それらの者が同一の法人に所属するときもあれば、当該法人に所属しない者が関与する場合もあるため、このような場合における第15条の規定の適用関係について検討する必要がある。
第15条は第1項で「法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする」と規定し、第2項で「法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする」と規定している。
すなわち、プログラム以外のソフトウェアの場合、その著作者が法人等であるといえるためには、第15条第1項に基づいて、(1)その法人等の発意に基づくものであること、(2)その法人等の業務に従事する者が作成するものであること、(3)従事する者が職務上作成するものであること、(4)その法人等の著作名義で公表するものであること、(5)契約、勤務規則その他に別段の定めがないことの5つの要件をすべて満たす必要がある。 また、プログラムの場合は、第15条第2項に基づき、上記要件のうち(4)を除いた4つの要件をすべて満たす必要がある。 |
(1) 法人等の発意について |
この要件については、法人等が著作物の作成を企画、構想し、業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合あるいは従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には、法人等の発意があるとすることに異論はないと考えられる。
しかし、著作物の作成について法人等の具体的な指示あるいは承諾のないまま従事する者が自らの判断で著作物を作成した場合については議論がある。この点については、法人著作が法人等の指示を前提に設けられた規定であることから、法人等の具体的な指示あるいは承諾がない以上、法人等の発意はないとする考え方もある一方、発意は間接的でも可であり、法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも、従事する者の業務の遂行上、当該著作物の作成が予期される場合には、この要件を満たすとする考え方もある。
この要件を考えるに当たっては、次の「業務に従事する者」の要件との関連も考慮する必要があり、法人と業務に従事する者との間に雇用関係がある場合に限って、法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも、従事する者の業務の遂行上、当該著作物の作成が予期される場合には、「法人等の発意」の要件を満たすと解する考え方が有力である。 |
(2) 業務に従事する者について |
この要件については、法人等と雇用関係がある者がこの従事する者に該当することについては異論はないと考えられるが、雇用関係がない者については議論がある。 この点については、法人著作の規定は「著作権制度上の著作者、著作権者に関する原則の例外であるところからも、その適用範囲は限定されたものでなければならない」ものであり、この規定が雇用関係を前提に設けられたものである以上、雇用関係のない者にまで適用することはできないとする伝統的な考え方がある。
しかしながら、前記答申説明書は、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(昭和60年法律第88号)の施行前のものであり、同法に基づく派遣労働者(注5)とその派遣先との指揮命令関係は雇用関係に準ずる関係であるとして、この要件の適用上、派遣労働者を派遣先の業務に従事する者と解する考え方が有力である。
また、派遣労働者に限らず、請負や委任においては、請負人等は自己の裁量により活動するのが原則であり、注文者と請負人等の間には指揮命令関係がない場合が通常ではあるが、仮に注文者と請負人等の間に実質的な指揮命令関係が認められる場合があれば、派遣労働者同様、この規定の適用があるとする考え方もある。しかし、これに対しては、法人内部の権利帰属の問題と法人間の契約の問題は本来異なるものであり、法人著作の範囲に、雇用関係に加えて、委託開発関係まで含めると、法人著作の範囲が拡大しすぎるとの意見がある。 |
(3) 職務上について |
この要件における職務には、従事する者に直接命令されたものの他に、従事する者の業務の過程において通常予期される行為も含まれ、具体的には、当該従事する者の法人における権限、地位、職種等によりケース・バイ・ケースで判断されることになる。なお、単に、職務との関連で派生的に作成された著作物はこの要件を満たさないと考えられる。
なお、著作物の作成行為が職務に該当しない場合は、職務上知り得た知識に基づき、勤務時間中に職場の機材を使用して作成されたとしても要件を満たすことにはならないと考えられる。逆に、勤務時間外に勤務場所外で作成されたとしても(自宅に持ち帰って作成するなど)、その作成行為が職務に該当するときは要件を満たすと考えられる。 |
(4) 法人名義の公表について |
この要件は、プログラムの著作物については必要とされないが、プログラム以外の著作物については必要なものである。 この要件に関しては、実際に世の中に法人名義で公表されたもの以外の未公表のものや無名又は他人名義で公表されたものについては議論がある。 |
1)未公表の著作物について |
未公表の著作物については、「公表したもの」ではなく「公表するもの」と規定されており、法人名義の公表を予定しているものも含まれると一般に解されている。さらに公表を予定していないが仮に公表するとすれば法人名義で公表されるようなものにまで広げることについては、法文上無理であるとする考え方もあるが、公表の際には、法人名義で公表する性質を有していれば、公表予定の有無にかかわらず、この要件を満たすと解する考え方が有力である(注6)。 |
2)無名又は他人名義で公表された著作物について |
無名又は他人名義で公表された著作物については、法人名義で公表するという性質を有していたとしても、現実に法人等が自らの意思により法人名義以外で公表したものまで法人名義で公表するものと解することは困難であること、また、無名公表等のプログラムについて法律上の解釈を明確にするために第2項が新設されたことから生じる反対解釈からは、法人等の意思により無名又は他人名義で公表された著作物の場合、この要件を満たさないとする考え方(公表名義の要件を厳格に捉える考え方)がある。
これに対して、著作権者は創作後の公表名義によって確定されるものではなく、著作権が創作と同時に発生するように、著作権者も創作時に確定するものであり、創作の時点で公表の際には法人名義で公表するものであるという性質を有していたものであれば、実際の公表が無名又は他人名義であったとしてもこの要件を満たすとする考え方(公表名義の要件を広く捉える考え方)もある。
これらのいずれの考え方に立つかにより、ソフトウェアの委託開発に関連して権利関係の判断に影響を及ぼすことになる(4(2)3)参照)。 なお、いずれの考え方を採るとしても、法人等の不知の間に法人名義以外で公表された場合には、このことにより法人著作が認められなくなるものではない。 |
(5) 別段の定めがないことについて |
この要件は、法人が著作者となるのは、著作物作成時における契約、勤務規則等に、従事する者の著作物とする旨の別段の定めがない場合に限られることを定めたものであり、たとえ上記(1)から(4)まで(プログラムにあっては(3)まで)の要件を全て満たす場合であっても、雇用契約等に、従事する者の著作物とする旨の定めがあれば、その当事者の意思に従い従事する者が著作者となる(注7)。
なお、上記(1)から(4)まで(プログラムにあっては(3)まで)の要件のいずれかを満たさない場合は、たとえ契約等に法人等を著作者とするとの特約があったとしても、法人等が著作者となることはできない。別途契約に基づいて法人等が著作権譲渡を受けるかどうかは別の問題である。 |
3 プログラムとその他のソフトウェアの線引きについて
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プログラムの作成過程で作られる各種仕様書やプログラム取扱説明書等のドキュメント類はプログラムと共にソフトウェアと呼ばれるものの、著作権法上はプログラムの著作物ではなく、言語あるいは図形の著作物に該当すると考えられる。しかし、近年、フローチャートや木構造図を用いて作成したプログラム仕様書より自動的にプログラムを生成する自動プログラミングの技術やプログラムとドキュメント類を一体的に作成する技術が進んでいる。
プログラムとプログラム以外の著作物では法人著作に関する適用条文が異なり、具体的には上記2(4)の法人名義の公表の要件がプログラムについては必要ないとされているため、法人著作の成立要件を考える場合、何がプログラムに当たるかを検討する必要がある。
自動プログラミングに用いられるプログラム仕様書は、従来の高級言語より自然言語に近い言語で、しかも、図や表の形で記述されており、そのままコンピュータに入力すれば、何らの創作行為を加味することなく、コンパイラ等により自動的にCOBOL、C言語等の高級言語に変換されるものである。しかし、このプログラム仕様書も、機械的にプログラムに変換することができる以上それ自体「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現されたもの」であり、従来のプログラミング言語に比べより自然語表現に近いとはいえ、自動プログラミング用に開発された新たな言語で記述されたソースプログラムと考えることができる。また、このプログラム仕様書は、プログラムの著作物という側面と共に言語あるいは図形の著作物という側面を併せ持つということになるが、ある著作物が図面の著作物であり美術の著作物でもあるというように二面性をもつことは従来からあったことであり、プログラムの著作物になり得る限り、第15条第2項のプログラムの著作物に関する特別規定が適用されると考えられる。
なお、現在の自動プログラミング用のプログラム仕様書の記述に用いられる言語は、従来の高級言語に比べると自然言語に近い表現ができるとはいえ制約も多く、自然言語とは別の一種のプログラミング言語と考えることができるが、技術の進展により、将来、あいまいにならない程度に制限されたものであれば、自然言語での記述が可能になることが考えられ、その場合には、自然言語で書かれたものであっても電子計算機に対する指令を組み合わせたものといい得る場合があると考えられる。
また、ソースプログラムとドキュメントに関する情報を一体として記述しておき、フィルターを通してソースプログラムとドキュメントとに分離してから使用する方法も開発されているが、この方法を用いるために記述されたソースプログラムとドキュメントが一体となっているものも、前述のプログラム仕様書と同様に、プログラムの著作物と言語の著作物の二面性を持つと考えられる。
なお、プログラム作成までの作業過程やプログラムとその他のソフトウェアの利用の実態からみてプログラムとその他のソフトウェア間の線引き(注8)及びプログラムに関する他の特別規定との関係について今後検討することが適当ではないかとの意見があった。 |
4 法人著作に関連する諸問題について
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(1) 法人著作が成立しない場合の取扱いについて |
著作者が法人等であるか、従事する者であるかは、第15条の要件に該当するかどうかによって定まるものである。しかし、法人著作の要件に合致しない著作物であっても、法人等としてはその著作物を利用したい場合がある。そのため、法人等の内部で作成される著作物について、単に著作権法の法人著作の規定に従うだけではなく、法人等と従事する者の間で著作権の譲渡などについて契約が取り交わされることがある。
他人の著作物を利用するためには、著作権者から著作物の利用について許諾を得る方法と、著作権者から著作権の譲渡を受ける方法があるが、どちらの方法を採るにしても、法人等と著作者たる従事する者の両者が合意したものでなければならない。法人著作に該当しない著作物についての取扱いを定めている法人等は少ないと思われるが、一部の法人等においては、従業員が法人の業務を通じて作成した著作物の著作権を包括的に法人に帰属させる旨の規定を就業規則に定めているものもある。
しかし、このことについては、就業規則において、そもそも法人著作に該当しない著作物に関する従業員の権利を、一方的かつ包括的に法人に移転させる規定を設けることには問題があるとの意見や、就業規則に定めることができるとしても、新従業員に対し就業規則を事前に示した場合は別として、ある時期に権利が法人に帰属するように就業規則を変更した場合は問題があるとの意見があった。なお、法人等への著作権の譲渡に関しては、法人等が従事する者に対して個別にプロジェクト等を提案する際著作権の帰属等について明確にしておく方法あるいは従事する者の意思により法人内で作成した著作物の著作権を法人等に包括的に譲渡するかどうかを選択できる方法であれば問題はないものと思われる。
また、著作者人格権との関係については、就業規則で著作者人格権を行使しない旨定めている場合もあるが、このことについても著作権と同様の問題がある。
著作者人格権の中の同一性保持論は、第20条第2項第3号による改変が認められており、改悪する場合を除きほとんど問題となることはないと考えられる。公表権、氏名表示権についても、契約時に、公表方法、著作者名の表示方法について合意しておけば問題は生じないと考えられる。なお、公表権は著作権を譲渡した場合は、その著作権の行使により公表することに同意したものと推定され(第18条第2項第1号)、氏名表示権も著作者の人格的利益が害される恐れがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り省略することができる(第19条第3項)。 |
(2) ソフトウェアの委託開発における著作権問題について |
1)委託開発契約の内容 |
通常、ソフトウェアの委託開発の場合には、委託者の法人著作には該当せず、著作者は受託者であり著作権及び著作者人格権も受託者が享有すると考えられるが、契約により著作権の全部または一部の譲渡あるいは著作者人格権及び著作権の行使方法を定めることができる。実態としては、委託者の利用目的などにより、委託者は単にソフトウェアの複製物を取得するのみで権利は全て受託者に留保されるとする方法から、納入ソフトウェアの全ての著作権が委託者に譲渡されるとする方法までその契約内容は多様である。
ソフトウェアの開発委託契約における著作者人格権及び著作権の取扱いについては、契約自由の原則からも、当事者間で合意されたものであれば公序良俗に反しない限りどのような内容の契約も可能であるが、契約を結ぶ場合、その契約によりどのような状況が生じるか十分検討しておく必要がある。
すなわち、著作権の譲渡が一切行われない場合は、当該ソフトウェアの利用については、受託者は著作権者であるため著作権法上何らの制約も課されないが、委託者は契約で許諾を受けた範囲内のみに限定されることになる。なお、契約に定めがない場合、委託者に認められるのは、著作権法で許容される範囲内の利用のみとなる。 逆に、納入ソフトウェアの全ての著作権(著作権法第27条及び第28条に規定する権利を含む。)が委託者側に譲渡された場合は、著作者人格権を除き、委託者は当該ソフトウェアの利用について著作権法上何ら制約を課されないが、受託者は委託者の許諾なしには当該ソフトウェアを利用することができなくなる。 |
2)モジュールの扱い |
プログラムは、一から新たに作成する場合もあるものの、最近は、既存プログラムの活用、特にプログラムを機能ごとに分割、汎用化したモジュール(ルーチン、サブルーチン等も含む。以下、同じ。)を多数作成しておき、プログラムの作成に際し、こうしたモジュールを組み込むことによりプログラム開発の効率化を図ることが多くなっている。このモジュールもそれ自体一つのまとまりのある思想の表現といい得る限りプログラムの著作物と考えられる。また、「既存のプログラムやモジュールを組み合せて作った全体のプログラムについては、通常は法第12条第1項で規定する「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有する」編集著作物として保護される」(著作権審議会第6小委員会中間報告書)とする考え方がある一方、単なる組み合わせのみでプログラムが開発される場合は少なく、むしろ、プログラムの一部分にこうしたモジュールが複製され、有体物でいう「集合物」を構成しているような場合が多いとの意見があった。
このようにモジュールを利用して作成されているプログラムについて、モジュールについての言及なしに著作権を委託者に譲渡する契約を結んだ場合、プログラム全体の著作権と共に、このモジュールの著作権も譲渡したと考えられる場合が多い。そのため、著作権の譲渡後は、受託者は当該モジュールを委託者の許諾を得ずには利用することができなくなり、多数のプログラムに組み込むことを目的に作成したというこうしたモジュールの作成の趣旨がいかされないことになると考えられる。逆にモジュール以外の著作権を委託者に譲渡し、モジュールの著作権は受託者に留保することも考えられるが、その場合、委託者が納入プログラムの複製等を行うことはその中に含まれているモジュールの複製等を伴うことになるため、著作権法で許容する範囲を除き、受託者の許諾なしには複製等ができないことになると考えられる。したがって、受託者が今後ともモジュールの活用ができ、かつ、委託者も納入プログラムの自由利用ができることにするためには、モジュールの著作権を受託者に留保するとともに、委託者及び委託者が許諾する第三者に納入プログラムの複製等に伴うモジュールの複製等を許諾する契約を結ぶ方法が考えられる。 |
3)プログラムと付随するドキュメント類の扱い |
ソフトウェアの委託開発において、委託企業がプログラムとそれに付随するドキュメント類の作成を同一又は複数の受託企業に委託し、これらがいずれも委託企業の名義で公表されることがある。(なお、ここでは1)に述べたように委託企業の法人著作には該当しないという前提に立って、受託企業の法人著作が成立するか否かという問題を取り扱っている。)この場合、プログラムについては、法人著作の要件から公表名義が除外されているので、まず受託企業に法人著作が成立し、受託企業と委託企業の間の契約で権利関係を処理すればよいこととなる。
一方、プログラムに付随するドキュメント類については、第15条第1項が適用されるため、2(4)2)で触れたように同条項の解釈が問題になる。
公表名義の要件を広く捉える考え方を適用すれば、実際の公表名義にかかわらず、創作の時点で受託企業名義で公表すべき性質を有していたものであれば受託企業に法人著作が成立すると考えられ、ドキュメント類についてもプログラムと同様受託企業と委託企業の間の契約で権利関係を処理すればよく、問題はない。
しかし、公表名義の要件を厳格に捉える考え方をそのまま適用すれば、受託企業において作成され、委託企業の名義で公表されたドキュメント類は、法人名義(自己名義)の公表の要件を満たしていないため、受託企業は著作者とはならず、受託企業において当該ドキュメント類を作成した個々の従業員が著作者となる。従って、受託企業が委託企業に対してこのドキュメント類に係る著作権を処分するためには、その前提として受託企業は個々の従業員から権利を譲り受けておかなければならないことになる。もっとも、あらかじめ受託企業と従業員との間に権利譲渡の取り極めがある場合には問題はない。また、プログラムとそれに付随するドキュメント類の作成を同一の受託企業が行っている場合に限っては、このような明示的な取り極めがなくとも、プログラムとドキュメント類との関係は一体的に評価されるため、プログラムについて法人著作が成立する場合には付随するドキュメント類についても受託企業に権利が帰属するものと解すべきであるとの意見が有力であった。 |
(3) その他 |
法人著作に関連する問題として、退職従業員の問題がある。近年、ソフトウェア業界を含め、労働市場の流動性が高まっており、これに伴いソフトウェアの開発に携わっていた従業員が在職中に得た知識に基づき退職後ソフトウェア開発を行うケースが増加している。
著作権法は表現を保護するものであり、表現の背後にある考え方、理論等を保護するものではない。そのため、従業員が在職中に得た考え方等に基づき独自に新たにソフトウェアを作成することは、本来、著作権法上の問題は生じない。
しかし、実際には、新たに作成したソフトウェアが既存のソフトウェアの複製物、翻案物になるか、別個独立した新たな著作物になるかの判断が容易でない場合があるため、在職中に関与していたソフトウェア開発との関係をめぐって著作権法上の問題が生じるケースがある。
主として営業秘密やビジネス上の要因から、退職時に従業員と一定期間の競業禁止の契約が結ばれる場合があるが、こうした契約において上記のような著作権法上の問題を防止するための条項を設けることも考えられる。今後、退職従業員の問題の増加が予想されるため、競業禁止の契約の在り方や退職従業員への対応について、著作権法の見地からも一層の検討が必要であるとの意見があった。(注9) |
(注1)旧著作権法においては、第6条(団体名義の著作物の保護期間)及び第22条ノ7(録音物の著作権)に関連し、自然人以外は著作者たり得ないとする否定説と法人も著作者たり得るとする肯定説に分かれていた(肯定説が若干有力であったと思われる。)。また、現行著作権法施行後に旧著作権法下に国が作成した著作物の権利帰属について争われた事件で、旧著作権法下にあっても現行著作権法第15条の要件に該当する場合は法人等が原始的に著作権を取得するものと解するのが相当である旨の判決(最高裁第二小法廷昭和59年3月9日判決、公訴審東京高裁昭和57年4月22日判決─判例時報1039号21頁:龍渓書舎事件)がある。
(注2)EC閣僚理事会指令(Council Directive)は、閣僚理事会がEEC条約に基づき定めるもので、そこで述べられる達成すべき結果について、各EC加盟国を拘束するが、その形式及び方法については、それぞれの国家機関に委ねられるものである。
「コンピュータ・プログラムの法的保護に関する指令」は、1988年6月EC委員会が提示した「ECグリーンペーパー:著作権と技術をめぐる諸問題」を基に検討が進められてきたもので、EC委員会、欧州議会での審議を経て、1990年5月14日に閣僚理事会で決定された。EC加盟国は1993年1月1日までに、この指令に反する法律、規則及び行政規則を改正し、その効力を発生させなければならないこととなっている。 この指令においては、プログラムの職務著作に関して以下のように規定されている。 |
(注6) 公表を予定されていない著作物については、「(公表名義の要件を満たさないと解することは)企業においてまさに企業防衛のために機密とされるということにより、かえって右開発作業に従事した従業員にこれについての著作権が付与されその内容を公表する権利を同人に認めることになるという、およそ企業の秘密の防衛に根本的に背馳する不合理、非常識な結論を招来する」として、公表は予定されていないが、仮に公表されるとすれば法人等の名義で公表されるものも含まれるとする判決(東京高裁昭和60年12月4日判決─判例時報1190号143頁、一審東京地裁昭和60年2月13日判決─判例時報1146号23頁:新潟鉄工事件(刑事))がある。 |
(注7)法人著作の場合は、法人等が著作者となるはずのところが契約等の定めにより従事する者が著作者となり得るのに対し、職務発明の場合は、使用者等は通常実施権のみ帰属するはずのところが契約等の定めにより特許権等の予約承継や専用実施権の予約設定を行うことができる。つまり、契約等の定めが、法人著作の場合は法人等の権利を縮小するのに対し、職務発明の場合は使用者等の権利が拡大するという全く逆の機能を果たすことになる。 |
(注8)なお、前述のEC閣僚理事会指令(注2を参照)第1条では、同指令における「コンピュータ・プログラム」にはプログラムの準備用仕様書(preparatory design material)を含むとしている。 |
(注9)競業禁止の契約については、「競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討することを要する」とする判決(奈良地裁昭和45年10月23日判決─判例時報624号78頁:フォセコ・ジャパン・リミテッド事件)がある。
なお、平成3年6月15日から「営業秘密の保護に係る不正競争防止法の一部を改正する法律(平成2年法律第66号)」が施行され、退職従業員が営業秘密を持ち出す行為に厳しい規制が掛かることとなった。
この法律は、営業秘密、すなわち、「秘密として管理されている技術上又は営業上の有用な情報で公然知られていないもの」を盗んだり、自分で使用したり他人にもらすような不正行為がなされている場合に、裁判所に対して、そのような不正行為の差止めを求める権利(差止請求権)等を新たに認めることなどをその内容としている。 |
(別紙)主要国の職務上の著作物に関する規定について
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1 法人等への著作権の原始的帰属を認めていない例 |
○ドイツ著作権法 |
第2条第2項 この法律の意味における著作物は、個人的精神的な創作物に限る。 |
2 法人等への著作権の原始的帰属を認めている例 |
○アメリカ著作権法 |
第101条 「職務上の著作物」とは、次のものをいう。 |