ことば談話室
(2014/07/03)
明治44(1911)年、オランダのオネスは、水銀を極低温まで冷やしていくと、あるところでカクンと電気抵抗がゼロになることを発見しました。電気を流せばいつまでたっても減らずに、ぐるぐる回り続けたりします。この不思議な現象は、スーパー・コンダクティビティーと名づけられました。ちなみに中国ではこれを「超導」と呼んでいて、超電導、超伝導の混在とは無縁です。
日本で電灯がともったのは明治時代です。以来、電気の時代と言えるかもしれません。電話、電車、電波。最近だと、電力ということばを見かけない日はありません。ぴたりと時代にはまったのは、超電導の方なのでしょう。
超伝導をそのままよみ解けば「すごく伝わります」となりますが、思わず「何が伝わるの?」と問い返したくなります。熱が伝わるのでしょうか? いいえ、熱ではありません。これらの疑問点にストレートにこたえているのが、超電導です。「すごく電気が伝わります」となり、意味するところが伝わりやすい。
ハイテクなイメージをもつ「電」の字をまとった超電導は、主に産業界で用いられ、日本工業規格(JIS)に採り入れられました。
古い新聞をめくると、学術用語を超伝導としている文部省(現文部科学省)へは、変更を期待する声が届いていたようです。しかし、同省は昭和63(1988)年、日本物理学会での協議の結果をふまえて、「学術用語は、従来通りの伝を使う」と公式に発表します。
超伝導支持派の意見はこうです。英語ではスーパー・コンダクティビティーであり、エレクトリック(電)の要素は入っていない。超伝導の訳語こそが正統である。
「各省庁において使用する専門用語は、文部省編集の学術用語集に記載されているものを基準として、これに統一するように努めること」。昭和29(1954)年、こんな事務次官の申し合わせがあったそうですが、産業界の支持を集めた超電導の勢いをそぐことにはならなかったようです。
もっとも、文部省につらなる大学や研究機関は、研究室名を超伝導にそろえたりしました。これによって、学術研究では超伝導、産業応用は超電導、というすみ分けがハッキリしたように見受けられます。
今年5月下旬、東京で低温工学・超電導学会が開かれました。平成のいま、現場ではどういうことになっているのか、超電導一筋46年、田中靖三事務局長に尋ねました。
「学会名は超電導ですね」
「産業界からの支援があり、また電気学会に合わせて電の字を基本にしています」
「基本ということは、厳密ではないのですか」
「大学の研究者からの論文など、超伝導のタイトルが散見されます。学会の講演概要集でも、バラバラです」
分厚い冊子をめくると、たしかにどちらもありました。
「文部科学省につらなる大学や国立研究所は、伝でないと受け付けてくれません。ただし、卒業をして企業に入るとみんな驚くわけです。習った教科書と違うと(笑)」
「企業は、電なのですか」
「JISの規格があります。また、国際規格も電です」
「国際規格……。表記はおそらく英語ですよね?」
「いえ。9カ国語で登録しています。日本語は、超電導です。また、伝の字で研究開発をしていても、製品化の時には電になります。仕様書に書かなくてはなりませんから」
「2語あって、混乱しませんか?」
「物性、サイエンスは伝。実用化、エンジニアリングは電。きちっと使い分けされており、混乱はありません。ただ、いっこうに決着はつきませんね……」
表記が2種類あるとわずらわしくはないのでしょうか。東京大学大学院工学系研究科の岸尾光二教授(超伝導材料学)は「これまで不都合を生じたことはまったくありません」。高エネルギー加速器研究機構広報室では「超伝導を使用しています。漢字変換のミスを指摘されたことはありますが、表記の揺れ自体はございません」。
それどころか、「用語を見ることで、どの分野の方であるのか見分けやすくなっていると思います」(国際超電導産業技術研究センター・IEC/TC90超電導委員会事務局)。メリットがあるという意見さえあり、これにはちょっと拍子抜けをしました。
さて、直訳通りの超伝導しかなければ、ここで取り上げることはありませんでした。2種類になったきっかけは、古い記述を探せば決着がつくかもしれません。田中事務局長を始め多くの関係者から、大正15(1926)年に発行された「理化学研究所彙報(いほう)」の名前を聞きました。理化学研究所から出ていた研究報告です。物理学者の長岡半太郎が講演会で「超電導」と言ったと記録にあるのですが、これはちょっとおかしいなということに気付きました。次回、この講演録を読み解きます。
=続きは7月10日公開の予定です
(菅井保宏)