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「麺の上に麻竹」でメンマ 名付け親逝く

2007年05月16日

 「メンマ」の名付け親とも言われる食品総合商社「丸松物産」(本社・東京都世田谷区)の会長、松村秋水(しゅうすい)さんが12日、心不全のため亡くなった。87歳だった。台湾生まれ。ラーメンの「脇役」として活躍するメンマを通して、「食に国境はない」と話していた。

写真中国の工場でメンマ作りを見守る松村秋水さん(右)=92年、丸松物産提供

 戦後間もなく、松村さんが横浜・中華街を視察したとき、ラーメンの上にメンマが載っているのを見かけた。台湾では、油でいためて食べるのが一般的だ。「こういう食べ方もあるのか」と感心したという。

 麻竹(まちく)の節を蒸したり、ゆでたりして乾燥させたのがメンマ。当時は、侮蔑(ぶべつ)的に使われていた「支那」から「シナチク」と呼ばれていた。シナチクがメンマに変わったいきさつには、複数の説がある。

 その一つが「麺(めん)の上に載せた麻竹だからメンマ」。中国語でも、英語でもない。松村さんが発案した「和製造語」だという。

 商標登録することも検討したが、似たような名前の整髪料があり、実現しなかった。しかし、その後、「メンマ」は独り立ちし、広く一般的な名称として使われるようになった。「結果として、登録できずによかった」と、松村さんは喜んでいたという。

 72年に国交が正常化した日中関係だが、歴史認識などを巡る両国間の溝は、いまも完全には埋まっていない。中国と台湾の関係も、いまだに解決していない。

 「各国の関係よりも先に、メンマは国々を行き来してきた。食に国境はないね」。松村さんは周囲に、こう話していたという。

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 通夜は17日午後6時、告別式は18日午前10時半から台東区上野公園14の5の寛永寺輪王殿で。喪主は長男の金榮(きんえい)さん。自宅は公表していない。

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