[理研ニュース 2009年5月号]
アブラムシは別の細菌から獲得した遺伝子で共生細菌を制御
2009年3月10日プレスリリース
理研基幹研究所の宮城島独立主幹研究ユニットと放送大学の研究グループは、農業害虫の代表「アブラムシ」が、かつて感染していた細菌から遺伝子を獲得し、その遺伝子を発現させて自身の生存に必須な「相利共生細菌」を維持・制御しているという証拠を、世界で初めて突き止めた。遺伝子が動物−細菌間の壁を飛び越えて機能し、さらに別の細菌との共生関係に利用されるという今回の発見は、生物がこれまでの常識を超えて柔軟であることを示している。この発見は、生物進化のメカニズムについて重要な示唆を与えるばかりでなく、生物間の相互作用を扱う基礎から応用にわたる幅広い研究分野に大きなインパクトをもたらすものとなった。この成果について中鉢(なかばち) 淳ユニット研究員に聞いた。
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中鉢:アブラムシは、栄養価の低い植物師管液だけを餌としながら、世界中の農作物に大きな被害を与えるほどの爆発的な繁殖力を示します。これを可能にしているのが細菌との共生関係です。アブラムシは、特殊な細胞「菌細胞」の中に相利共生細菌「ブフネラ」を収納し、師管液に不足している必須アミノ酸などの栄養分をつくらせ、補ってもらっています。実験的にブフネラを除くと、アブラムシは繁殖できなくなります。一方、ブフネラは、1億年以上にわたってアブラムシの体内だけで生活しており、この過程で多くの遺伝子を失っているため、もはや菌細胞の外では生存できなくなっています。つまり、アブラムシとブフネラは、お互いに単独では生存できず、両者を合わせて一つの生物のように振る舞っているのです。
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もう一つのrlpAは、タンパク質「レアリポプロテインA」をつくる遺伝子でした。この遺伝子もブフネラに存在しませんが、菌細胞で特異的に発現していることから、ブフネラの生存には欠かせないものだと考えられます。由来する細菌の系統を特定することはできませんでしたが、この遺伝子は細菌の遺伝子配列とアブラムシ本来の遺伝子配列が融合して形成されたものと推察できます。
二つの遺伝子やその転写産物の構造を解析した結果、いずれも原核生物である細菌の遺伝子由来にもかかわらず、真核生物に特徴的な構造をしていました。つまり、アブラムシのゲノムに取り込まれた後、真核生物型の遺伝子構造および転写産物構造を獲得したことが分かります。
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中鉢:今回、アブラムシがブフネラとは別の細菌から遺伝子を獲得したことが分かりましたが、“ブフネラは進化の過程で遺伝子をアブラムシのゲノムへ移すことはなかったのか?”という疑問が残りました。現在、私たちはエンドウヒゲナガアブラムシ(写真)の全ゲノム配列を解析中です。その結果から、この疑問は近々決着するでしょう。また、アブラムシには農業害虫種が多数いますが、いずれもブフネラなしでは繁殖できません。共生系をより深く理解し、これを標的とすれば、生態系に負荷のかからない安全な害虫防除法の開発にもつながるでしょう。■
- 英国のオンライン科学雑誌『BMC Biology』(3月10日)掲載
- 特別企画
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