治安機関エトセトラ

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 本当は「捜査機関」としたかったのですけれども、それだと対象外になる組織がいろいろ出て来てしまうので、分野が広過ぎるのは承知の上で「治安機関」としてみました。これだと、刑事訴訟法に規定されてる厳密な意味での捜査機関だけでなく、調査機関なども含められるでしょうから。

犯罪捜査!

 日本で犯罪を捜査検挙している人は誰ですか?という質問があったとしたら、一般的な答えは「警察官」になろうかと思います。これは確かにそうなんですが、警察官のほかにも、犯罪捜査権を持っている人は結構いらっしゃる。以下ではそういった人々に少し触れてみたいと思います。

 と書くと偉そうですが、そもそもは「警察はありきたりなんで、もうちょっとこうマニアックなヤツとか…」と思ってあれこれ軽く調べてみただけの事だったりします。そんな訳で、法学専攻の方がご覧になったら憤慨なさるような間違いも多々ある事でしょう。ましてや本職の皆様から見れば、そりゃもう……すみません、大目に見てやって下さい。

 さて、犯罪捜査の基本となる法律は刑訴こと刑事訴訟法。例えば令状だとか証拠品だとか被疑者の取調べだとかについての事項は、この法律に一通り網羅してあります。同じように、「犯罪を捜査できる人々は誰なのか」についても、この法律で指定してあります。

 刑訴で規定されいている犯罪捜査機関は、「検察官及び検察官の指揮を受けた検察事務官」と「司法警察職員」です。この司法警察職員が、さらに「一般司法警察職員」と「特別司法警察職員」とに分かれます。

 検察官、とはいわゆる検事。しかし検察官が表立って捜査する犯罪とは、例えば脱税であり例えば汚職であり、頭は要るけどガタイはあんまり要らなさそうな(気がする)事件です。フィクションの世界であれば、「黒豹シリーズ」の特命武装検事やら「緋弾のアリア」シリーズの武装検事やら、銃撃戦どんと来いのこわもて検事もいるわけですが、あくまでフィクション。調べてみても趣味柄あまり燃えなさそうですので、検察官についてはここではパスします。(失礼!)

 やれ爆弾だ発砲だ人質だ突入だ凶悪犯罪だ!といって出て来るのは、やはり司法警察職員の皆様です。

 司法警察職員には、一般司法警察職員と特別司法警察職員の2種類があります。一般司法警察職員とは警察官を指します。警察については別なところで取り上げることとし、ここでは扱いません。ここで見ていくのは、特別司法警察職員についてです。

 特別司法警察職員、と聞くと一瞬、「特別というからには、何か格別強い権限を持っているのか!?」といらぬ期待をしてしまうのですが、さにあらず。権限自体は警察官とあまり変わりません。特別司法警察職員と警察官の違いは、警察官=一般司法警察職員が「あらゆる犯罪」をその捜査対象としているのに対し、特別司法警察職員は一定の「特別な犯罪」についてのみ捜査する権限を持っている、というところ。一般と違うから「特別」。この場合の特別とは「一般でない」「特殊なケース」という意味ではあっても「一段上」な意味ではないのでした。さすが法律、日本語を原義できっちりお使いになられる。

 モノの本によると、この特別司法警察職員が設けられている理由は、

「特定の行政庁の職員等は、特定の犯罪については警察官よりもそれを発見する機会が多く、かつその職員が有する職務上の特殊な知識経験を活用した方が捜査の実効を期しうる場合が多いので、とくに司法警察職員とされているのである。」

ということだそうです。

 もっとも、特別司法警察職員がいるからといってその分野における警察官の捜査権が消滅した訳ではなく、警察官も当該分野の犯罪捜査を行って一向に差し支え無し。特別司法警察職員の捜査権は決して排他的なものではなく、あらゆる犯罪をその捜査対象とする一般司法警察職員の権限も、ちゃんと生きているからです。

 ではその特別司法警察職員、一体どんな人がいるのか。

  1. 海上保安官等
  2. 麻薬取締官等
  3. 皇宮護衛官
  4. 労働基準監督官
  5. 鉱務監督官
  6. 船員労務官
  7. 刑務官
  8. 漁業監督官等
  9. 自衛隊警務官等
  10. 森林管理局員
  11. 鳥獣保護・狩猟事務担当都道府県庁職員
  12. 公有林野事務担当北海道庁職員
  13. 船長等

皆さんで占めて13種類! たいそう数があるものです。またこれに加えて、司法警察職員扱いではないですが、限定的ながら犯罪捜査権を持っていて司法警察職員に準ずるものとして

  1. 国税庁監察官等

また同じく司法警察職員ではないものの、検察との関係上捜査に従事するものとして

  1. 検察事務官

がいらっしゃいますから、これも合わせると全部で15種類になりますか。こうして見ると、日本の犯罪捜査網は実は意外に複雑な構造になっていると言えそうです。

 ちなみに、橋本龍太郎政権時代に総理官邸Web Pageに載せてあった行政改革関連資料では、特別司法警察職員の業績を評して「全検挙数の数%」みたいな事が書いてありました。検察事務官は司法警察職員ではないので別としても、いずれも警察に比べてはるかに規模が小さいですから……仕方ない。でも、仕事してないわけでは決してない!

強制調査する人々

 法律により強制調査権を与えられた人々です。刑訴法上の犯罪捜査権とは別物なんですけど、ちょっと見には同じものに見えてしまう。専門家が言うには

「捜査は公訴提起を前提とした司法手続きであるが、調査はそうではない。公訴提起を前提としない行政手続きである。」

ということだそうです。とりあえず列挙してみると次の通り。

  1. 入国警備官
  2. 税関職員
  3. 国税査察官
  4. 間接国税取締担当国税庁事務官
  5. 地方税事務担当自治体職員
  6. 証券取引等監視委員会証券取引特別調査官
  7. 児童相談所職員

 最初この分野に触れたときは、刑訴法239条2項に

「官吏または公吏は、その職務を行なうことにより犯罪があると思料するときは、告発しなければならない。」

とあるから、結果は同じなるんじゃないの?と思っていました。しかし、例えば退去強制(入管)であり、例えば税法上の通告処分(税関・国税・地方税)であり、例えば児童の身柄の保護(児相)であり、基本的には、特定の行政目的達成のため強制調査や強制処分をするものであって、犯罪の捜査が目的なわけではないのでした。とはいえ、場合により告発に至るのは上記各項でも触れたところですし、ましてや、行政機関による行政手続だから「裁判沙汰にならんよう手心加える余地がありますぜ旦那」というような事でもない……ですよね。;-)

災害ゼロを目指して

 治安……というと語弊があるのですけどとりあえず。何か事故や災害が起こった時に、原因調査のためにやって来る人々です。

 原因調査は、将来の災害防止のために行うものであって、犯罪を摘発したり刑罰を課するために行うためのものではありません。だから、治安機関と一くくりにしてしまうのはちょっと問題あり。しかるにこの人々は、調査活動を行うに当たり、限定的にではありますが、強制力を行使することができます。またこの原因調査は、特に放火・失火や業務上過失といった刑法犯の疑いがある場合、平行して行われる捜査活動やその後の裁判とも無関係ではなさそうであり、登場してもらう事にしました。

  1. 原因調査担当消防官
  2. 海難審判庁審判官
  3. 航空・鉄道事故調査委員会事故調査官

払うもん払ってもらおう

 これまた、治安……というと語弊があるのですけど。国や自治体などに対して何かしら納められるべき金があり、それが滞納された時に、取り立てに来る人々です。

 公金の取り立ては、正当な取り分を確保するために行うものであって、犯罪を摘発したり刑罰を課するために行うものではありません。従って治安機関などとはまるで性格の異なるものです。ここに出すのは、ある意味おかど違いも甚だしい……。しかし、取り立てに際しては強制力を行使する事ができ、また逃げ得を許さないという点においては一種治安維持的な効果もあります。という事で以下、幾つか挙げてみます。

  1. 国税職員
  2. 地方税事務担当自治体職員
  3. 保険料等徴収担当社会保険庁事務官
  4. 保険料等徴収担当自治体職員
  5. 保険料等徴収担当都道府県労働局員
  6. 保険料・共済掛金等徴収担当法人職員
  7. アルコール事業担当経済産業省事務官
  8. まだまだ続きます。

その他とおまけ

 上記の他に広い意味での治安維持に当たってる人をちょちょっと挙げてみましょうか。

  1. 衛視
  2. 警備担当裁判所事務官
  3. 機長等
  4. 公正取引委員会審査官
  5. 執行官
  6. 鑑別所観護教官
  7. 児童自立支援施設職員
  8. 少年院法務教官
  9. 婦人補導院法務教官
  10. 水難救護時の市町村長
  11. 裁判所書記官等

 こんなところでしょうか。…もっとも実際のところ、間接強制にもとづく調査権というのは、ここで出したもののほか、検査・監督に用いられるものまで含めて相当あちこちの機関が持っているものです。でも挙げ始めるときりがなくなるので、この辺りにとどめます。

 おまけ。明らかに治安維持機能をしょってるんだけど煙たがられてる皆様。;-)

  1. 公安調査官
  2. 自衛官
  3. 自衛隊情報保全隊員

 笑ってくれ。

 おまけその2。民間治安機関…というと語弊がありましょうか。警察の仕事と似たような事をやっている民間人の皆様です。強制力もなにもないんですけど、民間団体でありながら治安に積極的にかかわるという特異性から、含めてみました。

  1. 警備員
  2. 探偵

 がんばってね。

 おまけその3。廃止されてしまった、今はなき治安機関です。戦前からのものは結構あるのですが、ここでは戦後に発足し、現在に至るまでの間になくなってしまったものを取り上げます。今となっては歴史の世界の話。

  1. 経済監視官等
  2. 経済調査官
  3. 専売公社監視員
  4. 鉄道公安職員
  5. 国鉄役員等
  6. 郵政監察官等

 どうもお疲れ様でした。

 おまけその4。今考えてる、追加・変更予定の項目です。

  1. 保護観察官……執行猶予者や仮出獄者を管理する役目の人です。
  2. 公正取引委員会指定職員……平成17年の独禁法改正で、公取は強制調査権を持ちました。その強制調査権を行使するのが、公取の指定を受けた「委員会職員」と呼ばれる職員です。
  3. 運輸安全委員会調査官……平成20年の法改正で、海難審判庁と航空・鉄道事故調査委員会が合わさって発足しました。権限は相変わらずの間接強制止まりですが、一応。
  4. 刑務官…監獄法から新法に変わりましたので、その辺りを整理したいなと。

 あまり期待せず待っといて下さい。

 
主要参照文献;
『青林法学双書 刑事訴訟法』 編;渥美東洋 刊;青林書院 1996

Special Thanks to:CHEETAHさん、RMさん、まことさん、森 万象さん、やべさん、ギンガさん、Julietさん、よっし〜さん、まさやんさん、richard sorgeさん、たかちゃんさん、物体Xさん、おたさん、ひぐらしさん、いすあらしさん、IIMMIGRATIONさん、その他お名前を出せない大勢の皆さん。


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