芸能人にプライバシーは存在しない?
裁判例3 東京地方裁判所平成10年11月30日判決(判タ 995号290頁)
ジャニーズアイドルの自宅・実家の住所を記載した本を出版
この裁判例は,ジャニーズ事務所に所属する「SMAP」,「TOKIO」などの人気グループのメンバー計18名が,自宅や実家の住所,建物の写真等が掲載された書籍(「ジャニーズおっかけマップ・スペシャル」)の出版によって,「みだりに自己の自宅や実家の所在地に関する情報を公開されないという人格的利益(いわゆるプライバシーの権利)」が侵害されたとして,出版社に対し書籍の出版差止めを求めた,というものです(結論は,差止めを認めるというものでした)。
ちなみにこの出版社は,上記書籍の出版以前にも,SMAPを始めとするジャニーズ事務所所属芸能人の情報を掲載した書籍を多数出版していました。少し例を挙げるだけでも,
・「SMAP大研究」
・「SMAP見つけた! 誰も知らないスーパーアイドルの素顔」
・「めっちゃKinkiKids」
・「KinkiKidsまるごと百科」
・「V6でキメ!(上)」
などとなっています。
裁判所は,前にみた「宴のあと」事件で裁判所が示した「公表されたある事項が法的保護の対象となる「他人に知られたくない私的事項」と認められるためには,その事項が,①私生活上の事柄であること,②一般人の感性を基準にして,公開を欲しないであろうと認められる事柄であること,③一般の人々に未だ知られていない事柄であることを要する」という基準をひき,自宅等の所在地情報については,「一般に,個人の自宅等の住居の所在地に関する情報をみだりに公表されない利益は,プライバシーの利益として法的に保護されるべき利益というべき」として,プライバシーにあたることを認めました。
その上で,「右のような情報(筆者註:個人の自宅等の住居の所在地に関する情報)を正当な理由もないのに一般に公表する行為は,プライバシーの利益を侵害する違法な行為というべき」として,自宅等の住所について公表することはプライバシー侵害にあたる,としました。
芸能人なら,ある程度のプライバシーが晒されるのはしょうがない?
ここで,「芸能人なんだから,ある程度プライバシーが晒されてしまうのはしょうがないんじゃないの?」という考え方もあるかもしれません。
実際,この裁判でも出版社側は以下のような主張をして,書籍に自宅等の所在地情報を掲載することはプライバシー侵害にあたらないと反論しました。
・「芸能人として著名人と目される者については,同人らの有する社会的名声や地位及び芸能活動等のために,その周囲からの注目を浴び,社会的関心の的とされることは回避し難いところであり,一般の通常人の場合とは比較し得ないほどまでに,私生活上の事実のみならず,時にはその全貌さえも公開されることを甘受せざるを得ない立場にある」
・「大衆のアイドルを目指し,かつ,アイドルであり続けようとして社会的活動を継続する「著名人」は,自らが「著名人」という社会的地位を希求して,それを獲得したものであるのだから,自らの私生活上の事柄に関する記事の公表については,つとにこれに同意したものと推定される」
「全貌さえも公開されることを甘受せざるを得ない」とは,ずいぶん思い切った主張ですが…。
このような出版社側の主張に対し,裁判所は「芸能人にとっても自宅等の住居が極めて私事性の高い空間であることは一般の人の場合と変わりがないのであって,芸能人の場合であってもやはり自宅等の住居の所在地についての情報がみだりに公表されない利益については,法的保護の対象となるものと解すべき」として,出版社の主張を認めませんでした。
芸能人であるからといってプライバシーがない(放棄した)などということはいえず,裁判所の判断が妥当といえますね。
最近では,ツイッターやフェイスブックなどで個人が簡単に情報を発信することができるようになっていますが,街角で芸能人を見かけたからといって,不用意 に写真を撮影してアップしたりしないよう,気をつけましょう(場合によっては,プライバシーの問題以外に,肖像権やパブリシティ権などの問題もでてきます)。