「富山の新聞事情」  2012. 2.19 掲載


この項目には、当方の個人的な研究に基づく、推測・判断も多く含まれています。誤りはご容赦ください。
また、知らないうちに状況の変化もあるかと思います。
なお、ここに書かれることを元に関係新聞社への問い合わせは、ご遠慮ください。(笑)


◎各紙の版建て

印刷と密接に関係しているのが版建てです。各紙を順番に見ていきます。地方紙からです。

北日本新聞は、基本は1版のみ(なお1版という表示はなく、無表示です。)です。ただし、深夜に緊急ニュースが飛び込めば、2版、3版が出ます。(まれに4版も出るらしいですが、高岡市内では、お目に掛かったことがありません。遅くなりすぎて、高岡での配達は難しいのでしょう。なお、夕刊では、高岡で4版を見たことがあります。←高校野球の速報でした。)


1988年7月30日付の高校野球決勝を伝える夕刊

 


一面左上を拡大しました。

北日本新聞の4版は、めったに、お目にかかれません。
選挙時は、1版から印刷が遅いので、最終はやはり3版だと思います。

朝刊の締め切り時刻は、掲載内容から見て、1版は0時ごろ、2版は午前1時ごろ、3版の場合で午前2時ごろのようです。はっきりしませんが、2版、3版と順番に出るのではなく、午前1時ごろに締め切れば2版、それ以降であれば3版というように、締めた時刻で区切っている印象です。(← 午前1時半にニュースが飛び込めば、2版がなくても3版を出すと云う意味です。)

富山県の形は、長方形の中ほどを押しつぶしたような形(糸巻き型と云う人もいます。)をしており、また富山市がその中央にあります。県の面積も大きくはないので、富山市からどの方向へも、主要道路を2時間も走れば県境まで行くことができます。また、南東側1/3は、山岳地帯で人はほとんど住んでいません。
そのため、地域を区切った版建ては不要で、深夜に緊急ニュースが発生すれば、その都度対応するというやり方が都合よいのでしょう。毎晩、まず遠隔地向けに一度輪転機を動かし、必要部数を刷った後一旦止めて、緊急ニュースに備えていると想像します。(輪転機が2セットありますので、今は締め時刻がほぼ同じ読売新聞13版と1回目は同時に走らせて、2回目を単独で刷っているのかもしれません。)
一旦止めた輪転機は、もし緊急ニュースが飛び込めばフィルムを差し替えて印刷し、無ければそのまま再起動なのでしょう。

ところで、輪転機が2セットあると書きましたが、新聞の隅にAとBの記号があり、これが機械を区別する記号ではないかと思っています。高岡ではどちらの記号も配達があります。←1版だからA、2版だからBという訳でもないようです。
また、読売新聞にも似たような記号が付いており、こちらは通常Bです。←読売新聞のセット版と統合版で記号に違いがあるかを未確認でした。一度、同日に買う必要がありますね。日曜版にはAが付いているのを見たことがあります。)
なお、これが機械記号であるということ、北日本のBと読売のBが同じという確証はありませんし、読売の記号がどの段階 <読売の編集段階なのか、北日本の印刷工場なのか> で付けられているかも分かりません。)


北日本新聞の印刷所記号

読売新聞北陸版の印刷所記号

地元新聞なもので説明が長くなりました。次へ行きます。


富山新聞は10版です。締め切り時刻は、午後11時ごろと推定します。締め切り時刻が、ほぼ同じの北國新聞能登版と内容が近いです。(一面、社会面などは、富山向けになっていますが、地域に関係のないページは北國新聞と同じです。)
富山新聞の面白いところは、自社のことを富山新聞は「富山新聞」と、北國新聞は「北國新聞」と、同一記事であっても、必ず読み替えてあります。これは徹底しています。(富山新聞では、北國新聞社とは書きません。北國新聞社に対応する言葉として、企業名では存在しない「富山新聞社」と表示します。題字下の発行所名も富山新聞社になっています。また、北國新聞社と表記しなければならない場合は、富山新聞金沢本社になります。なお、金沢から見た富山新聞社は「北國新聞富山本社」です。)よく分かりませんが、何か相当「こだわり」があるようです。
唯一、富山新聞に「北國新聞社」の表示があるのは、題字下発行所欄の著作権表示です。


これが、唯一の『北國新聞社』の文字です。


広告にある「富山新聞金沢本社」の表示


北陸中日新聞は10版です。締め切り時刻は、こちらも午後11時ごろと推定します。石川県と富山県をエリアに持つ同紙の中で、一番早い版です。(ちなみに、11版は加賀版と能登版、12版の最終版は金沢都市圏版です。最近の子供向けのページにも、このことが載っていました。)なお、昨年のNZ地震の報道に際しては、富山の学生の被害が大きかったためか、締め切り時刻を延ばし、しばらくの間「11版A富山」という、特別版で対応していました。←実質、最終版ではないかと思います。
なぜ、能登版より締め切りの早い版しか配達されないのか、長年の疑問ですが、NZ地震での対応を見ると、やればできるのに、と思いました。

これが、その時の表示です。

たまたま、朝日新聞からの受託印刷が始まる直前の時期でしたので、輪転機に余裕があったのかもしれません。いずれにせよ、需要(購読者数)の影響が大きいとは思います。能登地区よりも、県内部数が少ないのか・・・。


次に全国紙を見ます。

読売新聞は13版で富山市と高岡市の市街地はセット版地域(夕刊は3版)です。同じ市内でも周辺部は統合版地域です。(北日本新聞社への委託前後で変化はありません。)なお、富山では、セット版地域でも統合版の配達をしてもらえます。これは、当地では元々、夕刊を取る習慣がなく、セット版にこだわると売れないと判断しての対応と思います。
記憶が定かではありませんが、同じ13版にセット版と統合版の2種類を発行するようになったのは、20年ぐらい前からだと思います。それ以前も、朝刊のみを取ることは可能でしたが、記事の連続性はなかったと思います。(紙面の片隅に「夕刊ダイジェスト」とかいうコーナーがあり、夕刊を取っていない家庭向けに記事を補足していたような記憶があります。)
なお、どこのコンビニにも統合版しか置いてありません。夕刊は、まれに置いてある店舗があります。(←以前、このようなコンビニが近所にあったのですが、残念ながら閉店になってしまいました。)北日本新聞が夕刊を発行していた時は、ほとんどのコンビニに北日本新聞夕刊がありました。
でも、JR駅売店に行けば、セット版の朝刊及び夕刊が買えます。(コンビニとは流通ルートが違うようです。逆に駅売店には、統合版はありません。)午前に大きなニュースが発生した場合、重宝します。

ずっと以前は、郡部は12版だったようですが、道路事情がよくなり、今は全県的に13版です。なお、冬季(積雪期)は、輸送に余裕を見て、郡部は12版らしいです。←未確認です。
また、降雪・凍結が予想される日のみ版の繰り上げをしている可能性もあります。(30年ぐらい前は、富山市・高岡市の市街地でも冬季は12版でした。年末になると、突然12版になり、それが春まで続くため、がっかりしたものです。←当然のことながら、対応する夕刊も2版になります。)

1980年2月の夕刊です。

逆に、深夜に緊急ニュースが飛び込んできた場合、以前は「14版」が頻繁に発行されていましたが、記事の繋がりがおかしくなるためか、労務的なことかよく分かりませんが、最近は「13版●」でしか対応していません。(実際、2001年10月の「米軍によるタリバン攻撃」で14版対応した時に、1面連載記事の当日分が抜けたことがありました。←当日の13版には掲載、しかし当地には配達されず、配達された14版は緊急対応で掲載休止。翌日13版に戻るも、一回休止せずに次回分が掲載です。)しかも、翌日付配達前に気付かず1日置いて、紙面を別の用紙に印刷したものがチラシに混ざって配達されました。


お詫びの文言と抜けた回が掲載された用紙

この後から北陸版では14版を見たことがありません。(なお、国政選挙時は、15〜17版が出ます。)
社内機構が大きく変わった時期と重なりますので、断言できませんが、この件も14版を出さなくなった理由の一つと思います。
ところで当方は、当日の14版配達を見て、それでは13版はどうなっているのかと思い、郡部まで出掛けて買ってきました。郡部では13版●が出ていて、突っ込みで小さく、まだ未確認な様子の記事が載っていました。(例の連載記事も掲載)
見比べるまでもなく、まったく扱いが違いますので14版対応は当然だと思いました。ただ、後のフォローが拙かった。


2001年10月8日付朝刊、左が14版、右が13版●です。別の日の新聞かと思うくらい違います。

 


13版●を拡大しました。記事を突っ込んであります。
また、14版では休載の『世界の危機 日本の責任3』の連載記事があります。

版建ての話から、紙面の内容の話になってしまいました。

次に行きます。


朝日新聞は、金沢で印刷するようになった昨年4月からは、1面は13版▲、中面は10版です。(大きな出来事があれば、社会面も13版▲の時がありますし、意味合いが分かりませんが10版※というもの見たことがあります。)東京版時代には、高校野球の地方大会決勝翌日には、一面の一部を県版(写真と短い記事)に差し替える場合がありました。←最近は見かけません。また、昨年9月の豪雨災害の時には、一面の版の横に「富・石」とありましたので、和歌山方面とは別紙面だったと想像します。

2011年9月5日付の版建て表示

ところで、なぜ、一面とそれ以外の面の版建てを違えているのか、理由がよく分かりません。データ電送の関係なのでしょうか。(以前、北日本新聞工場で見た印象では、全紙面のデータ伝送・機械セットに30分以上かかっているようでした。でも社会面まで10版は、いただけません。左社会面と一面は同じ用紙の裏表で、同時印刷ですし・・・。)
読売新聞でも、一面が13版で中が12版というのを見たことがありますので、うわべだけ遅版を装っているようで、よい気持ちではないですね。
また、以前鹿児島市内で見た南日本新聞への委託印刷の朝日新聞は、全面10版でした。この時は、委託する意味があるのか疑問を感じました。
実はこの時、すでに富山版は北陸中日新聞への委託印刷が決まっていた後で、これを見て富山も10版かなと恐れていました。 が、予測は外れて、ようやく遅版地域の仲間入り(一面だけですが・・・)ができました。←当方のいう「遅版地域」とは、最終版とその1つ前の版が配達される地域のことです。(南日本新聞社の場合、日経も印刷しているので、条件が違うのでしょう。では、新潟日報社の場合、さらに多くの印刷を手がけているのでどうなんでしょう。新潟県内各紙の版建て調査が必要ですね。)

ところで、昨年3月までの東京版の時は富山版は12版▲でした。夏場はスポーツ面だけ、プロ野球の結果を載せるために、「特別版」という名称のページになっていました。この面だけは、掲載内容から午後10時半ごろの締め切りと思われます。(一面・社会面より30分ぐらい遅いのか?)
このように早版地帯は、できるだけ最新の情報を載せようと臨機応変というか努力されており、完成品の最終版に比べ、いろいろなバリエーションがあり、面白いです。
ここでは、その努力を見てみたいと思います。


これがスポーツ面の「特別版」表示です。


「特別版●」の差し替え版もあります。

鉄道便の時代は、販売店へ直接ファックス送信された記事をコピーした「ナイター号外」が折り込まれ、試合結果を知らせていました。

これが「ナイター号外」です。(各紙の新潟版ナイター号外がありましたので載せておきます。)

各紙の「ナイター号外」。駅売りの新聞にも折り込まれていました。

 


こちらは、当日本紙のスポーツ面の記載内容です。(読売新聞新潟7版)
6時半ごろの締め切りなんでしょうか。各試合1回ぐらいです。

これらの試合結果は。どうだったのでしょうか。折り込まれていたナイター号外を見てみましょう。


読売新聞のナイター号外です。

セリーグの結果です。

遅版地域の人にとっては、不思議でしょうが、30年以上前は、このようにしてプロ野球の試合結果を報じていました。

 

また、国政選挙の特別体制では、午前0時半(?)までの開票状況が載っていました。←版は13版でした。愛知県の北名古屋市の工場からの輸送では仕方ありませんね。
通常時の市町村選挙では、締め切り時刻が午後10時ごろの本紙には結果が載らないので、地元印刷会社で印刷された「選挙号外」を折り込み、速報していました。これは、ファックスやコピーではなく、上質紙に印刷されており、お金がかかっていると思われます。
ナイター号外は20年以上見たことがありませんが、選挙号外も遅版地域になると、もう見られないのですね。ちょっと寂しい感じがします。

 
005年と2009年の高岡市議選を伝える選挙号外です。当方、高岡市の住人ですが、県内他市町村の選挙号外も、もちろん折り込まれます。
確定票が載っていますので、午前0時を過ぎての印刷と思われます。

なお、読売新聞北陸版の選挙特別報道は、午前3時過ぎまで掲載の17版が県内最終のようです。←ほぼ全選挙区確定です。(読売東京版の最終は20版と思われます。)
両社は、それぞれ委託印刷に切り替えていますので、次回国政選挙での紙面対応が、早くも気になります。当地高岡は、富山市と金沢市の中間にありますので、距離的条件はほぼ同じと思います。昨年の統一地方選挙は、両社とも委託印刷後でしたが、最近の統一地方選挙は選挙そのものが少ないのでよく分かりませんでした。

さて、当方としては、朝日新聞も東京版が読みたいのですが、1989年の管轄変更前の紙面に比べ、大阪版は泥臭さが無くなったというか、東京版とあまり変わらないという印象で、「まあいいか」という感じです・・・。(編集の多くが東京へ移ったのかもしれません。社会面も以前は関西の記事ばかりだった印象ですが、今はそうでもありません。文字が大きくなった分、記事が削られているのかもしれませんが・・・。)

時間を逆のぼり、1989年9月の東京版に変わった時のことです。富山への版は、仙台で印刷する12版▲と同じだったらしく、秋田や山形など東北地方向けの広告(例えば、新車広告では、系列販売店名を東北の全店舗の後、最後にポツンと富山の店舗を掲載←関東や新潟の店舗掲載は無し。逆に東北地方の人も富山の店舗名が出ていて、びっくりされたのではないでしょうか。)が多く掲載され、違和感いっぱいの紙面でした。(ただ、版の違いか、宮城県向けの広告は見なかったような気がします。)富山版の地域面にも東北の地元企業が載っていました。これは、富山向けを意図したものではなかったと思います。そのほか、NTTやJRは昨年まで東日本の広告でした。←富山はどちらも西日本エリア。(読売新聞北陸版では、NTTやJRの東日本広告は見ませんので、長年のノウハウがあるようです。)

なぜ東北版を使ったのか、少なくとも新潟・長野版を使えばよかったのに・・・、"何か特別の事情があったのか"、と思って調べてみると、日刊スポーツ藤岡工場の稼動が1990年5月ですので、その当時、信越向け12版▲は存在していなかったようです。"そうだったんだ。"と、長年の疑問が解けたような気がします。(東京で印刷する北関東向けはセット版の12版なので、これも使えず、統合版12版(12版▲)を印刷する仙台工場への紙面データを名古屋へも送っていた、と云うことでしょう。)
なお、この東北っぽい紙面は、しばらくして解消しました。その理由も、藤岡工場の稼働でしょうか。

ここで、ふと疑問を感じました。北関東に工場がなかったとすると、新潟・長野は、まだ10版(?)地域だったということになります。短い期間ながら、東京から遠い富山の方が遅い版だったとは知りませんでした。事実かどうか要確認ですね。←というわけで再度、新聞をチェックしたところ、1985年の朝日新聞長野版は9版でした。また、同時期の読売新聞新潟版は7版でした。時期が数年ずれていますが、当時はまだ鉄道便の時代だったのようです。

1985年の朝日新聞・長野版

東京本社と大阪本社の版建てが少し違うようなので、同一視できませんが、富山版は、大阪版時代の1980年代後半は8版から10版のようでした。今回、古い新聞を見ていくと大阪版で、7版、8版、9版、10版がありました。列車からトラック輸送に切り替わる頃のものでしょう。(冬季は1版繰り上がるようです。また9版は福井版でありました。富山版の9版は見当たりませんでした。)


1980年12月のもの

1988年2月のもの
 

1981年3月のもの

1986年5月のもの

当時の北陸向け朝日新聞大阪本社版、各種です。(富山版とは限りません。)

ここまでは、朝日新聞でした。


日経新聞は、残念ながら古いものの保存がなく、現在のことしか分かりませんが、金沢で印刷されている統合版(日経では、全日版と云うようです。)です。
配達されているのは、富山市と高岡市の市街地は14版、その周辺部は13版、旧郡部は12版です。富山市と高岡市の間に位置する射水市は、旧郡部ですので12版です、これはいかがなものかと思います。また、冬季間は道路事情を考え、積雪や凍結が予想される日は、それぞれ1版ずつ繰り上がります。(期間を区切ってではなく日によって繰り上がります。記事がうまくつながるのかは不明ですが、このような運用です。)


毎日新聞、産経新聞については、購入できる場所が限られており、版はハッキリしませんが、今年の元日付けは、毎日が12版A、産経が13版でした。両方とも、一番早い版だと思います。


続いて、スポーツ紙についてです。
中日スポーツは、富山では4版です。(名古屋最終は5版らしいです。)また、テレビ欄は、以前は富山と石川は別々の編集でしたが、数年前から両県まとめての掲載になっています。
スポーツ報知は7版です。(冬季は6版?。つい先日、6版●というのを見ました。なぜ7版ではないのか、委託先の北日本新聞との絡みでしょうか?)読売工場の時は、プロ野球の結果次第では8版も出ていましたが、委託になってからは不明です。
報知新聞が高岡で印刷を始める時(1996年11月)に「首都圏と同じ紙面をお届けします」といっていました。確かに東京版には変わりましたが、締め切りが遅い版という印象は当初からありませんでした。(遅版といえるのは、8版からでしょう。)
 
高岡印刷開始を知らせるチラシ         切り替え前日の社告

 

 
切り替え当日の社告      切り替え当日の題字

また、報知には、地元スポーツ面があります。また、富山・石川関係で大きな話題があれば、一面に来ることもあります。その場合、本来の東京版一面は、そのまま中面に移動していて、一面が2つあり面白いです。(題字や広告も、それぞれ同じ場所にあります。)
昨年ごろ(もっと前のBSが増えた頃からか?)テレビ欄に変化があり、地元局が今まで普通サイズだったものがハーフサイズになり、その分BSなどが多く載るようになりました。

日刊スポーツは、以前は「11版名」でした。(「名」は、名古屋印刷のことと思います。)版建てが変わったのか、最近は「6版名」のようです。どちらも一番早い版と思われます。テレビ欄は名古屋地区と共用で、名古屋各局が普通サイズで載り、富山各局はハーフサイズです。東海地区でのテレビ欄も同じなのか不明ですが、名古屋と富山の番組表が同じ面にあるのはかなりの違和感です。
また、少し前には、地域面があったと思いますが、最近は見かけなくなりました。(テレビ欄が、BSを掲載するようになってから、見開きになりましたので、その関係かもしれません。←注意していなかったので経緯が不明ですし、本当に地域面がなくなったのかも分かりません。)
それとニッカン独自の特徴として、本紙と競馬予想の紙面が2つに分かれているセクション折りになっています。


日刊スポーツのセクション折りの例

 

スポーツニッポンは10版です。スポニチの特徴は、他紙にはない風俗面があることでしょうか。また、テレビ欄は、北陸版ですが、普通サイズは、福井・石川のみで富山の局はハーフサイズです。このことから、富山では、二県に比べ売れていないのかなと思いました。(地元で報知を印刷していますし、大阪から一番遠いですし・・・。)

サンケイスポーツは、つい先日買ったら11版でした。

という訳で、富山へ配られるスポーツ紙は、どれも午後10時ごろが締め切りの版と思われます。(各紙そろって、プロ野球の終了時刻に合わせてあるのかな、と思うくらいです。また試合が長引くと、結果はさらに翌日回しになる早版地域です。)

ひとつ書き忘れましたが、北日本新聞はデイリースポーツと芸能記事で特約を結んでおり、中のテレビ面に毎日1〜2本載せています。(このことから、デイリースポーツは富山県は販売圏外という印象をもっています。)


北日本新聞に掲載のデイリースポーツ特約記事

ところで最近は、小さな文字を追うのが少し辛くなってきたため、スポーツ紙をあまり買わなくなっしまい、紙面の様子が分からなくなっています。先日久しぶりに買ったら、BSが増えたからか、各紙ともテレビ欄が以前とかなり異なっていました。(買うとしたら10円安い日刊スポーツが多いです。100円の中日スポーツは、値段相応で内容も薄いのであまり買いません。)

入荷部数が違うので単純な比較はできませんが、コンビニのスタンドを見ていると、日刊スポーツの売り切れがよくあり、当方と同じ考えの人が多いのでしょうか。また当方には、分からない世界ですが、別刷りの競馬予想が詳しいという話もあります。←主に土日のことです。
報知の名誉のために付け加えておきますが、コンビニへの入荷は、日刊は5部程度、報知は地元紙並みの量です。(どの店も売れ残るのが分かっていて置いているようです。)


夕刊についても、書いておきます。

富山県で販売されている新聞のうち、夕刊を発行しているのは、現在は読売新聞のみです。(北陸中日と北國は、一部の駅売店で早版が買えるようです。)
先にも書きましたが富山では、基本的に夕刊を取る習慣はありません。2年前まで、北日本新聞は夕刊を出していましたが、まるで別建ての新聞でした。翌日朝刊では、夕刊で報道済みにもかかわらずに第一報からの書き出しです。大きな出来事では、夕刊以上に大きな見出しのことがありました。
欄外の定価表示は朝夕刊別に月極め料金を出していましたので、別建て扱いだったと思われます。また、山間地で夕刊を配達していたかも不明です。

北日本新聞では、休刊の数年前に夕刊購読キャンペーンをかなり大々的に行っていましたが、効果が無かったのでしょう。

一方、今も北陸地区で夕刊を出し続けている読売新聞は、10年ほど前までは、テレビ欄のある最終面の半分に地域のニュースを載せ、地元紙かと思うような高いサービスを見せていましたが、今は広告で埋まっています。(全国紙で最終面に地域ニュースを載せているのを、ほかでは見たことがないので、かなり特別なことと思われます。)今は、もはや意地になって発行しているとしか思えません。

かつての読売新聞北陸版夕刊の最終面です。

1978年のものです。
この時は、最終面にテレビ欄がなく、地域版(富山石川両県版)のみです。


テレビ欄は、中面に芸能記事とともにありました。

 


1980年の最終面です。


1991年の最終面です。富山単独になっています。


1991年の最終面です。この頃が一番地域面に力を入れていたように見えます。


2010年の最終面です。テレビ欄だけになりました。
広告は地元の映画案内と、穴埋め(?)のニュースパーク(新聞博物館)のものです。

調べてみると時期により、いろいろなパターンがありました。

2年前、北日本新聞が夕刊の休刊を発表した直後、「富山で夕刊を発行しているのは読売新聞だけ」と「テレビCM」を打っていましたが、効果があったのでしょうか。
他の全国紙が、所々の地域で夕刊を休止しています。読売新聞も、"そろそろ""どこかで"かなと思う今日このごろです。北陸支社とどっちが先かあるいは同時か、興味のあるところです。

富山新聞もかなり昔、夕刊を発行していた時期があるようですが、当方は見たことがないので、物心がついた頃には、既に発行を止めていたものと思います。

以上、新聞の版建てについてでした。

次回は、販売店についてです。