頻発する柔道事故に対しての緊急メッセージ

直近の15ヶ月で10名の死亡者
7月に入ってから、立て続けに2件の柔道による死亡事故が発生しました。
7月4日に岐阜県で小学1年生の男子が、わずか3日後の7月6日には静岡県で中学1年生の男子が、それぞれ柔道の練習がもとでなくなっています。

岐阜の事故は、乱取り中に、
静岡の事故は、受身の練習中に起こっています。ただし、この受身の練習というのは新聞報道によると投げ役と投げられ役に解れ、実際に投げられて受身をとるという練習だったようです。

柔道による事故が一向に減りません。
いったい後どれだけの子供達が、犠牲にならなければならないのでしょう?

6月13日に開催したシンポジウムで愛知教育大学の内田良講師が、学校管理下の柔道事故の死傷者数と死亡確立について発表をいたしました。
以下に内田良講師のサイト(学校リスク研究所)より、資料を引用します。(画像をクリックすると大きくなります)

表とグラフを参照していただいても、学校活動において柔道が突出して高い死亡率であることがお解りいただけると思います。

これだけでも驚くべき数字ですが、柔道の事故の実数はこれよりも多いのです。

6月16日に開かれた全柔連の平成22年度第1回評議会において、「全柔連障害補償・見舞金制度」における事故報告一覧なる報告書が提出されています。
この報告書によると、2009年4月から2010年の5月までの間に、実に8名の死亡者(成人男性2名を含む)と8名の後遺症の残る恐れのある重傷事故が起こっていた事がわかりました。
そして、7月に入ってからの2件の死亡事故。
わずか、直近の15ヶ月で実に10名もの人が亡くなっているのです。

事故を防ぐための緊急提言
無謀な練習はさせないことが大前提ですが、事故をふせぐため、最低限でも以下の事に留意してください。

1.事故は夏までに多い
事故の発生傾向を見ると、毎年4月から8月に間に集中しています。
これは、初心者が犠牲になっている事と、夏の過酷な環境下で子供の体力を無視した無謀な指導が行われているからです。
また、シンポジウムで神奈川県立足柄上病院脳神経外科部長の野地雅人医師が講演したように、脱水症状により脳が縮むことで、より加速損傷が発生しやすくなるからだと思われます。
これからの季節が最も危険なのです。指導者の方は、徹底した安全管理を行ってください。

2.頭を打つ、打たないは関係ありません。頭部の外傷の有無も関係ありません
死亡を含む重大事故は脳損傷によるものが圧倒的に多いことが解っています。
柔道による死亡事故では、関係者が「頭を打っていない」「頭部に外傷はない」とコメントしている報道に多く接しますが(7月に入ってからの2件の事故例でも同様の報道があります)、前述のシンポジウムにおいて、野地医師は柔道を含むコンタクトスポーツにおける急性硬膜下血腫の機序として「加速損傷」を説明されました。
「加速損傷」とは、頭部に外力が加わることで頭蓋骨に回転加速力がつき、そのことで頭蓋骨内の脳が回転し、脳が回転することで脳と硬膜を繋ぐ橋静脈が破断するというものです。
以下にアニメーションで図解いたします。

加速損傷
1.頭部に外力が加わる。
2.頭蓋骨が回転するが、脳は慣性の法則で同じ位置にとどまりつづけようとして頭蓋骨とは逆方向に回転する。
3.脳が回転する事で、脳と硬膜を繋ぐ橋静脈が伸展し、やがて破断する。
4.橋静脈が破断したことにより、硬膜下に多量の出血が起こり、脳を圧迫する。

この「加速損傷」においては、頭部に外傷がないことが多く、さらに頭部を直接打たなくても発症する可能性があることに言及をされています。また、畳の上で頭を打ったとしても、外傷は残りにくいのです。
頭を強く打つことだけが事故の機序ではありません。このことをよく認識していただきたいと思います。
柔道における脳損傷では頭部に外傷がない事が、また直接強く頭を打ち付けなくても発生する事が極めて多いのです。

3.疲労が蓄積した時が危ない
事故は練習の終盤に多発しています。
これは、疲労が蓄積してもなお練習を続けるからです。
脳損傷について言えば、疲労が蓄積すると頸部(首)の筋力が弱り、それにより自分で頭部の防御ができなくなります。
このような時に、強い外力を加えられると、加速損傷が起こりやすいと考えられます。
まず、無理をさせない適切な練習量である事、疲労の状態を見極める事、適切な休息をとる事が必要です。

4.脳震盪を起こしたらすぐに練習を中止してください
柔道による脳損傷事故をふせぐポイント、それは脳震盪にあります。
欧米の調査結果では、脳震盪の後に極めて重大な事故が起こる事が指摘されています。
脳震盪を軽視してはいけません。
脳震盪になったら、即座に練習を中止させ、適切な処置をすることが必要で、また医者による診断を受けさせることが賢明です。
カナダでは、脳震盪を起こした後、6段階ものステップを踏んでからでないと通常練習には復帰させません。それほど、脳震盪に対して慎重なのです。
脳震盪を軽視せず、脳震盪後の練習への復帰については、慎重に慎重を重ねてください。

安全への提言
武道の必須化を前にし、今のままでは安全で安心な柔道が行われるのか非常に不安です。
全国柔道事故被害者の会では、柔道の安全性の確立のために以下のことを提言します。

1.事故の調査・分析・研究と情報の共有
日本において柔道による重大事故が減らないのは、過去において事故の調査・分析がうやむやにされ、具体的な安全対策が立てられなかったからだと考えます。
事故事例の調査・分析・研究なくして、安全対策はたてられません。
全柔連には先の評議会で提出された「全柔連障害補償・見舞金制度」における事故報告一覧を過去に遡り情報公開していただきたいと思います。
その上で、可能な限り詳細な調査を行い、事故の原因究明を行う事が必要です。
事故が起こった場合も、迅速に事故原因を調査・分析し、事故原因を究明する必要があります。
そして、すべての柔道の指導者の方が、それらの情報を共有し、日頃から安全配慮の意識を高めていく事が必要です。

2.徹底した安全対策の確立
当会の独自の調査で、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、オーストラリアの柔道協会より直近の10年間で18歳未満の死亡者数は0件である、という報告をもらっています。
日本より3倍も柔道人口の多いフランスにおいても、人口60万人を擁する大都市の緊急病院で柔道による脳損傷の死亡例はないとの連絡をもらっています。
同じ柔道をしていながら、日本では死亡を含む重大事故が多発し、欧米では発生しないのは何故でしょう?
欧米では、徹底した安全対策のガイドラインが存在するからです。
この欧米の事例を見ても、柔道による重大事故は安全対策が万全であれば防げる事がわかります。
事故例を調査・分析・研究して日本独自の安全対策を立てること、さらにそれを現場の指導者に徹底させる事が必要です。
全柔連では、安全対策講習を過去に何度も行っていますが、一向に事故は減りません。これは、現場の指導者のレベルにそのことが徹底されていないからだと考えます。
良い安全対策を作成しても、それが徹底されなければ意味がありません。

3.「柔道事故安全対策 専門家プロジェクト」の設立
上記1と2を実現するために、柔道関係者、医療関係者、法曹関係者、柔道事故被害者等で組織される「柔道事故安全対策 専門家プロジェクト」の設立を文部科学省に求めています。
詳細は以下のPDFを参照ください。
文科省への提言(PDF)

2010年7月9日
全国柔道事故被害者の会




ページの先頭に戻る