2018年8月、北キプロス・トルコ共和国の首脳であるムスタファ・アクンジュ氏が、膠着状態にある南部のギリシャ系キプロス共和国との和平交渉が同年9月以降にニューヨークで再開される予定であると明言した。
しかしながら、キプロス和平交渉の再開を手放しで喜ぶべきではない。東地中海に位置するキプロス島は1974年の停戦以降、南北地域それぞれが異なる政府に統治されており、約40年以上もの間分断状態にあるのだ。「外交の墓場」と称されることも多く、早くから国際連合の仲介による事態収拾が図られてきたにもかかわらず、依然として解決の糸口は見えない。今回の記事では、キプロス問題の解決を難化させているものとはいったい何であるのか、また、キプロス問題の解決に至ることは可能であるのか様々な側面から探っていく。
対立の歴史
キプロス島分断の歴史は、19世紀後半に遡る。キプロス島が、19世紀後半にオスマン帝国の衰退に伴いイギリスの支配地域となった当時から、主にギリシャとの併合を望むギリシャ系キプロス側と、主にギリシャやトルコからの独立の維持を主張するトルコ系キプロス側は対立関係にあった。1950年代後半、ギリシャ系住民が、英国支配からの独立およびギリシャとの併合を訴え、ゲリラ戦争を開始した。その後、保証条約においてイギリスとトルコ、ギリシャにキプロスの独立を保証する役割を果たす「保証国」としての地位を認めながらも、1960年に発布した憲法に基づき英国支配からの独立を宣言し、キプロス共和国を建国した。この憲法には、行政や立法におけるトルコ系とギリシャ系のバランスが規定されていた。具体的には、ギリシャ系大統領とトルコ系副大統領を選出することや、公務員や議員の比率を、ギリシャ系とトルコ系で7:3とするなどの規定が設けられた。しかしながら、このような規定は実際の人口比率を反映したものではなく、明らかにギリシャ系キプロス人にとって不利なものであった。それゆえギリシャ系キプロス人らは不満を募らせてゆき、1963年から1964年にかけて共同体間に大規模な紛争が勃発するに至った。
キプロス島の分断は1974年を機に決定的なものとなった。ギリシャの軍事政権の支援を受けたギリシャ系武装組織が起こしたクーデターに対し、トルコ系住民の保護を名目にトルコが軍事介入を行ったのだ。結果的にトルコ軍率いるトルコ系キプロス人は北部3分の1を掌握し、それに伴い16万人ものギリシャ系住民を南部に追いやった。反対に、トルコ系住民が南部から流入してくることで民族的にも分断が進んだ。現在では南北の境界には国連により「グリーンライン」と呼ばれる緩衝地帯が敷かれ、首都ニコシアもこれにより分断されている。1964年に開始した国連平和維持活動は現在まで継続しており、停戦ライン付近の監視活動や、人道的活動を行っている。その後、1983年にトルコにのみ承認を受けた北キプロス・トルコ共和国が建国された。
幾度もの和平交渉の決裂
和平交渉は1970年代後半以降、国連が仲裁者となり「二地域共同連邦制」という原則のもと行われてきた。和平交渉の論点としては主に次の4つが挙げられる。まず、大統領の交代制の導入の是非などの政治体制である。大統領の交代制は、1963年にキプロス島が混乱に陥った原因でもあるため、慎重に議論が重ねられている。次にギリシャ系国内避難民の奪われた資産の返還だ。北キプロス・トルコ共和国が補償の対象として認めるのが7万人以下であるのに対し、キプロス共和国は9万人であると主張しており、この点においても合意は困難を極めるようだ。3つ目は、今もなお駐留しているトルコやギリシャなどの軍隊の縮小および撤退だ。4つ目はイギリス、トルコ、ギリシャの保証人としての地位である。21世紀において時代錯誤であるとし、イギリスやギリシャが保証人の地位を放棄することに同意している一方で、トルコは一貫して「保証国」としての軍事介入権を主張している。
問題の行く末を左右する他国の利害
キプロス問題の解決をさらに困難なものにしているのが他国の利害関係である。とりわけキプロス問題解決の重要なカギを握っているのがトルコだ。トルコは「保証国」としての軍事介入権を主張し、未だ約3万もの兵士を北キプロス・トルコ共和国に常駐させている。一方で、トルコが長年目標に掲げている欧州連合(EU)への加盟には、キプロス問題の解決が不可欠であるため、キプロスの和平交渉への参画に強い動機を持ちうるという見方もできる。しかしながら、トルコによる和平交渉への積極的な協力態勢を揺るがしているのが近年立て続けに発見された巨大な天然ガス田の存在だ。
近年の東地中海における相次ぐ天然ガス田の発見の内の1つに、2018年2月にキプロス沿岸のカリプソ地区にて発見された天然ガス田がある。この天然ガス田は非常に大きなものであるとみられ、キプロス周辺の天然ガス田をめぐる利権争いは激化している。トルコは、独自の海洋法の解釈に基づき、それらのガス田がキプロス共和国のものではないため、外資エネルギー会社にガス田の掘削を行う権限を委ねる資格はないとして、それらの会社の掘削作業を妨害している。一方で、北キプロス・トルコ共和国は、キプロス統合の合意がなされない限り天然ガス田の開発は延期するべきであるとの姿勢を貫いているのが現状だ。
また、キプロスにおけるもう一つのエネルギー問題として、電力供給が挙げられる。EUは、ロシアによる電力供給への依存度を低減するために、欧州電力系統運用者ネットワークにキプロスを組み込むことを思案しているという。そのためには、トルコの電力供給網と結合させる必要がある。電力供給における協力体制は、トルコとキプロスの関係改善に資するものであるとの指摘もある。一方で、政治的理由により安定した電力供給が脅かされる可能性もあるなど、キプロス共和国では、そういった関係構築を不安視する声もあるようだ。
天然資源や電力問題と並行してキプロス問題解決を難化させているのが、キプロス島の中東における軍事戦略の要衝としての利便性である。実際に、現在もイギリスは南北両側に軍事基地を設置している。2018年4月には、シリアの化学兵器保持疑惑に対する制裁として行われた空爆にも、キプロスの英軍基地から参与した。また、トルコのエルドアン大統領と懇意なトルコ紙は、イギリスやギリシャを含む他国が、シリア紛争を東地中海における存在感を保持するための口実として利用しており、そういった動きに対抗するためにトルコが、海軍基地をキプロスに建設する予定であると報じた。
宗教的・社会的仲裁の可能性
先に述べたように、政治的仲裁の限界を否定できなくなったことを受け、政治的仲裁を補完するものとして、新たな和平交渉の形が提唱および実行され始めている。一つは、宗教指導者をも巻き込むというものだ。2015年9月にスウェーデン大使の全面的な協力のもと、ギリシャ系キプロス人の大半が信仰するギリシャ正教会やトルコ系キプロス人の多くが信仰するイスラム教、公認の少数宗派であるカトリック教会、アルメニア教会およびマロン派の指導者と両共同体の大統領が一堂に会し、和平交渉の促進を目的として会談を行った。
また、社会的仲裁の適用も考案されている。すなわち、完全に中立な第三者の立会いの下、直接ないし間接的に両共同体の市民レベルでの交流を通じ、合意形成を行うのだ。互いの恐怖や体験してきた不当な仕打ちを共有し、市民たち自身が交渉人となり議論を交わす。キプロス問題の解決には国民投票による承認が不可欠であるにも関わらず、市民が交渉の段階で意思を表明する機会を持つことができないために、和平交渉の合意に至らないとされている。市民社会におけるキプロス統合に関する議論の活発化は、このような現状を打破するものであるとの指摘もあるようだ。
今後の展望
40年以上もの間、大きな戦闘がないながらも二つに分断された状態が続いているキプロス島。天然ガス田の発見やトルコ、ギリシャ、イギリスの存在、国内避難民に対する補償や統治体制など国内外に解決を妨げる複雑な要因を持ち、政治的和平交渉によるキプロス問題解決は行き詰まりを感じざるを得ない。新たな和平交渉の形を導入し、両共同体の市民の声を適切に反映した妥協案の考案が急がれる。
ライター・グラフィック:Hinako Hosokawa
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とても勉強になりました。色々な面からキプロス島をみていて面白かったです。
キプロスという小さな島全体での一体感や、ヨーロッパもしくはトルコ(?)への帰属意識はないのですか?
世界中の紛争や対立には、必ずイギリス、アメリカ、ロシア、EUあたりが関与してるね。基地の設置はイスラエルとか他のもっと大きな利害のためであって、南キプロスのために設置してるのではなくて南キプロスを利用してるんでしょ。トルコの背後はロシアかな?シマ争いや利権争いの背後に大国の大きな利害が関与してるのがよくわかる。
世界中のいろんな紛争、対立、もちろん日本も戦国時代いやもっと大昔から、こういう他の地域の利害と関与が絡んでるのを推測したり知るのは大事ですね。