ぼんやりしているときほど脳は活発に働く! 「陰の脳活動」とは?

『意識と無意識のあいだ』前書き

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ぼんやりしているときほど脳は活発に働いていた!
記憶、創造性、共感力を支える「陰の脳活動」とは?

研究によると、私たちの心は日中のほぼ半分はどこかをさまよっているといいます。なにか特定の物事に集中していない、いわゆる「ぼんやり」した状態です。

 この「ぼんやり」した状態のとき、意識的にするのとは異なるしくみで脳が活性化し、膨大な記憶が整理され、創造性や共感力が育まれることが、最新の脳研究や心理学実験から分かってきました。これは、人間だけが持つこのユニークな脳と心のメカニズムといえます。

 マインドワンダリング、デフォルトモードネットワークなど、今、脳科学・心理学で注目を集める新たな脳と心のメカニズムを、この分野の研究の世界的第一人者が解き明かします。

はじめに

 えーっと、何の話だったか?

 そうそう、ぼんやりした心だった。

 小学生のころ、私の妻は窓の外を眺めていて先生に鞭で打たれたという。きっと馬に乗っているところでも想像していたのだろう。鞭打ちは先生が生徒に与える一種の罰則で、幸いにもすでに昔の話だが、手の甲にピシャリと革の鞭が振り下ろされたものだった。だって男の子たちも窓の外を見ていたのよ。妻は言い訳するが、男の子は誰も鞭で打たれなかったそうだ。まあ、男の子などというものは生まれつき夢見がちで、とんと集中できないと考えられていただけなのかもしれない。

 大人になっても、ふとぼんやりしていたことに気づくと、自分は集中力に欠けるのではないかと引け目を感じる。誰かに紹介されたのに、相手の名前を聞き返すことはよくある。すみません、お名前をもう一度お尋ねしていいですか?

 子どものころの経験がそうさせるのだろうが、ぼーっとするのは悪いことだと多くの人は感じる。最近のこと、ある友人がなぜ会議で集中できないのかその訳を知りたがった。まるで、そんなことをするのは自分だけとでも言わんばかりに。ほかの出席者も同じようにあれこれ空想していたはずですよ。それが私の答えだった。

 私たちの心は日中のほぼ半分はどこかをさまよっているという証拠がある。夜になって寝ているあいだも、夢の世界に入りこんで外界とは違う場所にいる。というわけで、仲間の教授たちには申し訳ないが、私はほかのあらゆる人のために「ぼんやりした心」を弁護する義務を負った。

 教師や親たちにとって厄介なことに、私たちは何かに注意を向けた状態と、別のことを考える状態を行き来するように生まれついている。ということは、ぼんやり空想にふけるのもまんざら悪いことばかりでもなさそうだ。このぼんやりした状態は「マインドワンダリング」と呼ばれる。

では、それは一生懸命はたらいた脳に休息を与え、疲れを癒すためなのだろうか? あるいは、単調な日常生活に楽しみを与えるためだろうか? いや、ただそれだけのためとも思えない。

 本書では、マインドワンダリングには多くの建設的で適応的な側面があり、たぶん私たちはそれなくしては生きていけないことを示していこう。放心状態にあるとき、私たちは「メンタルタイムトラベル」をしている。時間をさかのぼったり進めたりして、過去の経験から未来の計画を立てるとともに、連続した自己意識を得てもいるのだ。

 マインドワンダリングによって他者の気持ちになることができ、共感や社会的理解がうながされる。発明し、物語を紡ぎ、視野を広げられる。創造的にもなる。ひとひらの雲のごとく独りさまよう、イギリスの桂冠詩人ワーズワースのように、あるいは光速で旅する自分を想像するアインシュタインのように。

 以下では、マインドワンダリングのさまざまな側面を眺めようと思う。全九章はそれぞれある程度独立して読めるように書いたつもりだとはいえ、全体として一種の流れのようなものはある。私自身いくらか脇道に逸れることもあるが、この本のテーマに鑑みてお許しいただきたい。また、マインドワンダリングについてはまだわかっていないことも多く、これからも新たな発見があるだろう。

 感謝を捧げたい人はたくさんいる。まず、バーバラ・コーバリスは冒頭の逸話を提供し、私たち二人はよく一緒に心の旅をしてきた。息子のポールとティム、孫娘のシモーヌ、レナ、ナターシャはいろいろな意味で貢献してくれたし、何より私の心がさまよい込む場所を提供してくれた。

 あまたいる研究仲間のなかでも、とりわけ次の方々に感謝したい。ドナ・ローズ・アディス、マイケル・アービッブ、ブライアン・ボイド、ディック・バーン、スザンヌ・コーキン、ピート・ダウリック、ラッセル・グレイ、アダム・ケンドン、イアン・カーク、クリス・マクマナス、ジェニィ・オグデン、マティアス・オスヴァット、デイヴィッド・レディッシュ、ジャコモ・リゾラッティ、アンヌ・ルッソン、エンデル・タルヴィング。この本の草稿に、有益で建設的な意見をくれたトーマス・ズデンドルフにはとくに感謝している。

 最後に、オークランド大学出版局のサム・エルワーシーとチームのみなさんの励ましと信頼にお礼を言いたい。緻密な作業によって草稿にたくさんの修正を加え、大幅に改善してくれた編集者のマイク・ワッグに、とりわけ深謝する。

 さて、ここまで読んでくださったなら、続きもどうぞ。

著者 マイケル・コーバリス 
ニュージーランドのオークランド大学心理学部名誉教授。同大学で修士号、カナダのマギル大学で博士号(心理学)取得後、一九六八年から七七年にかけてマギル大学心理学部で教鞭を執った。おもな研究分野は認知神経科学と言語の進化。邦訳された著書に『言葉は身振りから進化した』(勁草書房、二〇〇八)と『左と右の心理学』(白揚社、二〇一五)がある。/訳者 鍛原多惠子 翻訳家。米国ニューカレッジ卒業(哲学・人類学専攻)。訳書にコルバート『6度目の大絶滅』(NHK出版)、コーキン『ぼくは物覚えが悪い』、ニコレリス『越境する脳』(以上、早川書房)、マクニックほか『脳はすすんでだまされたがる』(角川書店)など多数。
『意識と無意識のあいだ』
「ぼんやり」したとき脳で起きていること

マイケル・コーバリス=著
鍛原多惠子=訳

発行年月日: 2015/12/20
ページ数: 216
シリーズ通巻番号: B1952

定価:本体  860円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)
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