『君の名は。』には、日本のアニメーションの文脈が豊かに含まれている 新海誠監督インタビュー

 

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『君の名は。』の作画監督を務めたのは安藤雅司さん。お名前は知らなくても、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』などの作画監督を務めたと聞けば、その凄さは伝わるのでは? また、『君の名は。』には、キャラクターデザインを担当した田中将賀さんのほかにも、そうそうたるアニメーターが関わっています。今回は、これまでアニメに詳しくない人でも、思わずアニメーターのチカラに拍手を送りたくなってしまうお話です。

 

 

 

■完成した画は日本のアニメーションの文脈を豊かに含んでいた

――今回の映画がエンターテインメントのど真ん中になったのは、キャラクターデザインの田中さんとの出会いが大きかった?

そうですね。Z会のCMを一緒にやった時に「大きな武器を手に入れた」といった感触はあったんですね。

 

【クロスロード動画/Z会公式チャンネル】

今まで自分たちがやってきた美術背景を全面に押し出したような見せ方の中に、キャラクターアニメーションのど真ん中にいる田中さんの絵を置いて、どちらも両立して並び得るんだという感触が強くあって。自然と、次回作をやる時には、この美術背景とこのキャラクターのコンビネーションでやりたいという気持ちになっていました。

 

 

――キャラクターデザインと作画監督が別の方になった経緯は?

本来であれば、田中さんのキャラであれば本編中の絵まで手がけていただくのがスムーズですが、田中さんは当時『心が叫びたがってるんだ。』という作品を抱えてらっしゃったし、その後も予定が詰まっていたこともあって。じゃあ作画監督をどうしようかと。ただ、実現の可能性を考えずに言うならば、僕は安藤雅司さんが好きですという話をスタッフとしていたら、紹介して頂くことができたんです。

 

 

――ジブリ作品などで知られリアルな絵柄を得意とする安藤雅司さんですね。

2014年の年末頃にお会いしに行って、田中さんのキャラ表や脚本をお見せしてご興味がないか伺って。3、4か月ぐらいの期間を経て、「田中さんの華のあるキャラクターを僕のような地味な芝居を描いてきたアニメーターが描くことに、何か面白みを見いだせそうな気がする」と、他にも理由はおありになったのかもしれませんが、引き受けていただけて。

 

それ以降は、ひたすら安藤さんの中での戦いがあったんだと思います。僕は、田中さんと安藤さんによろしくお願いしますと言ったあとは、上がってくる絵をすごいすごいって言ってただけで(笑)。そこの微調整はノータッチというか、入り込める余地がなかったんですよね。

 

 

――安藤雅司さんについては「ジブリの絵の作り方を見せてもらった」と監督も絶賛されていましたが。

田中さんのキャラクターの深夜アニメ的な「エッジ」な部分というか、コアなファンはいるけどアニメファン以外にはまだそんなに馴染みがない絵というものを、田中さんとは違う世界でずっとやってきたジブリの人たちが動かしたというところの新鮮味は、画面を観ているだけであるような気がします。

 

田中さんのキャラクターでも100%彼の絵というわけじゃなく、安藤さんの解釈が入ったことでやっぱり少し「大衆向き」に柔らかくなっているし。また一方で、それ以外の作画マンの方々もやはりジブリ出身の方がたくさんいらっしゃって、そういう方々が描くとやはりジブリ寄りの絵になるわけです。それをまた、作画監督の安藤さんがぐっと田中さん側に引き寄せる。

 

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そういう綱引きの中で産まれてきた絵が、観てみると、日本のアニメーションのいろんな文脈を豊かに含んでいる。本当に複雑な味わいがある画面になっていると思うんですよね。その豊かさみたいなものは良い意味でまったく計算外だったし、予想も期待もしていなかった部分で。安藤さんのスケジュールがちょうど空いていたとか、田中さんがちょうど詰まっていたとか、そういうタイミングがあって生まれた効果だったので、僕の力は1%も関係していないんですけども(笑)。客観的に見ても、とても面白いものになったんじゃないかと思います。

 

 

■沖浦さんの表現力には、単純にビビりましたよね(笑)

――そんな 敏腕アニメーターの方とタッグを組むからこそ、こんな挑戦的なカットになったとか、ご自身の表現の変化はありますか?

いえ、絵コンテを描き始めた時は、まだ安藤さんも、そうそうたるアニメーターの方も、この作品への参加は1人も決まっていなかったので、コンテの時点でどのアニメーターがこの芝居と当て書きをしたわけではないんですね。

 

ただ、これまではムリだろうと判断していたことも、今回はあまり気にせずコンテで描いてしまうようにはしていました。作画監督補佐に入って頂いた土屋堅一さんとは『言の葉の庭』とか大成建設のCMをやっているんですけど、堅実なアニメーションを描く人で、布団から起き上がって歩くといったような生活芝居もとても巧い方なんですよね。少なくとも土屋さんはいてくれるから、絵コンテでもなんとなく当てにして描いてはいました。

 

【大成建設 CM『ベトナム・ノイバイ空港』篇】

 

――ご自身の作風は守りつつ、表現の幅は拡がったということですね。

これまでも僕の絵コンテって、止まっていても物語にはなるような描き方をしていると思うんですよね。あるいは、動きがそこまで緻密でなくても、カット切り替えや音楽の使い方で気持よく観られるような絵コンテにしているつもりなんですよ。なので、やはり今作品でも、芝居に頼りきった形では見せていないんですね。それでも出来上がったフィルムを見てみると、すごいと思うことがあって。

 

 

――それはどんなシーンですか?

例えば、終盤に三葉が走って転んでしまうシーンですが、あそこを担当いただけたのが『人狼JIN-ROH』や『ももへの手紙』の監督を手がけた沖浦啓之さんという、たぶん日本で一番巧いアニメーターなんですよね。その沖浦さんがやったことで、走って転ぶという絵コンテ通りの芝居ながらも、想定よりも何倍もエモーショナルなシーンになっていて、それはもう、ちょっと単純にビビりましたよね(笑)。すごいんですよ。

 

それを絵で伝えられる表現力って、今まで当てにしたことはなかったんです。あそこが沖浦さんじゃなくても、たぶん映画自体は成り立っていたとは思うんです。でも、観た人の感触とかエモーションは、あれがなければやっぱり少し目減りしちゃってたのかなと思ってはいるんですよ。

 

そういうすごいものが常に貰えるとは限らないから、今回は本当にラッキーであったと。そういう意味では、ちょっとこの先が怖いですよね。いちばん美味しいところを味わってしまったという感じはします(笑)。

 

次回はついに最終回! 新海誠監督の世界観について詳しく伺います!

 

 

【新海誠監督インタビュー(全4回)】

(1)「僕たちは可能性の直前にいる」それを全力で語れるような作品にしたいと思ったんです
(2)RADWIMPS/野田洋次郎さんに脚本をお渡しして3、4ヶ月後に「前前前世」が上がってきたんです
(3)『君の名は。』には、日本のアニメーションの文脈が豊かに含まれている

(4)強烈な「ロマンチック・ラブ」に憧れがあるんだと思います…

 

■『君の名は。』公開情報

2016年8月26日 全国ロードショー

原作・脚本・監督:新海誠

作画監督:安藤雅司

キャラクターデザイン:田中将賀

音楽:RADWIMPS

声の出演:神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子

 

 

 

 

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