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 前回、抗精神病薬の影響で脳の灰白質の容積が減少するということを紹介したが、抗精神病薬で影響を受けるのは灰白質だけでなく、脳の白質も影響を受けることが知られている。今回は、この抗精神病薬による白質への影響を調べた論文が本年度のNatureで発表されているので、その論文を紹介したい。
 
 既に、灰白質同様に、白質に関しても、統合失調症では初発時に既に変化が生じていることが報告されている(抗精神病薬にナイーブなケース)。この白質の変化は統合失調症の接続障害を反映する所見であろうと考えらている。もし、この統合失調症の本来の変化にさらに抗精神病薬の影響が加わわり、抗精神病薬によっても白質の統合性が低下してしまうのであれば、接続障害は改善することなく継続され、接続障害に由来する認知機能障害などは改善することなく続いてしまい、予後を逆に悪くしてしまうことも十分に考えられうるのである。
 
 例えば、もし、抗精神病薬による白質の統合性が低下することで皮質(前頭葉)と線条体や辺縁系と間の接続性が障害されてしまうと、意志決定に支障をきたし、衝動や感情を十分に制御できなくなったり、実行機能が障害されてしまうことになる。抗精神病薬による白質の障害が事実であるならば、抗精神病薬を投与し続けることによって、抗精神病薬で幻覚・妄想といった症状は改善しても、抗精神病薬による接続障害が逆説的に悪化してしまい、衝動性の制御、感情の安定さ、意志決定、実行機能といった接続性が保たれていることが前提となるような機能は逆に脆弱となり、様々な精神症状が生じてしまう恐れがないとも言い切れない。実際に、臨床をしていると、幻覚・妄想が改善しても、その後に感情の不安定や衝動性が目立つようになり、何らかの抗てんかん剤やリチウムを気分安定化剤として追加しないといけなくなるようなケースを度々経験する。(これは、あくまで仮定の話なので誤解がないようにして頂きたい)。
 
 これまでに報告された統合失調症における白質のFA値の低下の例をあげれば、Abdul-Rahman MFら(2011年)は、海馬⇔乳頭体・視床・側坐核などをつなぐ円蓋(fornix)と帯状皮質⇔前頭前皮質・前運動領野・皮質連合野・海馬傍回をつなぐ帯状束(cingulum)のFA値の低下、RD値やAD値の増加を見出した。そして、この所見は精神症状の重症度と相関し、前帯状回と前頭前皮質間の接続障害による実行機能障害を反映していることを報告している。
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 さらに、Thomas J. Whitfordら(2014年)も大脳辺縁系の各部位を接続している帯状束バンドル(cingulum bundle、CB)のFA値の低下を見出し、CBを細分化して調べた結果、大脳辺縁系の各領域を接続するサブセットの接続障害が存在し、サブセットの接続障害ごとに陽性症状や陰性症状の重症度と相関していたことを報告している。

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 ここで注意せねばならないことは、この2つの研究とも調査された統合失調症の患者は抗精神病薬を内服しており(特に、Whitfordらのサンプルは全例が第二世代の抗精神病薬を内服している)、抗精神病薬との関連性が考察されていないため、逆に、こういったことが、抗精神病薬による白質への障害によって生じているということも否定できないということである(あるいは、抗精神病薬では白質の統合性低下による接続障害は十分に改善されえないとも解釈されうる)。

 一方、Carissa Nadia Kuswantoら(2012年)は次のように述べている。
 
 統合失調症の初期におけるMRI画像による脳の構造を調べた研究では、様々な脳領域で白質の容積の減少が指摘されており、最近の拡散テンソル画像(DTI)研究では、脳の白質の統合性の変化が明らかになってきている。統合失調症の早期に既に白質の異常が発生することが報告されているため、我々は初発のエピソードの統合失調症(FES)における白質の整合性の異常に対するこれまでのDTI画像研究を総括した。その結果、白質の統合性の障害は、皮質、皮質下の脳の領域、連合線維や交連路に見出されたが、皮質-皮質下の白質の統合性の変化が疾患の初期の段階で存在することが示唆された。特に、皮質領域としては側頭・後頭領域。皮質下領域では、内包。白質束としては脳梁の膝や膨大部、上縦束、下縦束、鉤状束、後頭前頭束、帯状束でのFA値の低下が見出されている。白質の統合性におけるこれらの変化は、FES患者における特定の認知障害(言語性、空間性のワーキングメモリー)や精神病理性(陰性症状よりも陽性症状)と相関していた。これらの白質の統合性の変化と認知機能や現象学的な因子は、統合失調症の臨床症状の根底にある神経生物学的な病態の理解につながるものになろう。
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 さらに、Samartzis Lら(2014年)は次のように述べている。
 
 統合失調症では脳の正常な情報処理に必要な白質(WM)の統合性が損なわれる可能性がある。統合失調症の初期を調べたDTI画像研究では、薬物にナイーブな患者において構造学的な接続障害(structural dysconnectivity)が既に存在しているだけでなく、統合失調症を発症するリスクに関連していることが示唆されている。WMの統合性の障害のパターンは一致している訳ではないが、要約すれば、前頭、前頭-側頭、前頭-辺縁系の接続が障害されており、上縦束、帯状束、鉤状束、脳梁が影響を受けていると言えよう。そして、接続障害のパターンの違いは、発達段階、疾患の持続期間、抗精神病薬への曝露期間という因子に左右されるようである。

 一方、E Pomarol-Clotetら(2010年)は慢性の統合失調症患者での白質の変化を次のように報告している。しかし、論文では抗精神病薬の影響についての考察は全くなされておらず、この変化は抗精神病薬の影響も加わっている生じているのかもしれない。
 
 我々は32名の慢性統合失調症患者(クロザピン7名、他の非定型抗精神病薬10名、定型抗精神病薬=3名、定型+非定型12名)へのマルチモーダルイメージングを使用し健常者と比較した。構造的イメージング(ボクセルベースの形態計測、VBM)と機能的イメージング(機能的磁気共鳴画像法、fMRI)の双方の結果にオーバーラップするような内側前頭皮質における異常が存在することが明らかにされた。拡散テンソル画像(DTI)では、脳梁前部に目立った白質の異常が、かつ、トラクトグラフィー(解剖学的接続)解析では、内側前頭皮質に投射する白質束を巻き込んだ異常が存在することが見出された。技術的な問題のせいで左右差があり十分に一致していないものの、白質束の異常が背外側前頭前皮質においても見出された。これらの3つのイメージング技術によって同定された内側前頭領域はデフォルト・モード・ネットワークにおける前方正中ノードに該当するものであり、内的思考、警戒状態、自己感覚をサポートしているものと考えられており、現在、精神神経疾患における関心が高まりつつある領域である。
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 さらに、Ian Ellison-Wrightら(2014年)も、慢性期の統合失調症患者における白質のFA値の低下を報告している(全例とも非定型抗精神病薬を内服中)。この変化も抗精神病薬の影響が加わって生じているのであろうか。
 
 統合失調症群では、脳梁の膝(genu)、体部、膨大部、内包の左前脚(ALIC)のなどの領域における有意に低いFA値を示した。トラクトグラフィー解析では、脳梁の膝におけるFA値が有意に低下していた。統合失調症群の慢性期では、白質の障害は内側前頭領域において顕著である。これは以前の研究結果と一致する。この所見は、これらの領域を横断する前頭前野ー視床白質回路に影響を及ぼす可能性があると言えよう。
(脳梁について)
http://www.anatomy.med.keio.ac.jp/funatoka/anatomy/cerebrum/cerebru07b.html

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(今回の論文)

初発エピソード精神病における抗精神病薬治療に関連した白質の変化
「White Matter Changes Associated with Antipsychotic Treatment in First-Episode Psychosis」


注; この論文の全文が見れるようなPDFがないかを探していたらPDFがファイルがアップロードされているサイトを偶然発見したのだが、しばらくすると削除されてしまっていた。しかし、この論文は今は閲覧は自由ではないのだが、2015年にはオープンテキストとなり、全ての人間が自由に閲覧できる予定である。しかし、そこまで待つのでは遅くなってしまうため、今回、あえてこの論文を紹介することにした。

抄録

 第二世代の抗精神病薬は(Second-generation antipsychotics、SGA)、精神障害やその他の精神症状の治療に広く使用されているが、SGAの人間の脳の白質に対する影響は十分に理解されていない。そこで我々は、精神病の初発のエピソードを経験した患者(以前に抗精神病薬への暴露がないか、ごくわずかな患者)における白質経路に基づいた空間的な統計解析を使用して白質の統合性(整合性、integrity)に対するSGAの影響を調査し、さらに、その影響がどの程度SGAによる代謝性の副作用と関連するかを調査した。

 35名(男性26名、女性 9名)の精神病の最初のエピソードを経験した患者に対して、拡散テンソル画像(DTI)検査、臨床評価、抗精神病薬による治療開始時と12週間後に空腹時の血液検査からなる、リスペリドンかアリピプラゾールのどちらかの治療を受ける二重盲検ランダム化臨床試験を行った。さらに、35名(男性26名、女性 9名)の健常なボランティアが、ベースラインの時点と12週間後でのDTI検査受けた。

 患者においては、抗精神病薬による治療後に頭頂葉と後頭葉の白質のFA値(fractional anisotropy、異方性比率)の著明な減少(p <0.05)を認めた。関心領域の全般に渡る著明なFA値の減少は低密度リポタンパク質(low-density lipoprotein、LDL)の著しい増加と相関していた。逆に、治療後の有意なFA値の増加は患者の間では認められなかった。さらに、健常なボランティアでは、12週間後のFA値の著明な増加や減少はいずれをも示さなかった。
(異方性比率について)

 抗精神病薬の使用は白質の微細な統合性(整合性)の損失に関連し、それは副作用の増大にも関連するため、抗精神病薬の使用に伴うリスクと利益の双方を考慮することがますます重要になっていくであろう。しかし、今回の研究には限界があり、患者での以前の薬物使用歴が除外できていな点と、疾患の進行そのものによる可能性を除外できていない点があり、それらの点に注意する必要がある。

はじめに
INTRODUCTION

 抗精神病薬は、統合失調症やそれに関連する精神疾患の治療だけでなく、児童、ティーンエイジャー、老人における破壊的な行動異常に対しても広範囲に処方されている。それ故、抗精神病薬の脳に対する潜在的な影響を理解することは重要な意味がある。しかしながら、抗精神病薬の脳に対する潜在的な影響に関する縦断的な生体データは、特に、白質への影響に関するデータは少なく制限されている。

 これまでのいくつかの研究では、脳の白質に対しては、リスペリドンは保護的に作用し、髄鞘形成を誘導する作用を有するであろうという報告があり、オリゴデンドロサイトへの効果を介して髄鞘形成(myelination)を促進するという抗精神病薬の重要な治療的な役割が存在することが示唆されている。

 同様に、動物実験では、銅のキレート化剤であるcuprizoneの投与後に(注;cuprizoneはミエリンにダメージを与える薬剤である)、抗精神病薬にてオリゴデンドロサイトの発育と再髄鞘化が促進されたことがMRIイメージングと組織学手法によって確認された。

 一方、これらの研究とは対照的に、いくつかの長期的な神経画像研究において、抗精神病薬に大きく曝露されたことに関連した白質の容積の減少未投薬患者のリスペリドン治療後における白質の容積の減少が報告されている。

 さらに、マカク猿の動物データでは、オランザピンやハロペリドールが投与された後に、白質の容積の減少や、オリゴデンドロサイトのある程度までの数の減少が報告された。

 一方、SGAは心血管・代謝性疾患のリスクを著しく増大させるという重篤な副作用に関連していることが知られている。特に、SGAは、血清コレステロールの上昇や脂質代謝の異常にリンクされている。しかし、抗精神病薬によって引き起こされる脳の白質への代謝性変化に関しては十分に調査されていない。

 人間のコレステロールの~25%は脳に局在し、主にミエリンの中に大多数が局在していることが明らかにされている。脳コレステロールのほとんどはローカルに生産され、さらに、血液脳関門(BBB)は循環しているリポタンパク・コレステロールとの交換から脳を保護していると考えられている。
 
 一方、抗精神病薬がコレステロール輸送タンパク質の発現をアップレギュレートすることも知られている。さらに、全身のコレステロール・バランスの変化は、中枢神経系で再利用されるステロールの付随する変化を引き起こすことができ、ミエリン鞘(=白質)の統合性を変化させることができると考えられている。

 この可能性と一致するようなデータが健常者から得られているが、それによると、血清コレステロールの上昇、特に、低密度リポプロテイン(LDL)の上昇は、高脂血症と診断される閾値以下であっても成人における白質の統合性の低さに関係していることが示されている。

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 そこで、今回の研究では、初発の精神病の患者における白質の統合性に対する抗精神病薬の影響を縦断的に拡散テンソル画像(DTI)を用いて調査することで、抗精神病薬の投与が白質の統合性を変化させることに関連しているかどうかを検証することにした。さらに、我々は、無作為化された二重盲検を行い(初発患者へ)、リスペリドンやアリピプラゾールの効力や忍容性を比較した。

 以前の研究から、我々は、抗精神病薬投与された患者では白質の統合性を推測する手段であるFA値が減少するだろうという仮説を立てたが、今回、我々は、白質の変化と臨床反応との関連性を検証し、メタボリックな副作用と抗精神病薬との関連性を検証することにした。

実験材料と実験方法
MATERIALS AND METHODS

(詳細略)

 投与された抗精神病薬は、開始用量はアリピプラゾールは5mg、リスペリドンは1mgである。3日後から増量され、症状の改善度合を見ながら1~3週間ごとに投与量が調節された。最大投与量は、アリピプラゾールは30mgリスペリドンは6mgである。2回目のDTI検査の2週間前に脱落者が1名発生した。

結果
RESULTS

 被験者のグループは、年齢、性別、利き手、喫煙状態、身長、体重、教育程度において大きな異なりはなく、ベースラインとフォローアップスキャンの間の週数においても大きな差はなかった(表1。省略)。

 BPRSスコアは、ベースラインからフォローアップMR画像検査までの期間に著しく減少したが(p<0.001)、陰性症状は変化しなかった(p>0.05)。コレステロール(p<0.003)とLDL(p<0.009)は著明に増加したが、HDL(p>0.05)には著しい変化はなかった。予想された通りに、12週目ではベースラインからのボディー・マス・インデックスの著しい増加を認めた(p<0.001)。

 TBSSを使用した縦断的な変化を見る調査によって、患者では7つの領域の白質骨格内部においてフォローアップスキャンではFA値がベースラインから著しく減少していることが判明した(図1、図2)。

 これらのクラスターのサイズは、5から171 ボクセルであり(表2。省略)、 7つの領域にまたがり平均でFA値が4%減少していた。図2に2回施行された個々のFA値を示した(ベースラインとフォローアップ時)。

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 追加して行われた分析では、統合失調症の患者では、これらの領域を横切ってAD値(Axial Diffusivity)が減少し(p<0.001)、RD値(Radial Diffusivity)は増加していたことが判明した(p<0.001)。個々のデータを表2と表3に示した(表は省略)。なお、領域を横切ったFA値、RD値、AD値の著しい変化は(p<0.05)、リスペリドンで治療された患者でも、アリピプラゾールで治療された患者でも、双方の患者において明らかであった。

 これとは対照的に、健康なボランティアの間では、7つの領域におけるFA値の平均には有意な変化はなかった。AD値、RD値も同様に優位な変化はなかった。

 引き続いて、頭頂における1クラスター、後頭における6クラスターがトラクトグラフィー分析(probabilistic tractography)にかけられた。
(トラクトグラフィーについて)

 トラクトグラフィー分析からは、頭頂葉クラスターには脳梁膨大部を横断するタペータム(tapetum)が含まれており、側頭葉の方向へ伸びていることが明らかにされた。後頭葉のクラスターには、下縦束(inferior longitudinal fasciculus)の後部が含まれ、後頭領域から側頭葉への方向へ伸びていた。
(タペータム)
(下縦束)
(実際のMRIでどの部位なのかは下のアトラスを参照のこと)

 特定の白質領域内の変化や1型の誤差を最小化するような補正の手法の仮説がないことを考えて、我々は、ベースラインからフォローアップスキャンにおける7つの領域を横切るFA値の減少した数値の平均値と、臨床やメタボリックな測定値の変化との間に関連性がないかを調べた。

 FA値の大きな減少はLDL値の上昇と相関しており(p<0.019)、特にRD値と相関し(p<0.016)、AD値とは相関していなかった( (p>0.05)。なお、FA値、RD値、AD値、ボディー・マス・インデックス(BMI)の変化の間には有意な相関はなかった(p>0.05)。陽性症状や陰性症状のいずれの変化も、FA値の平均値の変化とは有意な相関はなかった。(図3)

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 さらに、我々は、観察された所見に対する物質使用の潜在的な影響を調査した。物質使用/依存という診断歴を有していた患者では、FA値(p<0.001)とAD値(p<0.005)の著明な減少と、RD値(p<0.003)の増加を2回の測定時期を横切って認めた。同様に、物質使用/依存という診断歴のない患者でも、FA値(p<0.001)とAD値(p<0.013)の著明な減少と、RD値(p<0.001)の増加を2回の測定時期を横切って全般性に認めた。そして、ベースラインのスキャンの1か月前にいかなる物資の使用や依存を有していない患者のサブグループにおいても、有意な(p<0.05)FA値とAD値の減少、RD値の増加を2回の測定時期を横切って認められた。
(注; 観察されたFA値などの所見は、物質使用障害に起因する所見ではないことを言いたいのであろうか。)

議論
DISCUSSION

 我々が行ったDTI研究は二重盲検で無作為化されコントロールされたコンテキストの中で行なわれており、疾患の初期の段階にあり、なおかつ、薬理学的な介入が一度もなされていない初発患者の白質の統合性に対する抗精神病薬の潜在的な影響を明確にすることができた。

 我々が得た結果は、非定型抗精神病病薬の投与後12週目における白質の統合性を推定する手段となるFA値の減少が、頭頂葉と後頭葉の領域に明らかに存在することを示唆する。

 我々の研究の強みは、FA値データによる保存的なトラクトインバリアント分析を使用したことや、誤差を家族単位で補正したことや、ベースラインスキャンの前に治療歴を限定したこと、2回目のスキャンの間に抗精神病薬治療を行ったこと、年齢、性別、スキャン間隔を患者に合わせた健常者のボランティアグループと比較したことなどである。同じ期間でスキャンされた健常なボランティアの間には著しいFA値の変化はいかなるケースでも認められなかったことは、今回のDTI検査の信頼度を支持するものであると言えよう。

 我々が得られた所見は、かって今回と同様な時間設定のもとで行われた構造画像(structural imaging)の研究結果や、抗精神病薬の投与と白質の体積の変化率を調査する目的で行われた他の縦断的な形態の変化を調べた研究結果と一致する。
(注; この論文で参考文献として引用された上の論文は必ずしも今回の論文とは所見は一致しておらず、ハロペリドールでは灰白質の体積が減少したが、オランザピンでは認められず、SGAの神経保護作用だろうと結論付けられている論文であり、引用する論文としては不適切に思える。)

 最も大規模な研究の1つに、合計674名の患者のMR画像を調べた研究があるが、その研究では平均3回のスキャンを7.2年にわたって行われた。その研究報告では統合失調症の患者における進行性の白質の容積の減少が報告されたが、その患者は最大量の抗精神病薬の投与を受けていた。

 同様に、Molinaら(2005年)、Girgisら(2006年)は、これまで未投薬だった患者におけるリスペリドンによる治療の6週間後、2年後における白質の容積の減少を報告している。注目すべきことに、これらの研究では、白質の容積の増加は患者の間では認められず、また、健常なボランティアの中では白質の容積の変化は観察されなかった。

 さらに、我々の所見は、以下の動物実験のデータに合致する。その動物実験では、ハロペリドールやオランザピンが投与されたマカク猿の灰白質や白質は未投薬の猿と比べて17~27ヶ月後には変化しており、非定型抗精神病薬(=オランザピン)が脳の変化を引き起こしていた。

 縦断的な研究デザインからなるDTIイメージングを用いれば抗精神病薬の投与と白質の統合性の変化の関連性を推測することは十分に可能なのだが、そのようなインビボの研究は殆どなされておらず論文の数は非常に少ない

 しかし、我々の結果は、Wangら(2013年)によって報告された内容と合致する。その研究では、未投薬の初発の統合失調症の患者22名が健常者と比較されたが、抗精神病薬投与後6週後に白質のFA値が著明に減少していたが(両側の前部帯状回の周囲右前頭葉の放線冠前部におけるFAの有意な減少を認めた)、症状の軽減とは相関していなかった。

 我々の研究では、FA値の減少は値としては小さく、主題内部のデザインを使用することで最も検出能力が上がるように思えたため、横断的に比較することで統計学的検出能力が向上したと言えよう。なお、FA値の増加は12週間の治療期間にわたり患者群では観察されなかった(注; 図2をよく見ると2名だけはFA値が上昇しているようにも見える)。

 白質の微細構造の変化が抗精神病薬投与に関連したメタボリックな変化に起因するかもしれないと推測できるが、そのような白質の変化はメタボリック症候群の個体でも生じることが既に報告されている(メタボリック症候群はそれ故に認知症のリスクファクターとなるのかもしれない)。

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 例えば、最近なされた研究では、肥満のケースでは報酬系や食欲に関連した脳領域における低いFA値を有しているが、この低いFA値は体脂肪率と負の相関があることが示されている。

 一方、抗精神病薬投与後に観察されたFA値の減少に関しては、別のいくつかの説明ができるかもしれない。

 そのようなFA値の減少はグリア細胞の構成の変化に起因する可能性もある。グリア細胞の構成の変化は、統合失調症などのいくつかの精神疾患で強く見出されている。さらに、マカク猿のデータでは、慢性の抗精神病薬の投与はグリア細胞数の減少に関連していた。

 抗精神病薬投与と関連した白質の統合性の変化は、特に、ミクログリアやオリゴデンドロサイト(ミエリン鞘を形成する)という白質の大部分を構成する特定のグリア細胞の変化と関係があるのかもしれない。この点に関して、ミエリンは主に脂質から構成され、さらに、抗精神病薬の投与によって影響されることが示されていることに注目すべきである。

 また、AD値の減少、RD値の増加という知見は、白質に含まれる軸索ミエリン関連構造物が抗精神病薬によって変化し、FA値の減少に関与している可能性がある。

 さらに、ミエリン塩基性蛋白質(MBP)の発現の変化が抗精神病薬の使用にリンクしており、今回観察された白質の変化に関与した可能性もある(オランザピンはMBPの発現を抑制する)。

 注; 神経の軸索(白質束や白質)は、異方性拡散を示し、軸索の近傍には好ましい方向に流れる水分子があることを意味する。健康的な軸索ではミエリンが豊富であり、しっかりとパックされており、軸索と平行方向の水の拡散(軸方向拡散)は制限されている。しかし、脱髄(ミエリンの障害)があると、しっかりとパックされたミエリンの構造が破壊されるため水は細胞外の空間に向けて自由に放射状(radial)に拡散することになり(自由水の増加)、FA値は低下する。逆に、RD値(radial diffusivity)は増加することになる。
http://www.nyas.org/publications/EBriefings/Detail.aspx?cid=9b22294d-21f6-4821-bbac-6fb5782de370

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 今回の研究では、抗精神病薬投与に関連したFA値の減少は前頭領域ではなく後頭領域で大きい減少を認めた。しかし、抗精神病薬へのさらなる長期的な曝露は前頭領域の変化に関連してくる可能性があり得るであろう。

 一方、FA値の変化が、統合失調症の神経生物学のモデル(=前頭側頭機能不全)と一致する患者の前頭葉や側頭葉領域内に既に存在することも考えられる。

 ここで、非常に高い磁気フィールド(7T)がDTI検査に最近になって組み合わされたことに注目すべきである。Palaniyappanら(2013年)の磁化移動画像(magnetization transfer imaging)研究では、20名のコントロールと比較して、臨床的には安定している統合失調症の17名の患者を調べたが、その研究では後頭-側頭領域の白質の異常が報告されている。これらの異常は視覚処理速度の障害と関連していた。

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 なお、以前、我々は、抗精神病薬の投与に反応した統合失調症の患者と比較して、抗精神病薬の投与に反応しなかった患者では後頭部に明らかな異常(灰白質の厚さが薄い)を有していることを報告している。

 従って、我々は、後頭部のFA値の変化は、統合失調症の治療標的として重要な参考所見になり得るだろうという仮説を提唱したい。

 一方、患者に認められたFA値の低下は、抗精神病薬の投与中に生じたLDLの上昇に関連していた。FA値とメタボリックな測定値との関連性に対しては限られた報告しかないが、今回の我々の所見は、高脂血症とまでは診断されていない高齢の健常者における高いLDL値は低いFA値に関連しているというウィリアムズら(2012年)が報告した内容と合致する。

 さらに、LDLのレベルはMRI画像の大脳白質の重度な変化に関連していると示唆する他の研究データも存在する。

 なお、メタボリックな変化は特に抗精神病薬の投与に関連していると推測されるが、随伴する脳の変化に関する根本的な神経生物学所見ははまだ十分に理解されていない。

 身体のおよそ1/4のステロールは脳に局在しており、ミエリンの主成分としてオリゴデンドロサイトの中のコレステロールが脳の成熟に関しては重要な役割を担っていると考えられている。

 しかし、血清コレステロールの変化が脳内のステロールの代謝に直接影響を与えている訳ではなく、血清コレステロールと脳内ステロールの交換が脳血液関門(BBB)を直接的に横切って生じる訳ではない。適切な脳のコレステロールのメンテナンスに関しては、脳内で超過したコレステロールはチトクロームP-450によって生成されたoxysterol 24S-hydroxycholesteroに変化してBBBを横断することが可能になって外に排泄されるが分かっている。

 一方、抗精神病薬は、コレステロール生合成に関与する遺伝子をアップレギュレートすることが示されている。その論文によれば、HMGCR(3-hydroxy-3-methylglutaryl-coenzyme A reductase、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-補酵素A還元酵素)の酵素活性が増強されて、細胞内のコレステロールが増加することが分かる。

 従って、脳と他の身体構成要素との間のコレステロールバランスの変化は、中枢神経系内部のステロールの変化に関連している可能性があり、白質の統合性に影響を及ぼす可能性があると言えよう。

 なお、今回の我々の研究には多くの制限があり、説明可能な他の研究所見が存在することに留意してほしい。

 今回、我々は、抗精神病薬の長期間にわたる脳への影響は調査していない。今回の実験は、比較的短期間な投薬だったため、抗精神病薬の影響ではなく疾患としての進行の所見であったことを完全に除外することはできないのである。さらに、投薬が開始される1~2年前から既に疾患が始まっていた可能性もある。

 しかし、今回我々が得たデータは、慢性的に抗精神病薬が投与された患者のDTI研究における脳の白質全体にわたる低いFA値というこれまでの研究報告と一致している(ただし、今回の論文で報告された領域とは部位は異なっている)。

 次に、我々は、健常なボランティア群の心血管代謝系のデータを収集していない。さらに、白質の統合性に影響を与える可能性がある喫煙というパターンがあることにも留意しておかねばならない。しかし、喫煙者の割合は今回の被験者のグループ間では著しく異なっていなかったことを述べておきたい。

 さらに、低いFA値は、ボディー・マス・インデックスの上昇や糖尿病と関連している可能性もある。しかし、今回の我々の研究の実施中には、ボディー・マス・インデックスの上昇や糖尿病に罹患したケースは存在しなかった。

 そして、FA値の低下に対する物質濫用/依存による影響にも注目しなければならないが、FA値の低下を示した患者の間にはいかなる物質使用の履歴は同定されてはいないことを述べておく。

 最後に、いくつかの研究において、高齢で発症した統合失調症のケースでは健常な同じ年齢のの白質の統合性(FA値)とは差がないという報告や、若年者と高齢者の統合失調症と間の白質の統合性(FA値)の差がないという報告もあることを紹介しておきたい。従って、抗精神病薬への曝露にも係らず、ある患者では今回の研究で触れた白質の変化に対して抵抗性(回復力)を示すこともあり得よう

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 これまでのことを要約し、我々は、精神病の初発のエピソードにあるケースに対する抗精神病薬投与による白質の統合性の減少が認めらたことを報告したい。長期的な抗精神病薬の投与による白質の統合性に対する影響や、そのような変化を逆にできる可能性があるメカニズムを明確に同定するためには、さらなる研究が必要であろう。

(論文終わり)
 
 なお、今回紹介した論文と全く相反する結果の研究論文がTiago Reis Marquesら(2013年)によって既に出されている。この論文は、白質のFA値は抗精神病薬への反応性を予測しうる指標となる(=FA値が低いほど反応性が悪くなる)ことを提案した論文であるが、白質の統FA値は抗精神病薬によって増加(回復)すると報告されている。すなわち、白質の統合性は抗精神病薬によって回復し、論文では12週後に、抗精神病薬に反応したケース、反応しなかったケース、双方伴にFA値が増加したと報告されている。確かに、今回紹介したNatureの論文でも2名はFA値が増加しているようにも見えるため、抗精神病薬によってFA値が回復するケースもあるのかもしれない。

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 しかし、上の論文ではドラッグ(大麻)を使用していたケースが多く含まれている。大麻は統合失調症を誘発するリスク因子となるが、大麻によって脳の形態学的な異常が生じることは既に報告されている。従って上の論文はサンプルの選択が不適切であったため、結果が正しいとは言えない可能性がある。

 一方、双極性障害でも白質の異常(FA値の異常)が報告されている。

 双極I型障害(BD-I)の患者では、脳のいくつかの領域でFA値の有意な減少があった。対照と比較して、BD-Iの患者では、脳梁の体部と膨大部にそった領域、左帯状束左弓状束の前部、におけるFA値の低下を認めた。そして、精神病の症状を有していた既往歴のあるBD-Iの患者では、脳梁に沿った領域におけるFA値の低下を認めた。これは、BD-Iの患者の脳内では解剖学的な接続障害(anatomic disconnectivity)が生じていることを示唆する所見であろうとSarrazin Sら(2014年)は述べている。

 Sarah Wらは(2013年)、薬剤にナイーブなBDⅡ型とBD非Ⅱ型患者を調べたが、双方とも主要な大脳皮質の白質束におけるFA値の減少、MD値(平均拡散値、mean diffusivity)と垂直拡散値(perpendicular diffusion values)の増加を有していた。この白質の所見は、双極性障害や気分障害における遺伝的要因や疾患の発病に先立つ環境的要因であると理解できると報告している。

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 さらに、統合失調症と双極性障害ではFA値の低下は異なる病態変化に起因している可能性がある。双極性障害ではミエリン障害仮説(Myelin Dysfunction Hypothesis)が唱えられている。Lisa H Luら(2013年)は統合失調症と双極性障害を比較して次のように報告している。
 
 白質の異常が双極性障害で報告されている。DTI画像を用いて、精神病症状を有する未投薬の双極性障害の初発のエピソードにある患者の白質の統合性を、未投薬の初発のエピソードにある統合失調症の患者と比較した。双極性障害では、対照群に比べて、いくつかの白質路においてFA値が低下していた。次に、統合失調症と比較したが、双極性障害では、帯状束、内包、後部脳梁、タペータム、後頭白質(後部視床放射束、下縦束/下前頭後頭束を含む)のFA値が低下していた。双極性障害におけるFA値の低下は、線維束に沿った軸方向拡散ではなく放射状の拡散の増加を特徴としていた。
 
 双極性障害と統合失調症の双方ともに、いくつかの白質路を横切った形での大きな平均拡散率を示した。双極性障害患者における放射状の拡散値の選択的な増加は、神経発達起源による線維束のコヒーレンスの構造学的な脱統合化や線維束に沿ったミエリン鞘の変化であることを示唆している(=BDではミエリン鞘が中心に障害されてFA値が低下する)。
 
 これとは対照的に、統合失調症における白質束に沿った等方性の拡散値の増加は、半径方向と軸方向拡散率の双方の変化を伴っており、これは軸索の外側の空間における水分量の増加であることを示唆している。平均拡散値(mean diffusivity)の変化は虚血の際にも報告されており、拡散値の低下を招く生理学的な主要因は細胞外から細胞内への水の移動であると報告されている。拡散値の変化は、グリア細胞の浮腫で生じ、神経細胞以上に等方性の形状が増す。SZ群における平均拡散値の増加は、軸索外の水分の増加によるグリア細胞の変化(浮腫)に関連している可能性がある(=SZではグリア細胞が中心に障害されてFA値が低下する)。このように、双極性障害や統合失調症では、白質微細構造の異常は異なる病態生理学的メカニズムに起因する可能性がある。

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 さらに、炎症の関与も想定されている。Souhel Najjarら(2014年)は次のように述べている。
 
 5つの神経病理学的研究と2つの神経画像研究からは、統合失調症においては、灰白質よりも白質におけるミクログリアの活性化と関連付けられる一貫性のある証拠が得られている。超微細構造解析では、統合失調症では、痩せ細った活性化したミクログリアやポトーシスのようなオリゴデンドロサイト(オリゴデンドロサイトの障害)が明らかにされたが、その所見は、脱髄、髄鞘化不全だけでなく、浮腫、空胞化したアストログリア(アストロサイトの障害)を伴っていた。2つの神経画像研究では、統合失調症におけるインターロイキン-1β遺伝子の1塩基多型と灰白質の容積の異常や白質の異常との関連性が見出された。
 
 統合失調症の神経病理学的な研究では、眼窩前頭領域の白質における神経細胞の密度が増加しており(=他の細胞が減少している)、炎症性サイトカインの高い転写レベルが示されている。そして、統合失調症では、膝下帯状回と前部脳梁における白質中のアストログリアの密度の減少と特異的に関連していた(他の領域の灰白質や白質では認めらなかった)。なお、アストログリオーシスは一貫して存在しなかった。アストログリアに関する遺伝子発現、mRNA発現、タンパク質濃度に関するデータも一貫していなかった。神経炎症は、統合失調症における白質の病理に関連しており、精神病の最初のエピソードにおいてさえも構造的および機能的な接続障害に寄与するものであろう。

 まだメカニズムは不明だが、統合失調症における白質の変化は炎症によるグリア細胞への障害が関与しているのかもしれない。そして、抗精神病薬に起因する脂質代謝障害によるミエリンへの障害が加わるのかもしれない。現時点ではそのように理解しておくのが良いであろう。

 最後に、今回紹介した論文では、第二世代の抗精神病薬(リスペリドン、アリピプラゾール)によるRD値の上昇は、主に白質経路の後半部(後頭葉、頭頂葉、下縦束の後半)において見出されている。これは加齢によって白質のRD値が上昇していく領域の傾向と似ている。加齢による変化では、皮質や白質束の後方部分から前頭や頭頂方向に向かってRD値の上昇(ミエリンの喪失)が進行していくことが報告されており、今回の論文の所見が事実であるならば、第二世代の抗精神病薬によって脳の白質の加齢的な変化が早まっていってしまうおそれがあると言えよう。

 なお、これまでの灰白質や白質の変化と炎症や神経伝達物質との関係性を総合的にまとめたレビューが本年7月に発表されている。次回は、その論文を紹介したい。