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西田宗千佳の
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PS3値下げの本当の理由は、ビジネスモデルの変更か?
~ 「AVコンピュータ」→「ゲーム機」で49,980円に ~


東京ゲームショウで基調講演を行なう久夛良木健社長

 「日本国内では、ずいぶん高いとおしかりも受けていますからね」

 そう言って、SCEの久夛良木健社長は、PLAYSTATION 3(PS3)の価格改定を発表した。従来HDMI端子のなかった20GB HDD搭載の廉価モデルにHDMIを搭載する変更を行なった上で、価格を49,980円(税込み)へと、大幅な価格改定を行なったのだ。

 以前よりゲーム業界では、半ば希望を込めて「東京ゲームショウで価格改定が行なわれるのでは」との説がささやかれていたが、その願いは最良の形でかなえられたことになる。

 ライバルであるWiiが25,000円、Xbox 360が29,800円(コアシステム)からという価格設定。PS3がかなり高かった(5月の発表価格は20GBが62,790円)こともあり、「ライバルとの差を埋めるための低価格化」ととらえられるが、内情はそう単純でもない。全モデルへのHDMI搭載、そして大幅な価格改定は、「PS3のビジネスモデル変更」を意味しているからだ。



■ 実質25,000円の値下げ? HDMI搭載でソニーの「フルHD戦略」を後押し

 E3でPS3のラインナップが発表になった時、多くの人は価格に驚いた。そして、価格を抑えた「20GBモデル」高付加価値な「60GBモデル」の中身を見て、こう思ったはずだ。

PLAYSTATION 3 20GB(左)、60GB(右)

「買うなら上位モデルしかない」。

 その大きな理由は「HDMIの有無」だろう。すでに何度か述べてきたが、Blu-ray Discのパッケージソフト(BDビデオ)を楽しむ場合、短期的にはアナログ出力でも問題はなかった。だから、「楽しめるものの内容」という意味では、20GB版でも変わりない。

 だが、今後のテレビではHDMI搭載が主流になる。今は持っていなくても、最終的にHDMI搭載テレビを買った時、せっかくのPS3がHDMIでつなげないのはもったいない。

 E3発表当初の20GB版と60GB版の違いは、メモリーカードスロットと無線LAN、HDMIの有無。そして、HDMI以外の2つは、後々増設可能となっている。事実SCE関係者も、以前は「60GB版に関する引き合いが多く、20GBよりも多くの出荷を予定している」と言うほどだった。


【PS3 20/60GBの相違点】(9月23日現在)
  20GBモデル 60GBモデル
HDMI端子 1系統(Ver1.3)
USB端子 4系統
無線LAN
(IEEE 802.11b/g)

(オプション)
カードリーダ
(MS/SD/CF)

(オプション)
Ethernet 1系統
価格 49,980円
(北米価格499ドル)
オープン
(北米価格599ドル)

 だが、今回、20GB版にもHDMIが搭載されたことにより、多くの人が60GB版を選ぼうとしていた理由がなくなった。

 60GB版はオープンプライスだが、E3当時の予想価格は7万円台なかばであった。「PS3は高い」と言われていたのは、20GB版の63,000円が高い、という以上に、「60GB版の7万円が高い」ということだった。

 すなわち、今回の価格改定は、20GB版が14,000円安くなった、というだけでなく、「皆が欲しがっていたHDMI搭載モデルが2万数千円安くなった」という見方もでき、インパクトは大きい。

 今回の変更について、SCE広報は「HDMI搭載テレビも増えてきたための施策。ソニー全体でも『フルHDワールド』を推進しており、その中でHDMIをプッシュしている以上、全モデルHDMI搭載の方が戦略に合致すると考えている」とコメントしている。ソニーのテレビ販売の現場からも「60GB版とBRAVIAの相乗効果を狙っている」との話が聞こえていたが、今回PS3全モデルがHDMI搭載を果たしたことで、より明確にPS3とフルHDを推進できるわけで、皆が望んでいた変更だといえる。



■ 価格改定は「やっぱりゲーム機で始めます」宣言か?

 だが、今回の変更は価格だけではない。その背後にあるのは、PS3のビジネスモデル変更である。

 E3にて、SCEが強調したのは「PS3はエンターテインメント・コンピュータだ」ということである。ゲーム機のビジネスモデルから抜け、「もう一つのパソコン、新しいAVコンピュータ」を目指す。それが、PS3の究極の目標でもあった。

 20GB版と60GB版で構成が大きく違うのは、パソコンのように「その人にあったバリエーション」を用意するため。ハードウエアの価格が高いのも、今まで以上に、早期にハードから利益を上げるため。OSとしてLinuxを採用、ソフトウエア開発環境を公開し、パソコンのような「オープンプラットフォーム」を構築する。そうなると、ゲームソフトからのロイヤリティ収入を得る、というモデルが維持しにくくなるので、ハードでは赤字を生みたくない……。

 これが、E3の段階での、PS3のおおまかな戦略であった。「ハード」の魅力と「プラットフォームとしての将来性」で売る、という戦略といってもいい。だが、今回の発表により、この戦略は大幅に変更されたように見える。

 というのもハード低価格化の裏には、ソフトの価格が高くなる、という問題があるようだ。現時点では、PS3用ゲームソフトの価格は正式発表されていないが、複数の情報筋によると、現行のPS2用ゲームより高く、8,800円から9,800円程度が中心になるという。主な理由は開発コストの上昇だ。

 E3の段階では、この問題に対応するため、SCEはある秘策を準備中であったと言われる。それは、ゲームメーカーに課すロイヤリティの大幅値下げである。ユーザーが開発したソフトがネットで自由に流通した場合、そこからロイヤリティを徴収するのは現実的ではない。とすると、ゲームメーカーに対しても、従来と同じようなモデルで料金徴収をしていくのは難しくなってくる。ロイヤリティが下がると、その分ゲームソフトの価格は下がり、開発費高騰による負担分を吸収、ゲームの価格を維持することも可能になる、という仕組みだったのである。

 だが、その戦略は、事実上後回しとなった。最大の理由は、「オープンプラットフォーム化に耐えるだけの準備ができなかった」からだ。ユーザーに自由にソフトを作ってもらう場合には、様々な準備が必要となる。開発環境、マニュアル、セキュリティ保護、そしてコミュニティ作り。だが現時点では、その準備はまったく進んでいない。ゲームメーカーへの開発サポートですら遅れがちであり、より広範なものを求められる開発環境にはなかなか手が回らない。

 BDプレーヤー機能はともかく、単なるブラウザを超える「AVネットワーク・コンピュータ」を実現するような仕組みについても、PS3内のソフト、ネットワークサービスの両面で、まだまだ準備が進んでいない。久夛良木社長が常々言っていた「AVとネットとゲームが一体となって溶け合うような世界」とはならず、PSPと同様の、ウェブブラウザとインスタント・メッセンジャーが組み込まれた「機能の提供」レベルにとどまる。

 となると、「ハードおよびプラットフォームの魅力で売る」などということは、短期的には望めない。そこで出てくるのは、昔ながらの「家庭用ゲーム機モデル」となる。

 今回の価格改定により、PS3の立ち上げ時におけるビジネスモデルは、PS2のそれにきわめて似てきた。高性能ゲーム機に新しいAV機能を追加したものを、みんなが驚く価格で投入する、というモデルだ。一度成功体験のあるモデルだけに、SCEにも、そして消費者にもわかりやすく、受け止めやすい。

 SCE内部で「決断」が下された時期は明言されていない。だが、ゲームソフト流通関係者などによれば「8月末からマーケティング施策に大きな変化が見られた」という。そしてこの時期は、PS3の生産に問題があることが、同社内部で発覚した時期と符合する。

 60GB版も販売はされるが、販売数量の多くは20GBへシフトする。すなわち、短期的には「他品種戦略」から「1モデル戦略」への転換となる。製造上も、複数のマザーボードを製造する必要がなくなるため、省力化が見込める。

 今回、基調講演の中で久夛良木社長は「ゲーム機」という言葉を何度も口にした。E3で、「エンターテインメント・コンピュータ」と強調したことに比べると、実に対照的な出来事である。

 その結果、PS3が普及するまではハードコスト負担が大きくなり、PS3の理想でもあった「ロイヤリティモデルからの脱却とオープンプラットフォーム化」は先送りされ、ソフトの価格は高騰することとなる。

 量産の遅れもあるため、PS2と違って発売初日に台数を積み上げて垂直立ち上げ……とはいかないが、1年目、2年目を通して見れば、ほぼPS2と同じビジネスモデルを踏襲するだろう。


■ 段階的にエンターテインメント・コンピュータを目指す?

 では、久夛良木氏は「エンターテインメント・コンピュータ」の理想をあきらめたのか? そうではない。今は準備ができなくても、もうすこし時間をかけて熟成させ、PS3が普及した暁こそ、「ほんとうにやりたかったこと」の再出発を目指すだろう。

 今回の久夛良木社長の基調講演の内容は、およそゲームショウ向けの話題とは言い難いものばかりであった。「ゲーム機」という言葉を使いながらも、ネットワークの可能性、コンピュータ・サイエンスをリビングに持ち込む意義、そして新たなAVの姿など、「エンターテインメント・コンピュータかくあるべし」という理想を語った。そのためか、基調講演会場は少々微妙な空気に包まれた。聴衆は「高価格を納得させる具体的ななにか」を求めていたのに、将来の夢を語られたからだ。

 そして基調講演終了後、パネルディスカッションの席上で、皆が求めていた「ゲーム機として納得させる材料」、すなわち価格改定とHDMIの標準搭載が発表された。久夛良木氏が、基調講演でひたすら夢を語ったのは、「ゲーム機としての準備はできた。だから皆さん、そろそろ次を目指しましょう」という意思表示だったのではないだろうか。


□SCEのホームページ
http://www.scei.co.jp/
□PLAYSTATION 3ホームページ
http://www.jp.playstation.com/ps3/
□ニュースリリース(価格改定)
http://www.jp.playstation.com/info/release/nr_20060922_ps3_hdmi.html
□関連記事
【9月22日】PLAYSTATION 3 20GB HDDモデルは49,980円
-下位モデルもHDMI標準搭載に。「喜んでもらえるかな?」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060922/tgs1.htm
【9月6日】SCE、欧州のPLAYSTATION 3発売を2007年3月に延期
-「青色レーザー量産遅れのため」。日本/北米は変更無し
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060906/sce.htm
【5月9日】SCEI、PS3を11月11日に62,790円で発売
-20GBはHDMI非搭載に。60GBはオープン価格
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060509/scei.htm
【3月15日】SCEI、「PLAYSTATION 3」発売を11月上旬に延期
-次世代HDMI搭載も表明。「最先端のBDプレーヤーだ」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060315/scei1.htm

(2006年9月22日)


= 西田宗千佳 =  1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、「ウルトラONE」(宝島社)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]



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