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AI・メタバースLabo ~未来探検隊~

生成AIで「ブラック・ジャック」新作を AIの創造性はどこまで人間に迫れるか?

生成AIで「ブラック・ジャック」新作を AIの創造性はどこまで人間に迫れるか?

2023.07.03


漫画の神様とも言われる漫画家・手塚治虫さんの代表作の1つ「ブラック・ジャック」。

生命と医療をテーマにしたこの漫画の新作を、生成AIを使って生み出そうというプロジェクトが始まった。

急速に進化し続けるAIは、どこまで人間の創造性に迫ることができるのか。

B.J×AI

こちらのブラック・ジャックのイラスト。

生成AIが描いたものだ。

特徴的な白と黒の髪と、顔の傷。

鋭いまなざしは、まさに手塚さんの画風を捉えている。

6月12日に発表されたプロジェクトの報告会。

集まったメディア関係者の目を「くぎ付け」にした。

「ブラック・ジャック」 連載開始から50年

「ブラック・ジャック」は、医師の免許を持たない、いわゆる「もぐり」の天才外科医、ブラック・ジャックが主人公の「生命」と「医療」をテーマにした作品で、日本のみならず世界中で愛読されている。

1973年に「週刊少年チャンピオン」で連載が始まり、およそ10年で全242話が掲載された。ことし連載から50年となる。

外国語版のブラック・ジャック 世界中でも愛読されている

作中で、ブラック・ジャックは多くのエピソードで法外な手術料を要求するが、生きたいと強く願う患者や思想、生き様によっては、時には無報酬で手術を引き受けることもあるという人間味ある姿も描かれている。

ブラック・ジャック「ちぢむ!!」より

医療の限界や尊厳死、臓器移植などをテーマに、社会問題や倫理的な問題にも切り込むこともあり、「命とは何か」「生きることとは何か」を、読者に深く考えさせる。

宇宙人や幽霊を相手に手術するなど、SFやファンタジーの側面も持ち合わせていて、手塚さん独特の広がりのある世界観が読者の心を掴んでいる。

人間の創造性に迫れるか

TEZUKA2023の報告会

発表されたプロジェクトの名前は「TEZUKA2023」。

目指すのは、「ブラック・ジャック」の完全新作を生成AIを使って制作することだ。

しかし、単に新作に挑むだけではない。

チームが掲げるのは、
「人間の“創造性”にAIがどこまで迫ることができるのか」だ。

AIを使って「作家=人間の思考」を分析し、研究していく。

プロジェクトの総監督は、手塚治虫さんの長男の眞さん。

総合プロデューサーは人工知能が専門の慶應義塾大学の栗原聡教授が務める。

総監督を務める眞さん

「AIがサポートすることで、人間のクリエーティビティーがさらに広がると期待している。ブラック・ジャックは作品数が200話以上と多く、ひとつのエピソードの中に沢山の物語性が複雑に絡む構造になっている。手塚治虫らしさという作家の個性も出ている作品だ。作家を分析する上で非常にいい材料になる」

プロデューサーを務める栗原聡 慶應義塾大学教授

「人工知能が創造性を持つことは難しいと思うが、AIのサポートで、我々の創造性を高めることが出来るのか、どれぐらい高められるかということを明らかにしたい。同時に「創造性はどういうことか」という解明にも繋がると思う。言い方を変えれば「人間とは何か」と、こういったアプローチをすることで「人間を知る」ということにもつながって行くと考えている」

生成AIを使った「ブラック・ジャック」とは?

新作は、2つの生成AIを使って、人間と「協同」で制作することになる。

大まかなストーリー作り(プロット)は、テキスト生成AIの「GPT-4」。

そして、キャラクターの顔やコマは画像生成AIの「Stable Diffusion」に生成させる。

AIが生み出した「アイデア」を人間のクリエーターらが漫画の制作に生かしていく。

制作のイメージ

AIに指示を出してプロットや絵を新たに生成させるほか、物語に深みを持たせるための相談をしたりしながら、まさにAIと人間が「二人三脚」で制作を進めていくことになるという。

具体的には、人間がGPT-4に「プロンプト」と呼ばれる指示文を打ち込んで作ることになるが、ブラック・ジャックの物語をGPT-4に生成させるには、登場人物や世界観といった膨大な量のプロンプトが必要になる。

毎回その作業を行うのは負担が大きいため、プロジェクトチームは「プロンプトを生成するプログラム」を新たに開発した。

AIに指示を出すためのプロンプト生成の仕組み

このプログラムにはブラック・ジャック200話以上の「物語の構造」や「登場人物」「世界観」などの「作風」が組み込んである。

クリエーターがこのプログラムに物語の構想に必要な単語を打ち込めば、あとはプログラムが自動的にブラック・ジャックの作風を生み出すためのプロンプトを作り出し、GPT-4に指示してくれるという。

こうすることで、クリエーターは次々とAIが生成したアイデアを検討し、物語の作成を効率的に進めることができる。

画像生成AIには、ブラック・ジャック以外の手塚さんのほかの作品も含めて、キャラクターの表情や背景、筆づかいなど、手塚さんの画風を学習させているという。

手塚さんの画風をとらえたようなキャラクターが出力されている

生成AIが示した可能性

報告会では、生成AIで作られたサンプル画像が公開された。

ブラック・ジャックがスマートフォンを操作していたり、VRゴーグルを装着しているほか、助手でパートナーのピノコがノートパソコンを触っている。

こうした機器は、手塚さんの当時の漫画には出てこない。

AIへの指示によって、表情や体型を変えることなどができる様子も紹介された。

「太ったブラック・ジャック」なども生成できる

さらにストーリーのプロットを生成するデモンストレーションも行われた。

あらかじめサンプルとして表示されていたストーリーをベースに、眞さんがプログラム上に表示された「アイデア」の項目に「コロナ」と打ち込んだ。

プログラムに表示された空白欄に文字を打ち込む様子

すると…

「シーン」と銘打たれた章ごとにプロットが表示された。

以下は、そのプロットの一部だ(原文ママ)。

(シーン1)
1.主人公ブラック・ジャックは、依頼者である大工の山下から、離島にある彼の子供がコロナウイルスに感染し、重症化しているとの手紙を受け取る。

2.山下はブラック・ジャックに子供を助けてほしいと頼み、それに対して膨大な報酬を支払うことを約束する。

3.ブラック・ジャックは手紙を読み、ピノコに子どもの救済が急務だと伝える。

4.一方祈祷師・葉子はブラック・ジャックが子を助ける前にコロナウイルスが離島全体を感染させる兆しを察知し、彼に危険を伝えるため診療所を訪れる。

5.ブラック・ジャックと葉子が協力して離島の住民を助けるための策を練ることになる。

(シーン2)
1.ブラック・ジャック、ピノコ、葉子は離島に向かうための船を手配し、彼らは急いで島へ向かう。

2.島に着くと、想像以上にオークの住民がコロナウイルスに感染していることが分かる。

3.住民の中には、高齢者や子供が多く、重症化する危険が高まっていた。

4.離島の情報収集を始めると、感染拡大を防ぐ方法について現地の医者が研究していたことが分かる。

5.ブラック・ジャックは現地の医者と協力し、感染拡大を防ぐための対策を練ることに決める。

(シーン3)
1.ブラック・ジャックと現地の医者は、コロナウイルスの感染源を特定するために調査を開始する。

2.調査の過程で、ウイルスの感染が予想していたよりも急速に拡大していることが明らかになる。

3.その原因は、感染者に発生していたアレルギー反応であり、彼らが海藻類を食べていたことが判明する。

4.ブラック・ジャックと現地の医者は、海藻類に含まれる成分がウイルスの感染拡大を加速させていることを突き止める。

5.緊急事態発生を察したブラック・ジャックは、感染者の治療法と感染拡大防止策を急ぎ研究・提唱する。

シーンは5まで続く。

これらはあくまでサンプルで、AIが提示したアイデアだ。

実際の作業では、クリエーターは、「ジャンル」「テーマ」「時代」「登場人物」や「雰囲気」などを個別に単語で入力し、AIが生成したアイデアをもとにストーリーを肉付けし、物語に深みを持たせていくことになる。

眞さんが、雰囲気に迫力を持たせるために「迫力」と入力すると、上記のプロットに「破滅」「総動員」「パニック」といった言葉が追加され、より緊迫した内容が表示された。

新旧のプロットを比較 創り手の意思が反映されている
さん

「もし手塚治虫が生きていたらAIを使ったと思う。非常に高い質で漫画を量産していたが手が足りず、AIがあれば手塚治虫はもっと量産できたはずだ。AIを利用することで、たくさんのクリエーターが、より幅の広い仕事をしていく。そんな社会になるのではないか。ただ、おもしろいかどうか。いいかどうかは人間じゃないと判断できない。AIは提案しているだけ。ここから人間の仕事が始まる」

課題は人間の指示次第

AIを使ったブラック・ジャックの制作をめぐる難しさの1つは、どこまで「ブラック・ジャックらしさに迫れるか」だ。

ブラック・ジャック「ふたりの黒い医者」より

今回、AIは物語のプロットやキャラクターなどのアイデアを示すが、実際の漫画のコマ割りやセリフなどは、人間の「クリエーター」がAIのアイデアを生かしながら制作していく。

ブラック・ジャックらしい、手塚治虫さんらしい漫画にどれだけ近づけるかは、AIにどのような指示を出せば、そのアイデアを生かしやすい答えを返してくれるか。

つまり、AIに対して的確な指示を与えることができるのかが重要なカギになる。

6月29日時点では、実際に漫画を制作するクリエーターたちはまだ制作を始めていない。

そのため今後、クリエーターたちがAIと「協同作業」を進めていく中で、より課題が見えてくることになるという。

なお、生成AIで制作するブラック・ジャックの新作には、AIで生成された新キャラクターも登場する見込みだ。

「ドクター・キリコ」 この作品の重要な役割を担っているキャラの1人だ 

ブラック・ジャックと対極の思想を持ち、作中何度も意見が衝突する医師「ドクター・キリコ」のような、読者の印象に残るようなキャラクターになることをプロジェクトチームも期待しているという。

ブラック・ジャックは、ことし秋に、秋田書店から出版される「週刊少年チャンピオン」で掲載される予定だ。

人間の創造性とは何か

今回のプロジェクトの主要テーマ「創造性とは何か」。

プロジェクトをけん引する2人は次のように語った。

プロジェクト総監督 手塚眞さん

「創造性は“0”から生み出されるという考えがあるが、大きな間違いで、実際は作者が体験したこと、見たものなど、色々な情報を頭の中で作者なりに整理して組み合わせて自分の形として表現している。それが創造性の核心的な部分だ。今回のプロジェクトはハードルは高いと考えているが、「ここまでできるんだ!」ということを伝えたい。私も非常に期待しているプロジェクトだが、いろんな意見も出てくると思う。批判も受け止めていく覚悟だ」

総合プロデューサー 栗原聡教授

「創造性は大きく2つあると考えている。『何もないところから生み出すもの』。もう1つは『情報を掛け合わせて新しいことを着想すること』だ。AIは後者をサポートすると考えていて、組み合わせのための候補や材料を大量に瞬時に提供するAIの力によって、人間は創造性やポテンシャルを引き出すことができると考えている。専門性がない人でもAIによって『創造ができる』ということは、今後さまざまなものが生まれてくることを示唆しており、大いに期待したい」

AIは天才を超えるか

私がこのプロジェクトを関係者から最初に聞いたのはことしの3月上旬だった。

当時はまだ秘密裏に進められていたが、大変興奮したことを覚えている。

「手塚プロ公認で、あのブラック・ジャックの新作が読める!しかもAIで!?」。

小学生のころ、学校の図書館に並べられていたハードカバーの分厚い漫画を夢中で読んでいた時の記憶が鮮烈に蘇った。

手塚プロダクションによると、ブラック・ジャックのコミックスは、国内の累計発行部数は2020年1月時点で4766万339部、海外でもアメリカ、フランス、スペイン、イタリア、中国、韓国、台湾、タイ、ベトナムで出版され、明確な統計はないものの1億部以上の発行部数があると言われている。

今回の新作プロジェクトも大きな反響を呼ぶことは間違いない。

手塚治虫さんは漫画を通して、さまざまな未来の側面を描いてきた。その中には、人間の使い方によっては、結果が良い方にも悪い方にも変わってしまうという、AIへの警鐘が込められた作品もある。

「サスピションーハエたたき」より

科学技術の進歩と倫理的な課題という相反する側面、社会の不確実性や複雑さを、ウィットを交えて表現=創造してきた手塚さん。

長男の眞さんは、手塚さんのことを「天才」と話す。

人間の天才が作り出す、創造的な物語に、AIはどこまで迫ることができるのか。

そして、超えてしまうことはあるのか。

面白くもあり、怖くもあるが、きっと新しい何かが生まれる予感がする。

ことし10月からは「連載50周年記念 手塚治虫 ブラック・ジャック展」も開催される。
ブラック・ジャックからますます目が離せない1年になりそうだ。

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