会長就任――ラーメンの源 探る旅 中国全土、300種類食べ歩く 日清食品創業者 安藤百福(27)
1985年(昭和60年)、経営陣の若返りを図るため、息子の宏基に社長の座を譲り、私は代表権のある会長として残った。社長は37歳だった。社内にも多くの人材が育っていて、世代交代を考える時期にきていたのである。幸いまだ私は元気だったし、経営に目が行き届く間に現場を譲りたかった。
1985年(昭和60年)、経営陣の若返りを図るため、息子の宏基に社長の座を譲り、私は代表権のある会長として残った。社長は37歳だった。社内にも多くの人材が育っていて、世代交代を考える時期にきていたのである。幸いまだ私は元気だったし、経営に目が行き届く間に現場を譲りたかった。
社長は自らを「門前の小僧」と言い、幼いころに私の開発作業を手伝って、創業に立ち会ったことを誇りにしてくれている。即席めん事業の経験は社内で一番長く、ずっと新製品開発の陣頭指揮をとってきた。私の苦労を見て育ったことが経験として身に付いているのだろう。世襲制については賛否両論があるが、私は特にこだわらない。器にあらざる者をその器に据えると、本人も周囲も不幸になる。もし優秀な人材がいるなら、いつでも登用するのにやぶさかではない。
さて、一段落した私は、食の世界に身を投じて以来、ずっと気になっていた郷土料理を探訪する旅を始めた。日本人は何を食べてきたのかを調べたかったのである。仕事いちずで旅行をする機会も少なかったから、行く先々で味わう料理は新鮮で、食品開発の参考になった。
特に全国至る所で出合った自慢のそばや豆腐料理には、生活のにおいがあふれていた。熊本に伝わる「豆腐のみそ漬け」はチーズのような味わいの発酵食品だし、長野県松本市の「凍豆腐(しみどうふ)」は、豆腐を冬の軒下につるして乾燥する保存食で、炊くとすぐに軟らかくなる立派な即席食品だった。
人間は昔から生きるために食べ物の保存に心血を注いできた。そこから加工の知恵が生まれ、料理の工夫が始まったのである。その中で体に良いものが伝えられて郷土料理として残っているのだと思う。
北海道から沖縄まで4年間にわたって食べ歩くうち、多くの食の研究家と知り合った。尚弘子琉球大学教授(当時)や、鹿児島の今村知子さんらとは再三お目にかかりご高説をうかがった。
日本列島を一回りした後は、いよいよラーメンのふるさとを訪ねたいという気持ちになった。私はめん類を「加工食品の最高傑作」と思っている。一体いつ、だれが、どこで、ラーメンという不思議な食べ物を生み出したのだろうか。そんな疑問にとらわれて中国に旅立った。
「麺(めん)ロード調査団」と名付けて、延べ36日間にわたって大陸を歩いた。その全行程に料理研究家の奥村彪生(あやお)さんが同行してくれた。食べためんは300種類を超えた。シルクロードのウルムチ、トルファンにまで足を運ぶと、漢語の「拉麺(ラーミェン)」がイスラム教徒の間では「ラグマン」と呼ばれ、西域こそがラーメンの源流であると主張していた。ラーメンは中国で発祥しマルコ・ポーロがイタリアに伝えてスパゲティになった、という私たちの仮説は揺らいだ。
このなぞを解くため、引き続いて「麺の系譜研究会」を組織して、石毛直道・国立民族学博物館教授(現名誉教授)を団長に、中央アジアからイタリアへと調査を広げた。この一連の調査によって、めんはやはり中国を起源とし、シルクロードの東西交流の歴史とともに、イスラム世界を経てイタリアに伝わったとされた。
めんを伝えたのはマルコ・ポーロではない。オアシス伝いに民衆の台所から台所へと何百年もの時間をかけて伝播(でんぱ)していったのである。めん食の歴史、世界的分布、伝播の経路などがこの調査によってほぼ明らかにされた。ロマンに満ちた、楽しい仕事だった。
この連載は、2001年9月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」および「私の履歴書 経済人 第36巻」(日本経済新聞出版社)の「安藤百福」の章を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。
[日経Bizアカデミー2014年6月26日付]
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