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気まぐれドライブ探険隊
■薬草の働き
 多気町西部の波多瀬は山地と櫛田川、麓に水田が広がるのどかな町だ。北は櫛田川を境に松阪市と接し、往時は向こう岸の幹線道路へと舟渡しで渡っていたという。
 波多瀬で生まれた人物に、江戸時代の本草学者・野呂元丈がいる。本草学とは薬草を中心に鉱物や動物などの種類、性質、分布を研究する医学に関係する学問。元丈は紀州藩出身の徳川吉宗が江戸幕府第八代将軍になると、幕府お抱えの採薬師となって全国をめぐり、後に将軍に直接会える御目見医師ともなって活躍した。
 最初の訪問先は元丈の業績を伝えるために整備された"中山薬草薬樹公園"。園内は薬草や薬樹、ハーブにこだわって植栽されており、普通の庭園や公園とは趣が異なっている。プレートに薬効も記され、普段何気なく見過ごしていた植物が、実はそれぞれ大事な役目を持って生まれてきていることに気付かされる。一つひとつの植物を丹念に研究し解明していった先人たちに思いを馳せると、素直に頭が下がる。
 多気町薬草薬樹公園活性化施設として公園隣に整備されたのが"元丈の館"。「特に人気なのは"薬草の足湯"なんですよ」と話すのは館長の中戸さん。湯はドクダミやヨモギ、シソなどの薬草とハーブをふんだんに使って煎じられているため、何とも言えない濃い色をしており、独特の香りが心地いい。
 伊勢市から毎日通っているというご夫婦などリピータ-が多いのも特徴で、うわさを聞いて通い始めたという男性は「体の調子がいい」と話す。まさに人足が途絶えることがない足湯なのだ。
 足が軽くなった後は薬膳料理に舌鼓。"元丈うどん定食"はシソを練り込んだ自家製うどんのほのかな香りが魅力。おかずは日替わりで、この日は土日限定の"薬草の天ぷら"が登場♪地元の方々と協力し町から集めているという数種類の薬草の風味が、サクサクの衣と調和してなかなか美味しかった。
 波多瀬では公園を中心とした一帯を"元丈の里"と呼び、町おこしに取り組んでいる。公園の薬草管理や足湯に使用する薬草を育てているのは、住民によるボランティア組織の一つ"元丈の里薬草部会"。「薬草の中でも多年草なら冬に枯れても春には芽を出します。一年草はタネが採れなければ姿を消してしまうのです」と話すのは同会会長の深田さん。薬草薬樹を維持するためにも勉強会などで知識を深めることが大切だという。こうした地域の人々のつながりも、薬草がもたらしてくれたとっておきの効能の一つなのかも知れない。

■朱塗りの土器
 次に訪れたのは元丈の館からクルマで約5分の所にある、ふるさと交流館せいわ。館内に整備された勢和郷土資料館では遺跡や野呂元丈コーナーなどの常設展示、年数回の企画展示が行なわれている。
 元丈に関する興味深い資料のほか、この地域の歴史・文化を語る上で見逃せないのが"丹生水銀"に関する数々の展示物だろう。いくつかの赤みをおびた岩石は"辰砂"という水銀鉱石で、古くは"丹"と呼ばれたもの。丹生という地名は"丹を産出する土地"を表していると言われ、本州・四国・九州に及ぶ大断層である中央構造線沿いに"丹"が付く地名や鉱山が分布しているのだ。とりわけ多気町丹生は豊富な辰砂の産地として全国的に知られていた。
 多気町丹生の鉱山近くから発掘されたという縄文時代の土器をよく見てみると、表面に辰砂を砕いて作った顔料"朱"が塗られており、この地方で早くから着色剤として使われていたことが分かる。辰砂はその希少性と顔料や防腐剤、消毒薬などの多様な用途があったため非常に高級なものだった。今では考えられないことだが、不老長寿の妙薬の材料として権力者が求めたとも言われる辰砂は、幾世紀にも渡って町に大きな富と賑わいをもたらした。
■丹を生む土地

 水銀鉱山で栄えた町・丹生までは和歌山別街道が通じている。次の訪問先は通称"丹生大師"として親しまれている丹生山神宮寺。平安時代の弘仁4年(813)、高野山を開いた弘法大師(空海)がここを訪れ、自分の師が創建した寺と知って七つの堂を建立したと伝えられている。
 軒の深い屋根を持つ仁王門をくぐると、まずは夏の花・睡蓮が咲き誇る池で癒しのひと時を。その名に"睡る"と付いているように夕方には花が閉じてしまう(夜咲き種もある)のだが、そこがかえって魅力となる花である。
 仁王門をはじめ客殿、護摩堂、本堂など境内には江戸時代建立の建物が多い。本堂のある境内広場から弘法大師がまつられている大師堂へは石段がのびており、その石段に平行して珍しい回廊が設けられている。回廊とは寺院などの建物を囲む屋根付きの廊下のことだが、ここでは壁や窓も造られており見応えがあるのだ。
 丹生大師の近くには水銀鉱山があり、古代から掘り続けられた幾つもの坑道が存在しているという。最後の目的地・丹生水銀坑跡への山道入口には広い駐車場が整備されており、坑跡へはわずか100mほどでたどり着くことができる。
 坑道入口は左右に古代と昭和時代のものが隣り合い、夏だというのに奥から寒さを感じるほどの冷気が流れ出てくる。穴は岩石をくり抜くように掘ってあり、手作業での採掘にはおそらく相当な苦労があったはずだ。
 鎌倉時代に最盛期を迎え、江戸時代には資源減少により採掘が中断された丹生鉱山。ところが昭和になって約400年ぶりに採掘を成功させたのが、東京で書店を営なみながら郷土の地下資源について研究していた北村覚蔵氏。丹生に移り住んでから有望な鉱脈を選ぶまで、調査に10年を費やし、水銀の精錬までこぎつけたという。鉱山とともに栄え、多くの鉱夫や商人で溢れた町の歴史を坑跡は静かに伝えている。

▲いつも人足が絶えない『薬草の足湯』は無料♪元丈の館にて。
▲地元で採れた薬草や野菜、古代米などの販売コーナー。
▲赤色顔料や水銀の元となる辰砂(硫化水銀)。
▲睡蓮の池ごしに見る仁王門。丹生大師にて。
▲大師堂へ登る石段と平行している回廊は、県下唯一という珍しいもの。靴を脱げばここを上がっていくことができる。
 
 
A.中山薬草薬樹公園
TEL0598-49-3933
(元丈の館)
B.元丈の館
開館時間/9時~17時
定休日/水曜 ※薬草の足湯は無料
TEL0598-49-3933
C.勢和郷土資料館
(ふるさと交流館せいわ内)
開館時間/10時~18時
休館日/火曜、祝日
(火曜が祝日の場合、その翌日は振替休館)、毎月最終日(土・日を除く)
TEL0598-49-4500
D.丹生大師(丹生山 神宮寺)
TEL0598-49-3001
E.丹生水銀坑跡
TEL0598-38-1117
(多気町役場 産業環境課商工観光係)
上記の記載内容は、平成25年6月の取材データに基づき作成したものです。 BACK