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針穴写真1

ピンホール

ピンホールカメラから始めようピンホールの適正径一眼レフを使った実験ピンホールカメラの特性光の鉛筆

1.「初歩のカメラ」

 笹下研究所のホームページを開いてから早1年、この度アクセス数の増加をねらって新しいコーナー「初歩のカメラ」を設けることとなった。初歩のカメラとは少年時代にお世話になった月刊誌、「初歩のラジオ」をもじった題名である。
 初歩のラジオ(以後初ラと記す)はラジオ・オーディオ・アマチュア無線の自作マニアを対象とした趣味の雑誌である。小生は70年代に愛読していたが、80年代にパソコンブームが始まると少年たちの興味はパソコンに移り、初ラやラ製(「ラジオの制作」)、CQ誌などは人気を無くし、アスキーやI/O、トラ技(トランジスタ技術)などに読者を奪われていった。こうして初ラはみるみる薄くなり、とうとう姿を消してしまった。ラ製は初ラよりはがんばったようであるがやはり姿を消し、唯一生き残ってたCQ誌も、以前は電話帳のようだった厚みが半分以下になってしまった。まことにさみしいことである。
 少年時代の第一の興味は電気関係にあったが写真もまた好奇心をそそる対象であった。ただ小生の場合、何か撮りたい対象があるとか芸術的な作品を撮りたいとかというよりは、むしろ写真が写る仕組みや現像・焼き付けなどのプロセスに興味があるのであり、当時こういった要求に応える雑誌はなかったのである。
 「初歩のカメラ」(以下初カと略す)という名前は懐かしい雑誌「初歩のラジオ」を偲び、その復活を願うとともに写真に興味を持つ少年少女や、あるいは同じ心を持った大人に見てもらいたいという願いを表した名前なのである。


2.ピンホールカメラから始めよう

 一見してカメラの自作はラジオほど容易ではないように思えるが例外はある。それはピンホールカメラである。そもそも商品として流通しているピンホールカメラは極めて少なく数えるほどしかなく、ピンホールカメラを楽しむと言うことはカメラの自作を前提としているといっても過言ではない。またピンホールカメラは安価な材料を使って制作することができるから、小遣いの少ない学生や貧乏な大人にはまさに打ってつけの趣味といえる。
 ピンホールカメラは最も原始的なカメラであってその構造は単純極まりないが、実際にこれを使って写真を撮ってみると様々な問題に遭遇し、その奥の深さを知る。
 実を言うと小生も、元々針穴写真の趣味があるわけではなく、むしろ全くの初心者であって、このコーナーとして始めるにあたり勉強を始めた次第である。参考にした文献は以下の二書である。
 
(1) 『母と子の針穴写真』 田所美惠子著:美術出版社
(2) 日曜日の遊び方『針穴写真を撮る』 田所美惠子著:雄鶏社
 
いずれもボリュームは無いものの針穴写真を始めるのに必要な事項は一通り書かれている。またセンスも良く構成されており、手作りの雰囲気がする良書であると思う。残念ながら街中の書店の棚に見かけたことはないが、(横浜では)図書館に行けば結構簡単に見つけることができる。針穴写真をやるなら是非一度ご覧になることをお勧めする。
 針穴写真やピンホールカメラを取り上げたウェブサイトは、上記の著者である田所氏のホームページをはじめとして多数存在する。当笹研では科学的好奇心という視点に限定し、他のサイトとの重複を避けることにする。


3.ピンホールの適正径

 針穴写真を始める上で最初に出会う問題はピンホールの大きさである。ここではおおざっぱな理論を立ててピンホールの適正径を推測し、実験によって確かめる。
 ピンホールカメラは光が直進する性質を利用して被写体の像をフィルム上に投影し、撮影する。その様子を図1ー1に示す。このときフィルム上に形成される像の画質、すなわち解像度が最も高くなるピンホールの直径を求める。

図1ー1 ピンホールカメラの原理図

 被写体の点Pからの光はピンホールを通ってフィルム上に達するが、このとき形成されるスポット、すなわち点像の大きさを求め、それを最小にするピンホール径を求めればよい。
 まず幾何光学的に計算されるスポット径S0は、ピンホールの直径D、撮影距離L、投影距離Mによって下式で表される。


 前後するがここではピンホールから被写体までの距離を撮影距離、ピンホールからフィルムまでの距離を投影距離と呼ぶことにする。投影距離は焦点距離とかフランジバックなどと呼ばれることが多いようであるが、これらはレンズないしレンズカメラの用語であり、これをピンホールカメラに使うことには抵抗を感じる。
 (1-1)式でスポット径が決まるのであれば、ピンホール径Dは小さければ小さいほどスポット径も小さくなって良いのであるが、実際には光の回折があるのでそうはならない。ピンホールの形状は真円が良いとされるがこれは回折を使って説明することができる。回折光はピンホールのエッジで生じるとされるから、できる限りエッジの少ない形であることが望ましい。そして同一面積で最もエッジの少ない形状は円であるからこれが最適な形状となる。ちょっと怪しい説明であるが間違いではないだろう。
 では回折の影響を見積もることとしよう。図1−2のように直径Dのピンホールに波長λの平行光が垂直に入射するとき、スクリーンには同心円状の強度分布を持った縞模様が形成される。このとき回折光強度がゼロになる最小の回折角θは(1-2)式を満たすことが知られている。

図1−2 ピンホールの透過光が作る回折像


 したがって回折像の第一暗線、すなわち最も内側で強度がゼロになる円の直径Aは、図1−1の表記を使って(1-3)式で求められる。


 (1-3)式は無収差レンズが作るスポットを表すエアリーディスク(Airy disk)の直径を表す式と同じであり、光学系の限界解像度を求める際によく現れる式である。
 以上のことから、幾何光学的な点像に回折による広がりを加えた実際のスポット径は、おおざっぱにS0Aの和であるとして(1-4)式となる。


 さらに撮影距離が投影距離より十分に大きい(LM)とすれば(1-5)式が得られる。


 一例としてλ=550nm,M=45mmとしてSDの関数としてグラフ化したものを図1−3に示す。

図1−3 ピンホール径とスポット径の関係

 (1-5)式のスポット径Sは右辺の第一項と第二項が等しいとき最小値をとり、そのときのD、すなわちピンホールの最適径は


となる。(1-6)式は物理研究委員会さんのホームページで使っている式と一致しており、さらにλに可視光の中心波長550nmを使って得られる式


Photobreezeさんの「ピンホールカメラで行こう」や、「林敏弘のモノクローム・フォト・ギャラリー」の式とほぼ一致していることから、以上の議論はおおかた間違っていないと考えて良いだろう。


4.一眼レフを使った実験

 実際に異なる大きさのピンホールを使って写真を撮り比較して見よう。ここでは一眼レフのボディキャップにピンホールを取り付けてピンホールカメラを作ることとした。恐らくこれが最も簡単な方法である。


4−1.ピンホールを作る

 ピンホールの作成は前記した田所氏の著書に書かれている方法、すなわちアルミ缶から切り出したアルミ片に針で穴を開ける方法を使用した。詳しくは同書ないしは「林敏弘のモノクローム・フォト・ギャラリー」などをご覧頂くこととして、ここでは簡単に説明しておく。まず薄手のアルミ缶の側面からアルミ片を切り出し曲がり癖を延ばして平らにする。大きさは20mm角以上あればやりやすい。これを木片のような適当な堅さの下敷きの上に乗せ、細めの縫い針などを突き刺して穴を開ける。針を抜いたあとのかえりをサンドペーパーで削り落とし、注意深くバリを取り除けば完成である(図1−4)。

図1−4 ピンホールの制作

 ピンホールの径は針を刺す深さで決まるので、実際にはまず小さめの穴を開け、目盛り付きのルーペで径を測りつつ徐々に針を刺す深さを増していき、必要な大きさになったところでストップする。
 こうして作ったピンホールをイメージスキャナで撮したものを写真1−1に示す。これを見るとピンホールの周囲に同心円状の削り跡があり、穴の周囲が薄く削られていることが分かる。これがこの方法の優れている点の一つである。



写真1−1 作成したピンホール

 図1−5に示すように、ピンホールに斜めに入射する光線については、ピンホールの持つ厚みによって一部が遮られる現象が起こるが、上記手法のように針で開けたピンホールでは、ドリルで開けたピンホールに比べ、周囲の厚さが減じられる分だけ遮られる光線が少なくなるのである。

図1−5 斜入射光が厚みによって遮られる様子

 このような特徴のため、本手法で作られたピンホールは意外なほど広角の写真を撮る際にも使用することができる。斜入射光の減少を防ぐためには、アルミ箔や銅箔のように薄い素材を使う方法もあるが、このような箔は機械強度が弱く扱いづらい。扱いやすい厚さで広角写真に対応できるというのは大変ありがたいことである。
 ピンホール周囲の厚さは針を刺す際に使う下敷きの硬さで調整することができる。下敷きに硬い木片を使うと写真1−1の周囲の削り跡は少な目になり、ドリルで開けた穴に近い断面形状になると考えられる。このような条件では容易に真円度の高いピンホールを得ることができる。
 逆に下敷きが柔らかいと周囲の削り跡は大きく広がり、薄い領域も広がる。ただ薄くなる分エッジの強度は弱くなるため、些細なことでエッジを傷つけて真円度を悪化させる恐れがあるので気を付けなければならない。
 広角写真を撮るピンホールを作る際には柔らかめの下敷きを用い、それ以外ではやや硬めの下敷きを使うなど使い分ければよいだろう。


4−2.ピンホールをカメラに取り付ける

 一眼レフのボディキャップに制作したピンホールを取り付ける。
 通常はボディキャップの中央に数ミリの穴を開け、ピンホールが中央に位置するように粘着テープないし接着剤で張り付ければ十分であるが、手持ちのボディキャップは実験に使ったためすでに穴だらけである。そこで下図のように中央に穴を開けた円形の板を用意し、これにピンホールを貼り付けた後、板を大きな穴が開いたボディキャップに貼り付けた。

図1−6 ボディキャップ(マルミ光機製)にピンホールを取り付ける


4−3.実験条件を決める

 使用したカメラはキヤノンのFTbで、ボディキャップを取り付けたときの投影距離Mを実測すると約45mmであった。このときピンホールの最適径は(1-7)式から0.25mmであるが、図1−3を見ると0.2〜0.3mmの間でスポット径は最小値とほとんど変わらない。実際の光は幅広い波長を含むため、400nm(青)と700nm(赤)の光についても調べてみると図1−7のようになる。

図1−7 異なる波長でピンホール径とスポット径の関係を計算したもの

 これを見ると550nmで計算した最適径0.25mmであれば、可視光のほぼ全域で最小のスポット径になっており、(1-7)式の値を可視光の最適径として良いことが分かる。
 またピンホール径の許される範囲については、可視光全域を考慮すると単一波長の場合より若干狭まるが、それでも1割や2割程度最適径からずらした程度では明らかな優位差が見られない可能性が十分ある。ここではやや大きく振って 0.15mm,0.25mm,0.32mm の3種類のピンホールを用意した。F値はそれぞれ300,180,140となる。



写真1−2 ピンホール付きボディキャップをカメラに取り付けた様子

 田所氏の著書や多くのホームページに書かれているので今更改めて説明することもないと思うが、念のため露出の決め方について簡単に触れておく。
 一眼レフに内蔵されている露出計あるいは単体の露出計を使い、使用するフィルム感度で所定のF値(F0)でのシャッター速度T0を測定する。このときピンホールカメラのF値をFpとすると、必要な露出時間Tpは以下の式で求められる。




4−4.撮影結果を見る

 晴れた日に横浜港で接岸しているフェリーを撮影した。使用したフィルムはネオパンSSである。撮影後フィルムは自家現像し、ネガをフィルムスキャナで読み取った。
 全体の画像だけでは違いがわかりにくいので、船尾のロゴが書かれている部分を拡大したものを合わせて示した。針穴写真を撮った経験がある方なら分かると思うが、初めて写真を見たときには、想像した以上きれいに撮れていることに驚き、感動するものである。
 拡大写真を見ると画質の優劣は明らかであり、0.25mmが最も良く、ついで0.32mm,0.15mmの順である。

D = 0.15mm, 露出:6秒
D = 0.25mm, 露出:2秒
D = 0.32mm, 露出:1秒

 同じ日に山下公園からみなとみらいの方角を撮影した。
 0.25mmが最も画質が良い点は同じであるが、こちらの写真では0.15mmのほうが0.32mmよりも優れているように見える。ピンホールカメラの解像度は光線の波長に依存し、照明光の色温度や被写体の色によっても異なるからこういったことは十分あり得る。最適径の0.25mmであれば色温度や被写体に関係なく、常にベストの画質が得られると考えて良いだろう。

D = 0.15mm, 露出:6秒
D = 0.25mm, 露出:1秒
D = 0.32mm, 露出:1秒


5.ピンホールカメラの特性

 画角、すなわち投影距離とフィルムサイズの比を固定するとき、画質と明るさがカメラの大きさ(ここでは長さのディメンジョンとする)によってどのように変わるか考えてみよう。
 ピンホール径は(1-7)式を満たすものとするとカメラの大きさの平方根に比例する。一方解像度はピンホール径に比例し、フィルムサイズとピンホール径の比が画質を反映するから、結果として画質はカメラの大きさの平方根に比例することになる。なおここで言う画質はフィルム幅内に描くことができる線(縞)の数に対応するもので、画素数の平方根に相当する。
 一方F値は(1-7)式を投影距離Mで除して、


 となり、カメラの大きさの平方根に比例することがわかるが、明るさはF値の二乗に反比例することから、カメラの大きさに反比例することになる。
 結局以下のような結論になる。
 
(1) 画質はカメラの大きさの平方根に比例する。
(2) 明るさはカメラの大きさに反比例する。
 
 針穴写真愛好家の多くがブロニーフィルムやシートフィルム、あるいは印画紙などの面積の大きなフィルムを使う理由の一つは(1)にある。すなわち画質を重視してできるだけ大きなフィルムを使うわけである。
 一方その逆がビデオカメラに使われるピンホールである。1/4インチCCDは35mmフィルムの7分の1ほどの大きさであるから、(2)より明るさは約7倍となる。また(1)の理由から画素数を増やしても意味がなく、画素数が少なければ単位画素の面積を大きくできて感度が上がる。通常のカメラでは暗すぎて実用にならないピンホールが面積の小さいCCDを使ったカメラに使えるのは、このようなピンホールカメラの特性によるものと考えられる。
 

6.光の鉛筆

 (1-5)式のスポット径Sは、強度がゼロになる径を表したもので半値幅ではない。光学系の解像度限界がエアリーディスクの半径(A/2)であるとされていることから考えると、最適径のピンホールを使ったカメラの解像度もS(=2D)ではなく、Dすなわちピンホール径に近い可能性がある。これを確かめるには解像度チャートなどを撮影して解像度を定量化する必要があるが、ここではそこまではつっこまないこととする。
 ピンホールカメラは古くからあるものなので、恐らく十分に研究し尽くされているのであろうが、その詳細を知る者は案外少ないのではないだろうか。ならばもともと無いものとして独自に研究してみるのも一つである。なんでも調べて済まそうとするのは最近の人の良くないところである。自分の頭で考え、試してみることで得る知識は、たとえ調べることで得られるものと同じ結論であっても、苦労した分だけの価値はあるものである。もちろん大学や企業で針穴写真の研究など取り上げるはずもないが、街のアマチュア科学者や中高生には最適のテーマではないかと思うのである。
 最後に最適径を求める(1-7)式をグラフ化しておく。田所氏は著書でピンホール径は0.3mmが好ましいとしているが、実際0.3mmであれば実用と思われる範囲(45mm〜90mm)で最高ないし最高に近い画質が得られるものと思われる。
 0.3mmといえば尖った鉛筆の先の太さぐらいであろうか。針穴写真はちょうど光の鉛筆を使って正確無比に写生した絵画のようなもので、使い捨てカメラ(正しくはレンズ付きフィルム)で撮ったピンぼけ写真ではとても出せない味があるのである。

図1−8 投影距離Mとピンホールの最適径Dの関係

「初歩のカメラ」ピンホールカメラから始めようピンホールの適正径一眼レフを使った実験ピンホールカメラの特性

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