'99.4.22


カープ年表
 (6)1954年 


―4位 56勝69敗5分け

たった1球で敗戦投手に

 勝負の世界は、実に怖いものである。運命のいたずらなのか、1球に笑うこともあれば、泣くケースだってある。五四年六月十二日の国鉄戦(高崎)。救援した片山博にとってはまるで悪夢のような、痛恨の一球だったに違いない。

 九回表、代走金山次郎の好走塁などで2点を挙げ、3―3の同点に追い付いた。その裏、マウンドに上がったのが片山だった。打席に迎えたのは、左翼手安居玉一。この日、無安打だったとはいえ四番打者。不用意に投じた初球を物の見事に左中間スタンドへ運ばれ、あっけない幕切れとなった。

 1球敗戦投手の球団第1号。勢いづいていた広島のナイン、ベンチも一瞬のことに、ただあ然とするばかり。片山はこの敗戦のショックから立ち直れず、夏場も運に見放されたまま。勝ち星を挙げたのは、やっと秋口になってからだった。

 片山と同じ不運な目に遭ったのは、六二年五月二日の巨人戦での大羽進がいる。逆に幸運の1球勝利投手は、安仁屋宗八が六八年六月三十日の阪神戦、宮本洋二郎が七一年五月三十日のヤクルト戦で記録している。


カープ年表
打撃王来る

セ・リーグの技術向上のため来日し、取り囲んだ左から山川武範、藤原鉄之助、銭村健四、門前真佐人の各選手に、打撃コーチをする元ニューヨーク・ヤンキースの打撃王、ディマジオ氏
(2月12日、広島総合球場)



1・12
 訪比選手団が羽田を出発。(2月2日帰国、戦績11勝1敗)

1・14
 就任間もないフィリピンのマグサイサイ大統領が山本正房団長、白石勝巳監督ら5人と会見。日本人と会うのは初。

1・18
 訪比選手団一行がモンテンルパ収容所を訪問。

1・26
 広島市が市議会各派交渉会で大手町中を国泰寺中へ吸収し、跡地へナイター球場を建設する計画示す。

2・11
 新婚旅行を兼ねた元ヤンキースのジョー・ディマジオと女優マリリン・モンロー夫妻らが日航機で岩国空港に着き、宮島口(広島県佐伯郡大野町)に一泊する。

2・12
 ディマジオら3人が2日間にわたり、広島総合球場でカープナインに打撃指導などをする。13日にはモンローも球場に姿を見せ、ファンを喜ばす。

3・16
 二軍を主体とした新日本リーグ6球団のニックネームが決まる。広島は広島グリーンズ、本拠地は呉。名付け親は在広作家の畑耕一氏。

4・11
 新日本リーグ開幕。

4・21
 中日戦(広島)終了後、ファンがグラウンドに飛び下り、塁審を殴る。中日の木下貞一はスタンドから投げ入れられたラムネびんの破片で右耳に軽傷。

4・22
 鈴木竜二セ・リーグ会長から暴行事件で警告受ける。

5・11
 巨人戦(後楽園)に完封勝ちし、初の6連勝。

5・31
 セ・リーグ裁定委員から河口豪代表に対し、制裁金5万円と球場設備改善などの裁定書が交付される。

6・12
 国鉄戦(高崎)で九回、救援の片山博が初球を四番安居玉一にサヨナラ本塁打され、1球で負け投手に。

6・24
 阪神戦(大阪)で金山次郎が通算1000試合出場を達成。25人目。

6・25
 広島市営野球場建設促進協議会の第1回会合で、紙屋町西北に2万人収容のナイター球場建設実現を期すことを決定。

7・7
 国鉄ダブルヘッダー(広島)第2試合で白石監督兼選手が日本プロ野球史上初の通算1500試合出場を記録。(この時点で2位は川上哲治=巨人=の1412試合)

8・15
 洋松ダブルヘッダー(西京極)第1試合で金山が通算1000安打を記録。リーグ14人目。

8・20
 児童文化会館前広場(現広島市民球場付近)で市民球場建設促進ファン大会に1万人集まる。白石監督ら全選手と鈴木セ・リーグ会長、浜井信三広島市長らも出席。

9・15
 巨人戦(後楽園)で門前真佐人が通算1000試合出場を達成。27人目。

10・18
 3試合を残し、2年連続の4位決定。

10・22
 巨人戦(岡山)で山川武範が通算1000試合出場を達成。28人目。

11・5
 球場建設期成同盟会長らとカープ首脳陣が浜井広島市長にナイター球場建設を陳情。

11・27
 米カリフォルニア州フレスノ市の平山智外野手の入団決まる。

12・22
 広島市議会の定例会で「市民球場を児童文化会館北側1万3000坪に建設、市営住宅130戸立ち退き」の説明があり、広島電鉄が出資する野球場整地費2000万円の補正予算を可決。

 
流行語ロマンスグレー
 死の灰
流行歌お富さん
 岸壁の母


1・2
 皇居への参賀者、二重橋で大混乱。16人圧死。(二重橋事件)

1・14
 名古屋ドラゴンズが「中日ドラゴンズ」と改称。

2・1
 マリリン・モンローが夫のジョー・ディマジオと来日。

2・3
 石本秀一前広島監督がコーチとして西鉄入り。
 吉葉山が横綱昇進。

3・1
 米国がビキニ水爆実験。第五福竜丸被災。

3・31
 府中、三次、庄原、松永が市制施行。

4・14
 世界卓球選手権(ロンドン)で日本は男子単(荻村伊智朗)、男子団体に優勝。

4・18
 エジプトでナセル政権成立。

4・21
 犬養健法相が指揮権を発動。佐藤栄作・自由党幹事長の逮捕を阻止。(造船疑獄)

4・27
 広島県立農業短大が開学。

5・7
 ベトナム人民軍、ディエンビエンフー攻略。

5・22
 平和台球場の夜間照明設備が完成。

6・28
 周恩来中国首相とネールインド首相、平和五原則の共同声明発表。

7・1
 保安隊を改組し、自衛隊発足。

7・8
 藤村富美男(阪神)が洋松戦(大阪)でプロ野球界初の1000試合連続出場。

7・21
 ジュネーブ協定調印、インドシナの休戦が成立。

7・25
 阪神―中日戦(大阪)で球場にファン乱入、放棄試合に。

8・4
 英軍、スエズ撤退開始。

9・1
 大竹が市制施行。

9・18
 蔵前国技館が落成。

9・23
 ビキニ海域で水爆実験の死の灰を浴びた第五福竜丸無線長、久保山愛吉さん死亡。

9・26
 青函連絡船洞爺丸が転覆。1000人を超す死者、行方不明者。

10・12
 栃錦が横綱昇進。

10・26
 山口県仁保村で一家6人が惨殺される。(仁保事件)

11・1
 アルジェリア民族解放戦線が武装ほう起。

11・7
 中日が日本シリーズで西鉄を4勝3敗で下す。天知俊一監督、涙の胴上げ。

12・7
 吉田内閣総辞職。

12・10
 鳩山一郎内閣が成立。


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