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第3回 行動する人間は必要だがその行動が間違っている<戦争する国の道徳>

幻冬舎plus 11月17日(火)6時0分配信

宮台 真司
東 浩紀
小林 よしのり(漫画家)

 戦争する国になってしまった日本――。この危機に、かつてお互い罵り合っていた小林よしのり氏と宮台真司氏、そこに東浩紀氏が加わり、語り怒り合った『戦争する国の道徳』が話題です。第3回では、日本を代表する言論人たちによる議論がスタート。論じるのは、「日本を変えるにはテロしかないのか」。フランス同時多発テロ直後の今、私たちは、「テロ」をどう考えるべきなのでしょうか? 

 
東浩紀(以下、東) 小林さんが最近出された『大東亜論』と『新戦争論1』を、たいへん面白く読みました。『大東亜論』はアジア主義者・頭山満の弟子で、ときの宰相・大隈重信の片足を吹き飛ばした活動家──いまふうに言うとテロリスト──の来島恒喜を主人公とする作品です。

 小林さんは、この本で頭山や来島をとても好意的に描いています。帯文には「天下の諤々は、君が一撃にしかず!!」、つまり「いろいろしゃべってるやつらがいるけど、そんなのはお前が一発ガツンとやれば黙るんだよ」という意味です。また、この作品のなかでは、当時の大隈重信政権と、まさにいまTPPへの加盟を推進している安倍晋三政権がイメージ的に重ねられていたりもしますね。

 さらに小林さんは『新戦争論1』で、「もし日本が中国に占領された場合は」「わしが抵抗戦線の指揮をとってもいい!  あるいは手本として、神風特攻の第1号になってもいい!」とまで書かれている(107〜108ページ)。こうした小林さんの主張には、日本の現状に対するきわめて強い危機感が表れていると思います。

 世界に目を転じると、2015年の3月にはチュニジアのバルド国立博物館で無差別テロが起き、日本人観光客にも3名の死者が出たほか、負傷者の女性の一人が陸上自衛隊三佐だったことが判明し話題になりました。

 2015年の1月には日本人ジャーナリストの後藤健二さんと民間軍事会社経営を自称する湯川遥菜さんが、中東で猛威を振るっているイスラム国(ISIS)に拉致され、多額の身代金を要求された上、最終的には斬首という酷いかたちで殺される事件が起きています。これらを受けていま日本では、「テロは問答無用でダメであり議論に値しない」という声が強い。テロ肯定とは言いませんが、小林さんはそうした風潮とは一線を画した立場に立とうとしているように思えます。

 小林よしのり(以下、小林) 最初の『戦争論』を書いたのはもう17年前(1998年)なんだけど、あまりにも売れすぎたものだから、「小林よしのりがネトウヨをつくった」などと言われた。たしかに在特会(在日特権を許さない市民の会)にも『戦争論』を読んでいる連中が多くて、いまの日本の右傾化にわしは相当に影響を与えてしまったということで、左翼からはずっと批判されてきた。でも、今回の『新戦争論1』の売れ方や読者からの反応を見てみると、ネトウヨはもはやそこにはいない。ネトウヨの存在自体が世にはばかられるものになったからかもしれないけど、いまは良識のある読者が残って読んでくれていて、わりと理想的な状態ではある。

 でも『新戦争論1』の売れ方に、わしはまだ不満なわけ。もっと爆発的に売れなければ、世の中は変わらんと思ってるから。それで、いまはイデオロギーのまったく入り込まない戦争マンガを描いている。わしのせいでネトウヨが生まれて、日本人を右に寄らせすぎたというなら、自分が描くことで、それを真ん中まで戻す闘いを始める覚悟でいるわけだ。

 東 他方で、宮台さんは、かつて小林さんとは仇敵の間柄でした。『ゴーマニズム宣言』でも、なんども宮台さんのすがたが滑稽に描かれている。ところが最近では宮台さんは、安倍政権への怒りやアジア主義への親近感、保守の劣化に対する危機感など、小林さんとかなり問題意識を共有しているように見えます。そこでキーワードになるのが「感情の劣化」ですね。

 たとえばいま沖縄では、普天間基地の辺野古移転問題で県民の怒りが表面化しているわけですが、安倍政権は、そんなものはまるで存在しないかのように辺野古沖の埋め立てを進めようとしている。安倍政権に対しては、普通のルートではどんな言葉を届けようとしても阻まれてしまう状況です(鼎談収録当時)。そのなかで、我々はいったい何をすべきなのか。

 小林さんの『大東亜論』は、右か左か以前に、テロとは言わないまでも、「行動する人間」を切実に求めている本でもありますね。

 小林 だけど、行動する人間が実際に出てくると、ものすごい問題なわけ。たとえば「行動する保守」という連中が最近蠢いている。彼らは日の丸を掲げて国粋主義的なデモばかりやって、それで行動してるつもりになっている。沖縄では反基地闘争でやらなきゃいけない種類のデモがあるから、わしもデモ全般を否定はしないよ。でも吉田松陰の「知行合一」という言葉を、安倍晋三はじめ、自称・保守の側は完全に勘違いしてるわけ。NHKが安倍に媚びて、長州が舞台の「花燃ゆ」という大河ドラマを始めたでしょ。あれを見て安倍は喜んでるだろうけど、安倍やネトウヨは松陰に対する解釈が間違ってるんだよ。そもそも「攘夷」なら夷狄の軍隊を排除せねばならないはずだ。

 沖縄県民の民意を託された翁長県知事に、安倍首相は会おうともしない。批判など聞かずにただ辺野古基地をつくる行動を粛々と進めていけばいい、それが「知行合一」だと捉えてしまってる。民主主義の基本である「議論」などする気がない、とにかく行動だけやればいいという点では「行動する保守」と自称する連中も同じなわけだ。

 いま東京都の渋谷区で、同性愛の人たちが一般的な男女関係の人たちと同じ権利が持てる法案をつくろうとしてるけど、自称・保守がそれに対して反対デモをやる。他人の性的嗜好が国を脅かす存在のはずがないし、貧困層の増大のほうが少子化を促進して国を危うくするのがなぜわからないのか? 

 連中はなぜ同性愛の人たちがそういう法案を欲しているのか、同性愛の人たちがいまどういう境遇にあるのかなんて、まったく考えてない。反対デモの列から一人ずつ摘み出して、「同性愛であるだけで遺産相続ができなかったり、アパートを借りるときに男同士だと同居を拒否されるとか、いろんな不都合がある。それをお前はどう考えるんだ」と議論していったら、誰も反論できない。だって、なんにも考えてないんだから。ようするに「なにも考えないこと」イコール「知行合一」という話になってるんだけど、それは吉田松陰が言ったこととはまるきり違うわけだよ。

 わしは基本的に尊王攘夷だけど、そもそも安倍は「攘夷」じゃない。日米同盟のもとで、アメリカという夷狄にどこまでも従おうというんだから。でもこの二つの区別を、最初の『戦争論』のときは誰もわかってくれなかった。

 宮台真司(以下、宮台) 僕も尊王攘夷派、ただし「攘夷のための開国」派です。これは僕の師匠だった小室直樹先生がおっしゃっていたことです。攘夷派だからといって排外的になって閉じこもったら、むしろ攘夷を貫徹できない。そういう逆説に敏感でなければ、攘夷派とは言えない。自慰行為に耽るだけの、ただのバカです。

 我々はなぜ西洋近代やアメリカについて知らなければならないか。次にアメリカを相手に戦争をするときに、必ずやっつけるための学びだ、と小室先生は言います。その意味で、小林さんのおっしゃったことに、僕は完全に連帯できます。昨今の「知行合一」って、浅ましい実存の問題と、多くの人の命と幸いに関わる社会の問題を混同する、バカの営みです。

 僕のゼミにも昔はネトウヨっぽい若者がよく来ました。でも、心根はいいやつが多いので、合宿に連れていってちょっとした通過儀礼を経験させれば、3ヵ月もするとだいたい直せます。ネトウヨには童貞君がすごく多くて、そのへんの鬱屈が顔に出ちゃってるわけ。その部分の劣等感から来る緊張を取り除いてあげると、けっこう効果的なんですよ(笑)。

 そもそもネトウヨとは誰のことか。「ネトウヨって誰のことだよ」とほざいている輩自身のことです。「自分もネトウヨかもしれない」という危惧のない人間は、「ネトウヨって誰だよ」なんてどうでもいいことに絡んでくるはずがない。そんなことをぐじぐじ問題にする浅ましいやつがネトウヨです。

 東 要約すると、「ネトウヨはバカだ」と(笑)。

 宮台 そのとおり。昔は左翼シンパや「自称・左翼」にバカが多くて、「左翼はバカだ」と言える人こそが賢かったでしょう。よしりんが苛立ったのは、そういうバカに対してだよ。でもいまは「自称・保守」こと親米保守──僕の言葉では「対米ケツ舐め保守」──や、そこに連なる人間──僕の言葉では「2ちゃん系ウヨ豚」──にバカが多い。

 そもそも右翼、左翼というのは、思想の内容じゃないんだ。資本主義に賛成すれば右翼で、反対すれば左翼だとか、社会福祉などの再配分政策に賛成すれば左翼で、反対すれば右翼という話ではない。そんなのは哲学史や社会思想史を知らないバカが言うことです。つまりバカが大半なんだ。基本的に右・左を分けるものは「態度」です。

 立派な人間に出会って感染し、自分も立派な人間になろうと思う。そして浅ましい人間を排除し、浅ましさに近づくような自分の感情の働きを抑制しようとする。こうした構えが右翼。難しく言えば「主意主義」です。反対が「主知主義」で、それが左翼に当たる。19世紀のプロテスタント神学者シュライエルマッハの議論がわかりやすい。

 全能の神が存在するなら、なぜ世界に悪があるのか。究極の善に到るための「神の計画」だと理解するのが主知主義です。ただし神は完全で人は不完全だから「神の計画」を理解できない。これに対して、神は全能である以上は善であれ悪であれ何でも意志できるのだと考えるのが主意主義です。

 これを人にスライドするとこうなる。人の意志もまた端的なものだ。だから人はときには不合理を意志する。人が不合理を意志し得る以上、社会がどんなに良くなっても人が幸せになるとは限らない。これが主意主義の、つまり右の考え方だ。これに対して、社会が良くなれば人が幸せになると考えるのが主知主義の、つまり左の考え方だ。

 資本主義を肯定するのが右だとかいう輩や、資本主義を否定するのが左だとかいう輩は、石原莞爾や北一輝が右である理由を説明してみろや。彼らは資本主義を否定していたんだぜ。どうして右なのか。そう、彼らは社会を良くするためには資本主義をやめなきゃダメだと考えたが、それだけじゃ人間は幸せになれないと考えた。だから、右なんだよ。

 そもそも「対米ケツ舐め保守」などあり得ない。安倍の如き存在が許されてきたのは「対米ケツ舐め」を続けてきたからで、「反東京裁判的態度」と「対米ケツ舐め」は表裏一体。西ドイツと違い、アメリカが朝鮮戦争を背景に旧体制中枢を復帰させた日本では、「反東京裁判的態度」をとる旧勢力が、自分を温存させてくれたアメリカの「ケツ舐め」に勤しんできた。

 「押しつけ憲法」などとホザくのも恥知らず。日本は敗戦して、無条件降伏・武装解除・民主主義復活を含むポツダム宣言を受諾した以上、連合国にあれこれ押しつけられて当り前。戦争に負けておいて「押しつけられた」とギャーコラ叫ぶのは日本人の恥だ。この恥を晒すのが、アメリカにお目こぼししてもらった「対米ケツ舐め保守」というわけ。無様だ。

 「保守」を自称する昨今の無教養で浅ましき輩の連帯は、クソ左翼と同じだよ。それはクソ右翼と呼ぶべきものだ。そうじゃなくて、ああ、こいつは立派だなと思える態度を──国籍を問わず人が思わず感染してしまうような利他性や貢献性を──示せるかどうかだけがポイントなんだよね。

 戦前の行動派右翼は、みな一匹狼だった。僕は赤報隊の犯人は鈴木邦男さんだと思っていて、それを鈴木さん自身にも伝えてきたけど、彼が一水会を辞めても、いっしょに飯を食うと、いつも公安がついてる。「辞めたのにどうして公安がつくのか」と聞くと、「右翼が辞めて一匹狼になると、一人一殺をやるという話が語り継がれてるから」と言うわけ。

 簡単に言えば、本当の右翼なら、ヒヨコよろしくみんなとつるんで、インターネット上や街頭でピーチクパーチクわめき立てるような、浅ましい振る舞いは絶対にあり得ない、ということだ。実際、この手の輩を、YouTubeやUstreamで見ると、キモいおっさんやおばはんだらけじゃないか。

 小林 そのとおり。自分の属する組織に迷惑をかけないように、辞めてから一人でやるというのが本当のテロリストの覚悟だからね。

 (第4回は、「テロの恐怖が政治家に自己抑制や慎みを与えていた」です)


■宮台 真司
首都大学東京教授。社会学博士。1959年、宮城県仙台市生まれ。東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。理論社会学の著作『権力の予期理論』で戦後5人目の東大社会学博士学位を取得。90年代に入ると女子高生の援助交際の実態を取り上げ、行動する論客として脚光を浴びた。その後も、大学での研究・教育活動にとどまらず、インターネット動画番組「マル激トーク・オン・ディマンド」や個人ブログ「ミヤダイ・ドットコム」など自らの媒体を通じて、社会に積極的な発信を続けている。近著に『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(中経出版)など。

■東 浩紀
一九七一年東京都生まれ。作家、思想家。株式会社ゲンロン代表取締役。『思想地図β』編集長。東京大学教養学部教養学科卒、同大学院総合文化研究科博士課程修了。一九九三年「ソルジェニーツィン試論」で批評家としてデビュー。一九九九年『存在論的、郵便的』(新潮社)で第二十一回サントリー学芸賞、二〇一〇年『クォンタム・ファミリーズ』(河出文庫)で第二十三回三島由紀夫賞を受賞。他の著書に『動物化するポストモダン』『ゲーム的リアリズムの誕生』(以上、講談社現代新書)、『一般意志2.0』(講談社)、「東浩紀アーカイブス」(河出文庫)、『クリュセの魚』(河出書房新社)、『セカイからもっと近くに』(東京創元社)など多数。また、自らが発行人となって『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』『福島第一観光地化計画』(ゲンロン)も刊行。

■小林 よしのり(漫画家)
昭和二十八(一九五三)年、福岡県生まれ。
昭和五十一(一九七六)年、大学在学中に描いたデビュー作『東大一直線』が大ヒット。
平成四(一九九二)年、「ゴーマニズム宣言」の連載スタート。
以後、「ゴー宣」本編のみならず『戦争論』『沖縄論』『靖國論』『いわゆるA級戦犯』『パール真論』『天皇論』『昭和天皇論』『新天皇論』『国防論』『大東亜論 巨傑誕生篇』『AKB 48論』といったスペシャル版も大ベストセラーとなり、つねに言論界の中心であり続ける。平成二十四(二〇一二)年よりニコニコチャンネルでブログマガジン「小林よしのりライジング」配信を開始。

最終更新:11月17日(火)6時0分

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