ひとつの変化球
野茂のフォークボールは、メジャーで驚きを持って迎えられた。「最も打ち崩すことが難しい球」のひとつともいわれた。当時、ドジャースのデーブ・ウォレス投手コーチに「なぜ、野茂のフォークは打ちにくいのか」と聞いたことがある。「打者から見ると回転しながら向かってくるから、速球との見分けがつきにくく非常に打ちにくい。ほかの投手の球とは違う」と話した。フォークのように『抜く』球は、回転をかけないことによって落ちるのかと思っていた。回転している、とはどういうことか。 野茂は「イメージは回転させていました」と明かした。「打席に入って見ていないから(打者の感覚は)わかりませんけどね。(まっすぐとは)逆回転ですけどね。その方がキャッチャーが止めやすいですし」。
ストレートとの区別をつけにくくするために、あえて回転をかけ、たとえ捕手の前でショートバウンドしても、その回転の方が止めやすい―そういうことまで考えていたのか。
「最終的には。最初は何にも考えていませんでしたよ。落ちればいい、とだけしか。でも落ちるようになって、だんだん考えていって、最終的にはいろいろ考えるようになったということです」。
誰かが投げているフォークボールと野茂が投げているフォークボールと違いはあるのだろうか。
「にぎりがちがうだろうなあ、というのはわかります。落ち方で。僕はいったんブレーキみたいなのがほしいから、『いったん止まって落ちる』みたいなイメージで投げていました。そういう握りにしていました。金属バット時代の社会人なので、バットに当たっては意味がない。ブレーキのキレがないと空振りがとれない。それでそう思うのかもしれないですけれどね、潮崎(松下電器―西武)にしても与田さん(NTT東京―中日)にしても佐々岡さん(NTT中国―広島)にしてもみんな三振を取っていたピッチャーは変化球にブレーキがあったから。それを見て考えた。僕はそういうものを求めていた。ただ単に(ボールが)動けばいい、というのではなかった」。全日本代表であったそうそうたるメンバーの投球を見ながらやはり考えていた。
「回転させる」と「いったん止まって落ちる」。野茂のフォークボールの秘密が少しだけ見えた。
―メジャーではフォークボールを投げる人が少ない。なんででしょう
「なんででしょうね。ひじが悪くなるっていうことでしたけれどね」。
―そのことに対する意見はどうですか
「悪くなっても抑えたいっていう方を優先したってことです。悪くなってもメジャーで投げられればいいなってことです。自分がそれに対して責任とれれば。それでいいんじゃないですか」。
―長い間で負担はかかりますか
「(ひじを)2回手術しましたからね」。野茂は笑う。後悔の顔はまったくない。
野茂にはまっすぐとフォークしかない。ほかの変化球ということはありえなかった
「まあ、投げられなかったということですね(笑い)。スライダーは結局投げられなかったですね」。
―なぜ投げられなかった
「投げ方に合わなかったのだと思います。(現役)最後の方で、少し投げましたけれど、結局、ちょっと投げ方を変えなければいけなかった。投げようと思ったら(体が)開くし、開かなかったら(曲がらないで)まっすぐに行くし。ツーシームも僕の場合は全部まっすぐ行きますからね。変化しない。ちょっと投げ方変えないと」。
―だからフォーシームしか投げなかった
―カーブをほとんど投げないようになったのはなぜですか
「イケてないからです(笑い)。ボストン(01年)のころからかなあ。それまでは1~2球は投げているはずですよ(笑い)」。
―それは要求されなくなったのですか
「要求もされないですし、曲がらないですし。1回、ボストンでバリテックがキャッチャーの時に、トロント戦で9回1ヒットで終わったんですよ【注1】。唯一ヒット打たれたのがカーブだった。たぶん、それでだと思います。それから要求されなくなった。僕は(点数が)0ならばいいですけれど、でもそれなかったら完全試合ですからね、って考えたらキャッチャーは悔い残るんじゃないですかね。キャッチャーは組み立てているでしょうし、バリテックくらい勉強していたら悔い残るんじゃないですかね。結果としてですけれどね」。
メジャーにいった当時から現在までを見ても、いまだにあれほどの大きなフォークボールを武器にしている投手はいない。野茂はドジャースの投手陣を例に出して説明する【注2】。
「当時、ラモン(マルチネス)のチェンジアップもよく落ちていましたしね。イスマエルのカーブはよく曲がったし、みんなそれなりにいい変化球持っていましたよ。みんな効果的に試合で変化球使っていましたからね。僕のフォークも目を引きましたけれど、みんないい変化球持っていましたよ。アスタシオのカーブも大きかったし、キャンディオッティはナックルだったし、みんな光るものがあった」。そのころ、速球は90マイル~93マイル(145~150キロ)、フォークは77とか78マイル(124~126キロ)。20キロ以上の差がある。その差が胸のすくような三振を生んだ。「そういうボールなんですよ。一種の『チェンジアップ』ですからね。普通に投げて120㌔台の球なんですよ。僕の場合は、たまたまその速さだったということです。最初からそうでした」。
―まっすぐというものがあって、ペースを変えるための変化球があるというのが基本。それがマルチネスにとってはチェンジアップだったし、バルデスにとってはカーブだった。野茂にとってはフォークだったということか
「はい」。
野茂にとってフォークボールとは何なのだろう。
「ひとつの変化球ですよ。僕にとっては2種類しかないんですから。攻める道具です。武器ですからね」。
野茂の言葉に印象的なものは多い。メジャーリーグで取材していた時、「僕のフォークが思ったところに投げることができた時は、誰にも打たれない」と言いきった。それくらい自負していた球だ。
「そうですね。このシチュエーションでこのカウントだったら絶対に振ってくるって時に、しっかり落とせれば絶対に打たれないっていうのはあった。でもそれもまっすぐがあってのことですけれどね」。
野茂にはまっすぐとフォークしかない。不器用だし、会社に入ったばかりの新人は大先輩に聞くこともできず、ずっと観察しながら自分で考えて覚えた球だ。
日米を通じて200以上勝った投手はたくさんいる。けれど、現代の野球で2つの球だけで200以上勝つことの意味を考えてみる。それはとてつもないことに思える。野茂は、きっと「たいしたことないですよ」と言うのだろうけれど。
【注1】01年5月25日、レッドソックスに所属していた野茂はフェンウェイパークでのブルージェイズ戦で、被安打1、無四球、打者28人の準完全試合で4-0の完封勝利で5勝目挙げた。4回表、スチュワートに二塁打を打たれただけだった。
【注2】95年当時のドジャース先発投手陣は、ペドロ・マルチネスの兄ラモン・マルチネス(通算135勝88敗)2番手が抜群のコントロールをみせたイスマエル・バルデス(通算104勝105敗)3番手が野茂(日米通算201勝155敗)ナックルボーラーのトム・キャンディオッティ(通算151勝164敗)5番手はのちにロッキーズで17勝したこともあるペドロ・アスタシオ(通算129勝124敗)。それぞれが特徴を持っていた。
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野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。
95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。
06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。
日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。
野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。
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