4人死亡の山岳遭難 「やめた方がいいのでは」旅館主は声をかけた

小野智美 津布楽洋一
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 那須連山の朝日岳(那須町)で登山者4人が低体温症による帰らぬ姿で見つかった事故から、14日で1週間。登山者を泊めた旅館主に、遭難の前日と当日の様子を聞いた。

 4人のうち大阪市の65歳の医師は前日の5日、那須連山の三斗小屋温泉の煙草屋旅館に泊まっていた。

 5日の夕食時、黒毛和牛の陶板焼きやイワナの甘露煮を前に、館主の野本芳彰さんは宿泊客約30人に呼びかけた。「明日は風が強くなる予報だから(林間で風の影響を受けない)沼ッ原湿原に下り、そこからタクシーで駐車場に戻るのも選択肢です。タクシーをシェアして行かれたらどうですか」。1組の到着が風で遅れて日没後になったため、そう提案した。

 6日朝、野本さんは宿泊客3組がタクシーの予約電話を入れるのを聞いた。午前7時、温泉卵やウィンナーなどの朝食を終えて同行者と出かけようとしていた大阪市の医師に、野本さんは「どこへ行くんですか」と声をかけた。

 「大峠に行きます」という返事を聞いて、野本さんは、福島県境にある三本槍岳(標高1917メートル)から峠の茶屋駐車場へ下りるのだろうと察し、こう注意喚起した。「予報では風が強いので、やめた方がいいんじゃないですか」。風は前夜よりは弱まっていたものの、曇天で雨がぱらついていた。

 さらにこう続けた。「大峠は(迂回〈うかい〉できる)エスケープルートがないですよ。遭難しても風でヘリが飛ばないと思います。風が強くて無理だったら戻ってきてください」

 那須塩原署によると、6日午後0時23分、「(医師が)低体温症で動けなくなった」と同行者からの通報が入った。朝日岳(標高1896メートル)の「朝日の肩」と呼ばれる広場にいたが、風を遮る木々はない。「そこへ下りていく途中で天候が急変した」と同行者は話したという。

 立っていると飛ばされそうな強風で、小石が顔にあたるほど。岩につかまり、途中で動けなくなっている人には「大丈夫か」と声をかけて下山した。「こんな厳しい山とは思わなかった」と話していたという。

 通報を受け救助に向かった同署員と消防署員は午後2時40分、峰の茶屋跡(標高1720メートル)まで着いたが、風速30メートル台を計測。それ以上は進めず、7日に出直さざるを得なかった。

 6日の夜は雨がしとしと降っていた、と野本さんは振り返る。「『山は逃げない』という。また登ることはできるから、早めに判断して戻ることが大事」

     ◇

 県山岳遭難防止対策協議会は、県内の主な登山ルートの難易度を出している。最も難しい皇海山(日光市)は、体力度(1~10の10段階)が上から4番目の「7」、技術的難易度(A~Eの5段階)は上から2番目の「D」だ。今回遭難があった朝日岳は、体力度が10段階で上から9番目の「2」、技術的難易度が5段階で上から4番目の「B」と、難易度は低い。

 しかし、同協議会委員の渡部逸郎・那須山岳救助隊長(76)は「この評価は雪がなく天気が良好な時のもの」と話す。

 朝日岳を含む那須連山は富士山安達太良山、白馬連山とともに「風遭難」の多さで知られる。「新潟と栃木の間に他に高い山がないため、日本海からの北西の季節風が直接、那須連山にあたる。那須では登山者が100メートルほど飛ばされた例もある」

 7日に医師が発見された場所は、風を遮る木々のない尾根の上。他の3人がいた場所は尾根のくぼんだ鞍部(あんぶ)だった。鞍部にも注意を呼びかける。「風が巻き込んでくるので、尾根の倍ぐらい風の強さが増す」

 渡部さんは新潟県聖籠町で5日の強風が車や車庫を飛ばしたニュースに注目し、「この風は那須に来る」と警戒していた。自身は山ごとの天気予報サイトで気温や風速を確認している。風速10メートル以上は表示が赤くなり、「そうなれば山には行かない」と言う。

 「これから風本番の季節。新潟の風雨や風雪の予報に十分に注意してほしい。生きて帰るためには、午後3時に下山、もしくは山小屋に到着してもらいたい。そうでないと、救助隊はその日のうちに到着できない」と呼びかける。

 渡部さんや野本さんたちは「自分の体力に合ったコースで、時間の余裕をもって山を楽しんでほしい」と願う。(小野智美、津布楽洋一)

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    金子元希
    (朝日新聞ネットワーク報道本部次長)
    2023年10月14日12時10分 投稿
    【視点】

    山の地元で得られる情報は貴重です。 日常を知っているからこそ、「非日常」「異常」に気づけるのです。 登山は基本的には自己責任です。進むか、戻るかを決めるのは登山者です。 だから、「やめた方がいい」とまで登山者に言った旅館の方のアド

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