日本初の民間ロケット射場「スペースポート紀伊」が和歌山県串本町の田原地区に建設された。2023年2月末頃に予定されている民間の小型ロケット「カイロス(KAIROS)」の打ち上げを待つばかりだ。「本州最南端の町」串本町は、東側と南側に海が広がり、ロケットの打ち上げには最適な場所。串本町は今、「最南端のまちからロケット最先端のまちへ」をキャッチフレーズに、宇宙産業のまちづくりを進める。田嶋勝正串本町長に射場が出来た経緯、苦労談、宇宙産業がもたらす効果などについて聞いた。併せて、町の「ロケット推進室」が現在取り組む具体的な活動内容について担当者に取材した。

串本町の田嶋勝正町長(写真:水野浩志)
串本町の田嶋勝正町長(写真:水野浩志)

――ロケット射場「スペースポート紀伊」はどのような経緯で串本町の田原地区に決まったのでしょうか。

 2016年に和歌山県とともに当時のスペースワンの担当者が来られ、「日本全国津々浦々見てきたが、串本町はプロジェクトの有力な候補地」とおっしゃる。「えっ、何の話ですか?」と思ったら、ロケットの打ち上げ場をつくりたいという話でした。

 当時、北朝鮮がロケット弾を何度も撃っていました。串本町には航空自衛隊の分屯基地がありますから、正直なところ、もしかして将来そっちのほうに転用されるんじゃないかと思いましたが、、どうもそうじゃないと分かり、日本初の民間打ち上げ場ということがはっきりしてきたんです。それなら串本町にとって素晴らしい話だと理解するようになりました。

 ただ、問題がありました。ロケットは関東の工場でつくって運んでくる。「大きな車両が通れるように道幅を6mにして欲しい」「橋脚を丈夫にして欲しい」と言うんですね。建設課で試算してみると、それに20億円近くかかることが分かりました。串本町のような小さな町で、道路の拡幅、4つの橋の橋脚強化は借金をつくるだけで、到底できるわけありません。ほかに用地買収の交渉や漁業関係者との交渉といった課題もありました。

 県に相談すると、「我々も十分に考えるので、町長、やめるみたないこと言わないでくださいよ」と釘を刺されました。そこで私は「お金は出せないけれど、汗だけはかかせてもらいます」と言ったんです。

――財政的に厳しく、町としては「射場をつくらない」という判断もありえたわけですか。

 事業者のスペースワンに「もし串本町がダメだったらどこへ行きますか」と聞くと、「国内外を問わず、事業化に最適な他の候補地を探すことになります」ということでした。そして、「何年も(射場建設の)目処が立たなかったら、こちらもビジネスですから(串本町からは)サッと撤退させてもらいます」と言うんですね。

海岸近くの山中を切り開いて作られたロケット射場(写真:水野浩志)
海岸近くの山中を切り開いて作られたロケット射場(写真:水野浩志)
[画像のクリックで拡大表示]
ロケット組立棟(白い建物)と射座点検塔(PST、緑の塔)(資料:スペースワン)
ロケット組立棟(白い建物)と射座点検塔(PST、緑の塔)(資料:スペースワン)
[画像のクリックで拡大表示]
ロケットの打ち上げ時と打ち上げ後のデータを確認する管制室(資料:スペースワン)
ロケットの打ち上げ時と打ち上げ後のデータを確認する管制室(資料:スペースワン)
[画像のクリックで拡大表示]

 県を交えて話し合いをしていくうちに、知事(前知事の仁坂吉伸氏)も考えてくれて、「お金はうちが持ちますから」という話になりました。和歌山県としても、日本初の民間ロケット射場を県内に実現したいと思っていたんですね。

 こうして県の支援が得られ約束を取り付けたことから、2018年3月、串本町役場古座分庁舎に「民間ロケット射場誘致推進室」を設置し、スペースワンから射場予定地として選定されるように活動を始めました。

* 小型ロケット「カイロス(KAIROS)」は全長約18mの3段式固体燃料ロケットで、スペースワン(東京都港区)がカイロスによる商業宇宙輸送サービスを提供する。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型ロケット「イプシロン」の全長約24.4mよりやや小さい。カイロス初号機の打ち上げは当初21年度中としていたが、コロナ禍や国際情報などの影響で部品が手に入らないなどの理由により、2回の延期が発表されている。現在、23年2月末ごろの打ち上げを目指している。2020年代後半の年間目標打ち上げ回数は20回。スペースワンは、キヤノン電子、IHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行の共同出資により2018年7月に設立された。利便性の高い宇宙輸送サービスを世界最高の打ち上げ頻度で提供することを企業理念としている。