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《東日本大震災》新聞発行に甚大な被害 特別態勢で発行継続 計画停電、断水、燃料不足...予断許さず

 3月11日午後2時46分、東北の太平洋沖で国内観測史上最大となるマグニチュード9.0の地震が発生した。震度7の宮城県をはじめ広い範囲で大きな揺れが観測され、沿岸各地は津波で壊滅的な被害を受けた。地震直後から東北地方一帯、茨城県などが大規模な停電に見舞われた影響で、12日付朝刊の発行に甚大な被害が出た。デーリー東北、岩手日報、山形、河北、茨城は、災害援助協定を結んでいる近隣県などの新聞社に組み版や印刷を委託した。このほかの各社も予備電源を使い、ページ数を圧縮するなどして特別発行態勢をとり、新聞発行を継続した。停電は12日午前から順次復旧したものの、その後の計画停電や断水、燃料不足、製紙工場の被災の影響などにより、新聞発行の維持は予断を許さない状況が続く。

 気象庁は「東北地方太平洋沖地震」と命名。福島第一原発(福島県大熊町)で爆発が起きるなど、災害はさらに拡大している。

 河北は本社の制作システムが作動しなくなった。このため災害援助協定を結んでいる新潟に記事データを電送し、併せて整理記者2人を新潟に派遣した。12日付朝刊は8ページ建て。新潟が組み上げ、到着した河北の記者が確認した上で、河北の印刷センターに送った。予備電源を使い、47万2千部を印刷。紙面は避難所などにも届けた。車両規制で輸送できなかった石巻地区、販売所が津波の被害を受けた南三陸町のほか、共同輸送していた宮城県外には配達できなかった地域もあった。

 11日夜9時前には、同様の手法で制作した号外も発行した。ブランケット両面モノクロで、部数は1万部。

 12日付夕刊は4ページ建てで、3万5千部。システムが復旧したため、自社で制作した。夕刊がない13日は、4ページカラーの特別号外を3万5千部発行した。

 山形は12日付朝刊と、同日付夕刊の一部の印刷を新潟に委託した。朝刊はモノクロ8ページで20万部。刷り上がった紙面を新潟がトラックを出し山形の制作センターまで輸送した。夕刊は新潟が10万部を印刷し、県境の小国町まで届けた。午前中に電気が復旧したため、残り10万部は山形が自社で印刷した。新潟への委託分はモノクロ、自社印刷分はカラーで、それぞれ異なる「おことわり」が記された。

 新潟は12、13の両日とも通常通りのページ数で発行。受託している読売、日経の印刷にも影響はなかったという。

 岩手日報は12、13の両日付紙面の印刷を東奥日報に依頼した。記事のデータを送るとともに、整理記者ら7人を派遣し、現地で4ページ建ての朝刊を制作した。12日付は15万部、13日付は17万部。電力の供給が戻った14日付は、自社で16ページ建ての紙面を印刷した。

 デーリー東北には岩手日日が協力。紙面データの伝送を受け、4ページ建ての12日付紙面3万部を印刷した。製紙会社が輸送に協力し、紙面は午前6時20分過ぎにデーリー東北本社のある青森県八戸市に届いた。

 翌13日付の紙面制作では、NTTの回線が途切れ紙面データが伝送できなくなった。このためデーリー東北の技術者が紙面データをUSBメモリーに収納し、車で岩手日日に向かった。輸送用のトラックも向かわせた。しかし午後10時30分過ぎにデーリー東北の電力が復旧。13日付は自社での印刷に切り替えた。デーリー東北からは、自家発電用の重油を岩手日日に届けた。

 12日付の茨城は、読売の茨城西工場(茨城県茨城町)が停電となったため、東京北工場(東京都北区)で印刷された。4ページ建てで、部数は通常通り約12万3千部。読売が茨城県内まで輸送した。

 その後、予備電源で稼働させていた茨城の制作システムが電力を使い果たし、紙面を組むことも、読売に伝送することもできなくなった。このため茨城は災害援助協定を結ぶ下野に紙面制作と印刷を依頼。整理記者や販売局員を派遣し、13、14の両日付紙面は下野で制作、印刷した。部数は両日とも約14万部。

 秋田魁は自家発電で輪転機を稼働させ、12日付を8ページ建てで印刷。通常の1版体制を変更し、3版まで発行し詳報した。

 福島民報は、断水で輪転機をフル稼働させることができないため、降版時間を繰り上げて対応。12~14日付は16ページ建ての紙面を発行した。福島民友も降版時間を繰り上げた。12日付は8ページ建て、13、14の両日付は16ページ建て。また両社は12日昼、ブランケット判全カラー4ページの特別号外を発行した。

 いわき民報は印刷中に地震に遭い、作業をいったん停止。この影響で配達が3時間遅れた。

 常陽は停電で輪転機が使えず、12日付はA3判4ページの紙面をコピー機で約千部制作した。土浦市の避難所に直接届けたほか、一部は販売所から配達した。13日付以降は、輪転機で4ページ建ての紙面を印刷している。

 北羽は12日朝、チラシ用の印刷機を使いA3判モノクロ1ページの紙面を刷り、読者宅に届けた。電力復旧を受け、同日昼に4ページ建ての紙面を印刷した。

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