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編集長の視点|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農業研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

ミツバチとネオニコチノイド系農薬、「予防原則」で思考停止にならないために…

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2013年9月20日

 EUは2013年12月から、ネオニコチノイド系農薬のうちの3種の使用制限を始める。先週、NHKが「クローズアップ現代」で取り上げたこともあり、日本でもにわかに関心が高まっているようだ。だが、EUの規制の中身や日本の対応を正しく把握したうえで議論が行われているとは思えない。
 この問題、かなり複雑だ。簡単に「予防原則の適用を」と言えるような話ではない、と私は思う。重要な情報源をいくつか、ご紹介したい。

 一口にネオニコチノイド系農薬といっても、種類はさまざま。ミツバチに対する毒性もさまざまだ。そのうちの3種、クロチアニジンとイミダクロプリド、チアメトキサムについて、欧州委員会は使用規制を決めた。ミツバチが訪花する作物と穀物への種子消毒や土壌処理、茎や葉への散布などを止める。ただし、種子処理、土壌処理の規制は1月から6月までの播種に限るなど、全面的な禁止ではなく、例外的な使用方法なども明示されている。今年12月から2年間にわかって使用を制限し、その間に研究を進める——というのが主な内容だ(EU・Beekeeping and honey production)。

 従来から、ミツバチへの影響は取り沙汰されてきたが、学術誌「Science」にミツバチへの多大な影響を示す論文が掲載されるなどしたため、欧州食品安全機関(EFSA)に2012年春、ネオニコチノイド系農薬5種類の評価が依頼された。EFSAはいくつかの論文を精査し、5種類のうちチアクロプリドとアセタミプリドについてはリスクの懸念がないとして外し、残った3種についてさらに検討して、2013年1月にリスク評価を出した(EFSAプレスリリース)。

 それぞれの評価書を見ると、種子消毒や土壌消毒に使われた農薬がダストとして舞い上がり、それがミツバチに対して「急性」のリスクとなりうる、とされている。しかし、それ以外のダストによる長期慢性毒性や花粉・蜜を介したリスクなど、多くの項目については、一部「リスクあり」としたものもあるが、「データがないか十分ではなくアセスメントができなかった」という結論になっているものが目立つ。
 EFSAは、さまざまな場で「室内実験で確認されたリスクであっても、フィールドで起きるかどうかは不明」と強調している。

 しかし、これを受けて欧州安全委員会は3種類の農薬の「2年間の使用制限」を決めた。科学的根拠が不足していても対策をとるという「予防的措置(予防原則)」と呼ばれるゆえんだ。

 この措置に対して、専門家の意見がまちまちであることは、Natureの記事「Europe debates risk to bees」からも読み取れる。英国の新聞Guardian紙では7月、科学的な情報を市民に提供する活動を続けている非営利団体「Sense about Science」の幹部が「The precautionary principle is a blunt instrument」(予防的措置は、なまくら道具だ)というタイトルで寄稿し、批判した。EUの二つの農薬メーカーは8月、欧州委員会の判断は科学的ではないとして、欧州司法裁判所に撤回を求めて提訴している。

 米国は、このハチの問題に対してまた別のアプローチをしている。もともと、ミツバチの減少は「蜂群崩壊症候群」(CCD)が起きているとして、2006年から07年にかけて米国などで大きな注目を集めるようになった経緯がある(米農務省のCCDにかんするページ参照)。
 米国農務省は2012年、各分野の研究者や養蜂家などのステークホルダーを集めた会議を開き、13年5月に報告書を出している。それを読むと、さまざまなストレスと病原体が組み合わさってCCDを引き起こしているというのがコンセンサスであり、ダニやウイルス、微生物が引き起こす病気、遺伝的要因、栄養不足、それに農薬の影響などが原因として挙げられている。米国は今のところ、ネオニコチノイド系農薬にかんする特別な規制は講じていない。
 
 日本は、というと、農水省がウェブサイトに「農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組」というページを設けて、解説している。
 日本でも、ネオニコチノイド系農薬が使われている。農薬がさまざまな毒性評価を経て登録される際には、蜜蜂の試験も行うことが義務づけられており、毒性試験でミツバチへの影響が大きいということがわかった農薬については、散布の際に巣箱や周辺にかからないようにすることや、都道府県の畜産部局に連絡することなどがラベルに表示されている。ミツバチは法的には、飼育して利用する「家畜」に位置づけられているため、担当は畜産部局なのだ。

 2008年から09年にかけて蜜蜂の群数が減っているとの報告が相次いだことから、農業・食品産業技術総合研究機構畜産草地研究所などが中心となり、調査研究が行われた。その後、養蜂家などの関心も高まり、農薬が原因とみられるミツバチ被害の報告も寄せられている。だが、年間の発生件数は数件で、多くはない。日本ではCCDは起きていないというのが、農水省や研究者の見解である。
 
 「EUが禁止しているのに日本はなぜ、ネオニコチノイド系農薬を使うのか」と非難する市民団体などもあるけれど、日本での使い方はかなり異なる。EUでリスクが明確とされた、タネをまいた時に農薬がダストとして舞い上がるような使い方はされていない。水田でのカメムシ防除に対するネオニコチノイド系農薬の使用についてはミツバチの被害の訴えもあるので、農水省は情報収集と解析を行っているという。

 結局、ネオニコチノイド系農薬のすべてがミツバチに悪い訳ではないし、ミツバチへのリスクは使い方によっても大きく異なる。だから、「EUで禁止なのだから日本でもネオニコ禁止を」という論法は、科学的な思考とは言えない、と私は思う。

 NHKクローズアップ現代では、長崎県でJAと養蜂家が協議し、ネオニコチノイド系農薬の使用自粛という方針が打ち出されたとして褒めそやされていたが、その代わりにどんな農薬を使ったのか、あるいは農薬を使わなかったのか、カメムシ被害がどうなったのか、などは、なにも伝えられなかった。

 実は、水田でのネオニコチノイド系農薬の使用とミツバチ被害については岩手県で2005 年ごろから問題となり、2007年に養蜂家が、JAなどに対して農薬の販売差し止めと損害賠償請求を求める調停を裁判所に起こしたことがある。この時、裁判所は認めなかった。
 その後、同県ではネオニコチノイド系農薬を使いたい稲作農家や養蜂家、JAなどが集まって協議し、農薬を使う時期をあらかじめ養蜂家に知らせて、養蜂家が巣箱を移動させ、ミツバチが田んぼへ行って水を飲んだりイネの花粉を採取したりしないようにする取り組みが行われた。双方の努力により、岩手県では騒動は収まったと聞いている。一部のネオニコチノイド系農薬がミツバチに暴露すると大きなリスクとなるのは最初からわかっている話なので、使い方を工夫して問題を小さくしようとする努力が当たり前に行われた一例だ。

 そういう努力を知らずに、ネオニコチノイド系農薬を使わない代わりに用いる農薬や防除策のリスク評価、費用対効果の検討などをまったくせずに、「予防原則で禁止を」と主張する風潮は、前回も書いたけれどやっぱり、おかしい。かえって大きなリスクを招く可能性もある。
 ネオニコチノイド系農薬は、人へのリスクは小さい。従来広く使われてきた有機リン系殺虫剤が、人へのリスクの大きさから強い批判にさらされ、その代わりのネオニコチノイド系殺虫剤は登場と同時に歓迎され、一気に普及した。農業者の中には「ネオニコがだめということは、また有機リン系に戻れということなのか? ミツバチより人に影響がある方がマシということなのか」と怒りを口にする人もいる。

 EUや米国の研究やリスク管理の動向を見ながら、日本での検討も進め、もっと精緻な議論をすべきなのだ。玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村純教授が語った話が、ビデオニュース・ドットコムで公開されている。2009年のインタビューだけれど、まったく古くなっていない、と思う。「花を増やそう! みつばち百花」というサイトの中でも、ネオニコチノイド系農薬とミツバチの問題が、ミツバチに詳しい立場から書かれている。「ミツバチの気持ちby Junbee」さんという方の執筆のようだ。

 社会性昆虫であるミツバチへの影響を科学的に確認するのは、研究としてかなり難しいことだということは容易に想像がつく。だからこそ、予防的措置も必要だ、という意見に異論はないが、そこでも大事なのは、極力科学的に検証して不確実性がどこにあるかを明らかにし、代替策のリスクまで検討して包括的に対策を決める姿勢ではないか。
 ネオニコチノイド系農薬の一部については、水田のトンボへの影響も懸念され、研究が進められている(国立環境研究所)。冷静な評価と管理策が、日本でも求められている。

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