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問われる真偽 ホメオパシー療法

2010年7月31日付 朝日新聞東京本社朝刊beから

気が遠くなるほど薄めた「毒」を飲むことで病気を治す、という欧州生まれの代替医療ホメオパシーが「害のない自然な療法」と日本でも女性層を中心に人気が高まりつつある。だが、この療法が公的医療の一角を占める英国は今年、議会委員会がその効果を全面否定、公的医療から外すよう政府に勧告した。日本でも裁判が起こされるなど、その効果を巡ってホメオパシーは批判対象にもなってきている。(長野剛)

【図】ホメオパシー歴史拡大ホメオパシー200年の歴史、治療の流れ<グラフィック・下村佳絵>

◇ 自然派ママの心つかむ ◇

 「本当にいいものだから、みんなに知って欲しいんですよ。(中略)病名のつかない症状やメンタルな問題まで対応できる自然療法なんです」

 女優の沢尻エリカさんはホメオパシーについて、講談社のファッション誌「グラマラス」5月号のインタビューでそう語った。作家の落合恵子さん経営のクレヨンハウスが出す育児誌「クーヨン」も2007年以降、ホメオパシー関連の記事を掲載している。

 クーヨン編集長の吉原美穂さんは「自然な子育てに関心が集まり、化学物質が入った医師の薬に不安を持つ人が多い」と、育児の最中の母親らがひかれる理由を説明する。

 国内の代表的なホメオパシー業界団体のひとつ、日本ホメオパシー医学協会(東京)によると、ホメオパシーは今年だけで20回近く雑誌などで紹介され、利用者は国内に数十万人はいるとみられるという。

 ホメオパシーの原理は200年前、ドイツの医師ハーネマンが確立。彼がマラリア治療薬を飲んでみたら、マラリアと同様の症状が起きた。そこで「病気と同じ症状を起こせる物質なら、病気を治せる」という着想を得た。

 似た症状を起こす物質が、似た病気を治すというので「同種療法」と呼ばれる。一方、西洋医学の場合は逆に、病状を消すための治療を行うので「異種療法」とされる。

 ホメオパシー治療は「レメディ」と呼ばれる丸薬のようなものを飲んで行う。「症状を起こす毒」を、よく振りながら水などで薄め、砂糖粒に染み込ませたものだ。薄める毒は、毒草のトリカブトや昆虫、鉱石など約3千種類。

 ホメオパシーでは「薄めるほど効く」ともされる。その薄め方は半端ではない。一般的なレメディでは、10の60乗(1兆を5回掛け合わせた数)分の1に薄める。

 ここまで薄めると毒の物質は、事実上もう入っていないが「薄める時によく振ることで、毒のパターンが水に記憶される」と、協会会長の由井寅子さんは解説する。

 「自己治癒力が病気と闘っている時に現れるのが病気の症状。西洋医学は症状を緩和するが、治癒はさせない」。ホメオパシーで治せる病気は精神病から皮膚病まで多種多様で、がん治療も可能かと聞くと、由井さんは「そうです」と力強く答えた。

◇ 効果否定、「被害」訴えも ◇

 しかし、ホメオパシーは本当に効くのか。

 ニセ科学に詳しい大阪大学の菊池誠教授は「分子が1個も残らないほど希釈するのだから、レメディは単なる砂糖粒」とした上で「最大の問題は、現代医学を否定し、患者を病院から遠ざける点にある」と指摘する。

 今年5月、ホメオパシーが効かず「乳児が死亡した」という損害賠償請求訴訟が山口地裁で起こされた。乳児を自宅出産した母親が、助産師を訴えた。訴えによると、乳児が生まれた昨夏、助産師は一般に多く使われているビタミンKを乳児に投与せず、代わりにホメオパシーのレメディを投与。乳児はビタミンK欠乏性出血症と診断され、約2カ月後に死亡したという。

 インターネット上にも「被害」の訴えは多い。

 6月には都内の医師のブログに「悲劇を繰り返さないため何かできないものでしょうか」と訴える書き込みがあった。血液のがんの悪性リンパ腫で友人を失ったという人物の書き込みで、友人はホメオパシーでがんを治そうと通常の治療を拒否。結果、病院に運び込まれた時には、すでに手遅れになっていたという。

 このブログを開設する大塚北口診療所の梅沢充医師は「自分が実際に診た人のなかにも、ホメオパシーに頼った結果、手遅れになったがん患者がいる」と証言する。

 梅沢さんは患者を病院から遠ざける一因に「好転反応」という用語を挙げる。

 好転反応について、ホメオパシー医学協会の由井さんは「症状は有り難い」との持論で説明する。ホメオパシー治療では、病気の症状がかえって激しく出ることがあるが、それは治療で自己治癒力が向上したことの証しの「好転反応」で、有り難いことなのだ、という理論だ。こんな極論を信じた結果、患者は症状が悪化しても「良くなっている」と思いこみ、病院に行くのを拒否する、というのが梅沢さんの指摘だ。

 ホメオパシーの効果については、玉石混交の論文が多数書かれている。05年にスイスのベルン大学のチームが、110件の研究から極めて良質な8件を選び出し、ホメオパシーの効果の有無を総合判定する論文を英医学誌ランセットに報告した。チームは、良質な論文群を包括的に分析した結果、「ホメオパシーはプラセボ(偽薬)効果に過ぎない」と結論づけた。

 偽薬効果とは、薬効が全くない物質でも、本人が「効く」と信じて飲めば効くことがあるという効果のことだ。つまり、ベルン大の結論は「ホメオパシー自体には、治療効果は全くない」ということを意味している。

 さらに今年2月、英国議会下院の委員会は、ベルン大の報告など多くの報告例を調査検討した結果「ホメオパシーには偽薬以上の効果はないので、英国の公的医療の対象から外すべきだ」とする270ページをこす勧告を英政府に提出した。効果がないことについては「再調査の必要すらない」とまで強調している。

 一方、日本の厚生労働省は今年、ホメオパシーを含む代替医療を現在の医療体制に取り込むことを検討するため、鳩山前首相の所信表明演説に基づき作業班を発足させた。

 がんの代替医療の検証を行っている埼玉医科大学の大野智講師は「日本の行政はホメオパシーを含む代替医療について、ずっと当たらず障らずの立場を続けてきた。効かないものは効かないということも、国は責任を持って情報発信すべきだ」と指摘する。

◇ 担当した長野記者より ◇

 この記事の掲載作業が終わった直後の7月26日、英国政府は、ホメオパシー療法への公的補助を続けると発表した。上記記事にあるように英国議会下院の委員会が、「ホメオパシーには偽薬以上の効果はないので、英国の公的医療の対象から外すべきだ」と勧告を出していた。英国政府は「ホメオパシーに医療上の効果がない」ことに関しては全く反論せず、「委員会の結論の多くについては同意する」としている。勧告に従わなかったのは「患者の選択の自由は、妨げられないから」などと説明した。

 詳細は、編集部ブログ「こちらアピタルです。」に掲載しています。

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