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新しいニセ医学「新型コロナ否認主義」

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標準的な医学的知見を否定する名誉教授と市議会委員

日野市議会委員の池田としえ氏が、2020年6月8日に「新型コロナに迫る!」 *1と称して議会で質問をしたが、その内容に危惧を覚えたのでここで指摘する。端的に言えば、池田としえ氏は、Youtube等で徳島大学名誉教授・大橋眞氏が主張している「新型コロナウイルスは存在しない」というきわめて根拠に乏しい独自の説に基づいて質問を行った。動画*2を拝聴したところ、大橋眞氏の主張には問題点がいくつもあった。

池田としえ氏のfacebookより。「やはり、新型コロナウィルスは存在しない」。URL:http://archive.vn/SsLPH

ほとんどの人がご承知であるが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は重症の肺炎を引き起こす。しかし、大橋眞氏は標準的な医学的知見を否定し、「PCR検査で測定しているのは、病原性のない常在性ウイルスである可能性が高い。コロナ騒動は常在性ウイルスをみてそれで病気だ、たいへんだと国中大騒ぎしている」などと主張する。しかし、そう主張できるだけの根拠は提示されていない。大橋眞氏は、最初に武漢で報告された新型コロナウイルス感染症症例の肺において、免疫機能が落ちたために常在性のウイルスやバクテリア、真菌の類いが増殖している可能性を指摘した。そこまでは正しい。しかしながら、いまや、武漢だけではなく、世界中で新型コロナウイルスは確認されている。もし、新型コロナウイルスが病原性のない常在ウイルスであるのなら、世界中で多くの人が肺炎になり、死亡しているのはどういうわけであろうか*3。また、ニュージーランドや台湾といった防疫に成功している地域で新型コロナウイルスが検出されていない理由を説明できない。

大橋眞氏は「ウイルスを誰も分離していない」と主張しているがこれも誤りだ。新型コロナウイルスは分離もされているし細胞を用いた培養系も確立している。「このウイルスを使って感染実験、実証実験をしないとわからない」という主張も、現代医学を理解していないとしか思えない。新型コロナウイルスについてヒトに対する感染実験がなされていないのは事実だが、倫理的にそのような実験が許されるはずがない。コッホの原則(病気にかかった対象から分離された病原体を健康な個体に感染させ、病気が再現し同じ病原体が分離されることでもって病原体と病気との関連が示されるという原則)に触れて新型コロナウイルスの病原性が確認されていないとほのめかすが、コッホの原則には限界があることは現代医学では常識である。

感染実験なしでも、疫学的な方法で病原体と病気の関連を示すことはできる。たとえば、特定の井戸の水を飲んだ人たちにコレラが多く発症し、井戸の近くに住んでいるが井戸水を飲んでいない人からはコレラが発症してないことが観察できたとしよう。さらに、井戸水中およびコレラ患者の便中から同一の病原体が見つかり、健康な人から見つからなければ、その病原体がコレラの原因であると推定できる。付け加えれば、意図的にコレラ菌を感染させる実験を行わなくても、コレラ菌を含む井戸水を飲んでしまった人たちがコレラを発症することが、一種の実験(自然実験)になる。

新型コロナウイルスも同様の方法で病原体と疾患の関係を示すことができる。確かに、武漢の報告だけでは結果的に誤りであったということも可能性としてはありえた。しかし、世界中でこれまで経験したことにないような肺炎の流行が見られ、それらの症例中から高い確率で新型コロナウイルスが検出され、さらに重症肺炎を発症した人に濃厚接触した人が肺炎にかかり、その症例からも新型コロナウイルスが検出されているのだ。意図的ではないせよコッホの原則に準じた自然実験を、世界中で何度も再現性良く行っているようなものである。

大橋眞氏は自説をYoutubeではなく論文として発表すべきである。論文として発表する際には上記したような批判を査読者から受け、まともな医学雑誌には掲載されない。

「エイズ否認主義」との類似性

大橋眞氏の説を荒唐無稽と思われたであろうか。確かに荒唐無稽であるが、類似した先行事例がある。「エイズ(後天性免疫不全症候群)の原因はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)ではない」という、「エイズ否認主義」と呼ばれる主張だ*4。確かにHIVが発見されてすぐは、HIVが本当にエイズの原因かどうかについて確定的ではなかったであろう*5。ヒトに対する意図的なHIVの感染実験は倫理的に行うことはできない。しかし、その後の疫学的あるいは分子生物学的研究の進歩もあって、いまやHIVがエイズの原因であることについてまともな医学者の間では議論はない。感染実験の不在を根拠に病原体と病気の関係を疑うのはエイズ否認主義が由来と思われる。

エイズ否認主義は、おそらく、もっとも人を殺したニセ医学である。適切な治療を行えばエイズはコントロールできる病気だ。しかしながら、HIVが原因であると認めず、あるいはエイズ治療薬こそが病気の原因の一つであると誤認したらどうであろうか。そして、一個人が誤認するだけではなく、政治家が誤認してしまったら…。南アフリカ共和国では政府が標準的な科学的意見を受け入れず、HIVがエイズの原因であることや効果的な治療薬を認めなかったせいで2000年から2005年の間だけで33万人以上もの犠牲者が出たという試算がある*6

翻って「新型コロナ否認主義」を考えよう。新型コロナウイルスは常在する病原性の低いウイルスだという誤認がどのような結果を招くか。ことは感染症であるので不利益を被るのは誤認した本人に留まらない。ましてや地方自治体とは言え政治家が公衆衛生学的に害を及ぼす説に親和的であることはきわめて問題だ。

ニセ医学に対して批判的に言及すること自体が、動画の再生やウェブサイトの閲覧を招き、ニセ医学を主張する者に有利に働くというジレンマがある。放置するという選択肢もあったが、新型コロナ否認主義の動画は私が見たときには1万回以上の再生数があり、好意的なコメントもついていた。また、ある言論プラットフォームにゲストオーサーとして大橋眞氏の記事が掲載されていた。すでに新型コロナ否認主義は一定の注目を集めており、対抗言論が必要だと判断した次第である。動画やウェブサイトのURLを提示しているがリンクを張っていないのは、彼らの情報の拡散にできるだけ協力したくないからだ。読者のみなさんにもご配慮をお願いする。

新型コロナ否認主義と他のニセ医学との連鎖

新型コロナ否認主義とエイズ否認主義は外見の類似だけにとどまらない。新型コロナ否認主義の主張者はエイズ否認主義にも親和的である。池田としえ氏は「HIV(エイズ)でノーベル賞を受賞したフランスパスツール研究所のモンタニエでさえ動物の感染実験には未だ成功していない」と述べた。意図的な感染実験なしでも病原体と疾患の関連を十分に示すことができることをHIVの事例は教えてくれるのだが、池田としえ氏はそうした医学的な知見を理解していない。

また、池田としえ氏は、エイズ否認主義の代表的な提唱者であるピーター・デュースバーグの映画を好意的に紹介したことがある*7。これは池田としえ氏が全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長であることと関係があると思われる。池田としえ氏はHPVワクチンを否定する情報ならどのような怪しいものでも信じる傾向があるようで、「HPV(ヒトパピローマウイルス)は子宮頸がんの原因ではない。つまりHPVワクチンは子宮頸がんの予防には役に立たない」というニセ医学にも好意的である。事実は、HPVは子宮頸がんの原因である。デュースバーグはエイズ否認主義者であると同時に、HPVが子宮頸がんの原因であることも否定しており、HPVワクチンに反対するが現代医学についてよくわかっていない論者によってしばしば紹介されている*8。ニセ医学に頼らなくてもHPVワクチンによる被害を訴えることは可能であるのに、事務局長という立場の人間が怪しい説を信じてしまうのは不幸なことである。

大橋眞氏もまたエイズ否認主義にひじょうに親和性がある。というか、エイズ否認主義ど真ん中だ*9。標準的な医学的知見では、エイズの病原体はHIVであり、効果的な治療法もすでに存在している。信頼できる情報源はいくつかあるが、■公益財団法人 エイズ予防財団 | HIV感染症・エイズについて | HIV/エイズの基礎知識 | HIV/エイズと共にを紹介しておく。大橋眞氏はエイズ否認主義以外のニセ医学にも親和性があり、たとえば輸血利権や輸血の代替手段の研究のタブーの存在をほのめかす*10。輸血否定もニセ医学の定番だ。ちなみに一般的な輸液でどこまで輸血が減らせるかという研究はタブーだと大橋眞氏は主張しているが誤りである。タブーではなく大橋眞氏が知らないだけだ。また、輸血を含む血液製剤は献血といった有限な原料から作られており、「売血ビジネス」どころか医療費節約の観点からも、適正利用が勧められている*11

大橋眞氏は徳島大学名誉教授という肩書があり、専門分野で業績があることも否定しない。しかしながら、専門分野で業績のある科学者・医学者がニセ科学にはまってしまう事例はこれまでいくらでもあった。肩書だけで信用するべきではない。

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