４分の１の確率で松井秀喜を引き当てた長嶋監督は思わずサムアップで喜びを表した Photo By スポニチ

　中日から始まったくじ引きは、ダイエーへと続き、３番目に引いたのは阪神・中村勝広監督だった。箱の中の封筒は２通。やや苦笑しながら中村監督が選んだのは、下にある封筒だった。次に控える巨人・長嶋茂雄監督は、好むと好まざるにかかわらず“残りもの”を引くしかなかった。

　東京・新高輪プリンスホテルでの第２８回ドラフト会議。何十年に一人のスラッガーと呼ばれた、石川・星稜高、松井秀喜内野手(当時)を巡り、松井側の“逆指名”に沿って名乗りをあげた４球団が、静かにその時を待った。

　「それでは封筒をお開け下さい」。司会者からの指示に４球団の代表者が封を切った。白紙であることを確認した中村監督が隣の長嶋監督の方をのぞきこむ。封を開けるのに手間取った長嶋監督だが、中には「選択確定」の４文字が刻まれていた。

　右の親指を立てるサムアップのポーズで巨人関係者の席へ“イェ〜イ”と笑みを交えてシグナルを送った長嶋監督。１２年ぶりの監督復帰の最初の大仕事は“残りものに福”という結果になった。

　「このドラフトは一にも二にも松井だった。やった！という感じでなんとも言えない気持ちになった。巨人は藤田(元司監督)さんが原(辰徳内野手)を引いて以来、１位(であたりくじを引くことに)縁遠かった。僕は(くじを引くことを)辞退したんだが、周りに“お前に託す”と言われたんで引いた。でもいいボールが投げられて良かった」。あたりくじを“いいボール”と表現した長嶋監督の喜びようはかなりのもの。感激を抑えきれず、早速、星稜高校へ直に電話を入れた。

　「どうもはじめまして、こんにちは。そうですね、ありがとうございます。はい、こちらこそ。失礼します」。一方的に話すミスターに気の利いたことをいえるはずもなく、受け答えで精一杯の松井。長嶋監督はなんと言ったのか？松井によると「交渉権を獲得したんでよろしく、ということでした。読売という会社を挙げて指名したと言われてました。印象？テレビの印象そのままでした。いろいろ褒めてもらい嬉しかった」。はにかんだような笑顔を見せた、松井だが少し寂しそうでもあった。

　本命は球団は子どものころからファンだった阪神。残された封筒の２通のうち、別の１通を中村監督が引いてくれれば…とも１８歳の高校生は思ったりした。しかし、２回もゴネて、挙句の果てにトレードという手段を使って、巨人入りした某投手とは違った。

　「阪神ファンの僕にとって、巨人は憎らしい存在でした。でも、長嶋監督になって巨人への印象は変わってきた」。意に沿わなければ星稜・山下智茂監督の母校・駒沢大進学も選択肢としてあったが、松井の気持ちは“憎らしい”巨人入りに固まっていた。松井が生まれた１９７４年(昭４９)は長嶋監督が背番号３のユニホームを脱ぎ引退した年。松井が６歳の時に長嶋は最初の監督生活を終えていた。松井の中で野球人・長嶋をリアルタイムで実感することはなかったが、そのオーラーはテレビ画面を通じて感じており、直接電話で声を聞いたことで、より近い存在になった。

　ところで、松井が４球団競合した９２年のドラフトだが、もう１人社会人ＮＯ．１投手の評価だった三菱自動車京都の伊藤智仁投手も広島、オリックス、ヤクルトの３球団が競合。ヤクルトが交渉権を獲得したが、実はこれも“残りものに福”。最後に引いた野村克也監督が引き当てた。「ホテルに行く途中で霊きゅう車を見んや。オッと思って合掌したよ」とノムさん。ヤクルト優勝時に記念で作った１００万円の“勝負メガネ”をかけるほどの気合いだった。

　ドラフトでは多球団が競合すると“残りものに福”伝説が確かに存在する。８９年、８球団競合の野茂英雄投手(近鉄)、８５年、６球団競合の清原和博内野手(西武)といつも残された最後の１通を選ぶしかないという状況でのものだった。