グランプリ受賞のユニットが Firefox 3 の 15 秒 CM に挑戦! 〜パンタグラフさんの映像作りの舞台裏を紹介〜

昨年 12 月に開催された「2007 GET Firefox ビデオアワード」でグランプリを受賞したパンタグラフさんは、井上仁行さん、吉竹伸介さん、江口拓人さんら 3 人によるクリエイターユニット。オブジェやジオラマ、立体アニメーションなどを得意とし、魅力あふれる作品を次々に発表している。彼らのクリエイティビティはどんなところから生み出されているのか、神奈川区にある制作スタジオで話を伺った。

立体物の映像化に魅せられて

パンタグラフさんの制作スタジオは、みなとみらいが見える国道 15 号沿いのビルの 1、2 階にある。ユニットとしての活動が始まったのは 10 年前。井上さんと吉竹さんが一緒に同ビルをアトリエとして間借りしたことがきっかけだ。

「僕と吉竹は大学の同級生で、当初はあくまでそれぞれが作品を作る場として部屋を借りていました。その頃に広告美術を依頼されるようになり、「studio BIG ART」という名前で仕事をはじめました」(井上さん)

仕事の内容は主に、アルバムのジャケットや雑誌表紙用にオブジェやジオラマをスチル撮影するというもの。日経パソコンの表紙はあたたかな雰囲気と独特の質感が好評で、2004 年から連載が続いている。

そんな二人が本格的に映像制作を手掛けるようになったのは最近のこと。CM 制作などを通じてアニメーションづくりに興味を持ちはじめ、入居していたビルが改修するのも転機になった。

「オーナーがビル全体をデザイナーズマンションに改修する際に、1、2 階のスペースを自由に設計させてもらえることになったんです。そこで 1 階を撮影から編集まで可能な空間にすることで、本格的に映像製作に取り組む体制を整えました」(吉竹さん)

新しいスタジオが完成したタイミングで、大学の後輩である江口さんがユニットに加わった。以前からデジタルが苦手な二人をしばしばサポートしていたそうだが、映像にはデジタルな作業が不可欠ということで、一緒に活動することになり、この時にユニットの名称が「パンタグラフ」になった。

3 人の得意分野を活かした抜群のユニット

パンタグラフさんが得意とするクレイなどを使った立体アニメーションは、立体物のパーツをいくつも作って、少しずつ手で動かしながら一コマずつ撮影を繰り返すというとても根気のいる手法である。「どうしてあえてコマ撮りアニメを?」とたずねると、「自分たちが得意としているのは立体物の制作で、それ以外はできないんです」との答え。手作りの作業を重ねることで、3DCG アニメにはない独特の味わいを表現できるのだろう。

3 人の持ち味が見事にコラボレーションしている点も、パンタグラフさんの魅力になっている。制作では特に役割分担はせず、作品のアイデアを話し合いながら、誰がキャラクターを作るか、素材にクレイか木を使うかといったことを決めていくそうだ。

「たとえば、グランプリを受賞した「The Night」の、パソコンがハンドミラー越しに Firefox をインストールするというアイデアはみんなで考えたもの。制作も撮影を井上、音入れや編集を僕がやるという以外は、みんなで一緒に作っています。3 人とも作る作業も好きですが、考える作業もけっこう楽しんでいて、ついついアイデアを出しすぎちゃうことも少なくありません。実は Firefox のビデオのアイデアも 3 作あったんですよ。ただし時間の関係で応募したのは 2 作になっちゃいました」(江口さん)

今回の応募作品でこだわったのは、ウェブ向けという点。パソコンのディスプレイで見る映像はテレビや DVD とは異なり画面も小さく暗めなので、どう見せれば効果的かを考えた。「毎回、作品を作るごとに新しいことを試してみる」ということで、「The Night」では照明で夜の雰囲気を出した。結果的に味わいが出て、納得いく仕上がりになったそうだ。

自信はあったが予想外だったグランプリ受賞

パンタグラフさんがビデオアワードに応募したきっかけは、「知り合いの映像作家の方から紹介されたから」だそうだ。

「正直、豪華商品につられたところもあるんですが、YouTube など動画サイトが流行っているのは知っていたので、ネットで作品を公開するにはちょうどいい機会だと思って参加しました。Firefox は以前から仕事でも使ってましたし、コンテストのテーマも自由度が高かったので、アイデアはどんどん出てきましたよ。たとえばロゴが特徴的で、キツネ、炎、地球といったわかりやすい要素が入っている。それに、テーマカラーもはっきりしてるし、ブラウザということはあえて説明しなくてもいいぶん、要素をいじって見せる方法を考えました」(井上さん)

パンタグラフにとってウェブ向けのコンテストは初めての挑戦。作品を見た人からリアルタイムに反応やコメントがあるというのも初めての経験だった。「おかげで投票期間中はサイトが気になって、しょっちゅうサイトをチェックしてました」と井上さん。「授賞式にはグランプリをとる気満々で出席しましたが、会場で他の作品を見るとだんだん自信がなくなって…。グランプリをいただいた時も実感がわかず、そのまんまぼけーっとしてたと思います」

個人での活躍や経験の積み重ねが相乗効果を生み出す

パンタグラフの 3 人は、それぞれ個別の活動も行なっている。たとえば吉竹さんはヨシタケシンスケというペンネームでイラストレータとしても活躍していて、自身の著作物や本の装画なども手掛けている。最近では、「チーム・バチスタの栄光」など医学ミステリーのベストセラー作家である海堂尊氏の「医学のたまご」の表紙や、朝日新聞の土曜日夕刊にて「文化おしぼり」という一コマイラストを連載している。

江口さんはミュージシャンとしても活動中。パフォーマンスが中心のユニットで、そこでの経験を活かして、作品の音楽制作やアテレコを務めることもある。とにかく、話を聞けば聞くほどユニークなのだ。

最近では映像の仕事も増え、ケータイ向けのループアニメや社員教育用のアニメなどを手掛けている。取材時は、「星新一ショートショート (NHK)」の一作を制作中だった。毎回さまざまな作家が SF 短編小説に合せて独自の映像ワールドを展開する番組で、パンタグラフさんは「おーい でてこーい」というちょっとブラックな話を担当している。さらに、今回のグランプリ受賞をきっかけに、Firefox の 15 秒 CM も手掛けることになった。

「CM は 15 秒という短い時間で Firefox のメッセージをどう伝えるか、という点が難しかったけれど、チャレンジしがいもありました。CM はそうした決まりがある中でアイデアを考えるおもしろさがあります。機会があればストーリー仕立ての短編映画のような作品もチャレンジしてみたいと思っています」(井上さん)

広告の仕事で多忙なパンタグラフさんだが、ソロ活動も積極的に続けて、できれば以前に同ビルで不定期で開催していたアートイベントも再開したいという。

活躍の場をどんどん広げているパンタグラフさんの作品に、今度はどこで出会えるかが楽しみだ。

Firefox 3 の 15 秒 CM について

2008 年 6 月 16 日から 22 日まで、JR 東日本の山手線、中央線、京浜東北線等のトレインメディア (ドア上映像パネル) にて放映。同期間、一部オンラインバナーでも掲載します。この 15 秒 CM ができるまでの制作風景も Flickr で公開中。実際に車内で CM をご覧になった方は、ぜひ Mozilla Japan ブログのエントリー にコメントやトラックバックを残してください。

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1階のスタジオはコンクリート打ちっぱなしの壁に高い屋根で窓は少なめ。アニメのコマ撮りやパソコンでの編集、音入れなどもすべてこなせるようになっている。

一つ一つキャラクターや舞台、背景、を動かして撮影を重ねることで、独特の味わいのある映像ができあがる。

ストーリーに合わせてクレイ以外にもいろいろな素材でアニメ制作をする。キャラクターは生活用品などを加工して作ることが多く、そうした工夫を考えるのも楽しい作業の一つのようだ。

江口さんは映像に不可欠な編集や音響、さらにウェブやデジタルデータの管理などを担当している。ミュージシャンとしても活動しているため作曲したり、アテレコもお手のものだそうだ。

ビルの屋上に出る扉はまるで基地のよう。

屋上からはみなとみらいの風景がのぞめる。花火大会の季節には知人を集めてパーティも開くそうだ。

山手線で放送中の 15 秒 CM (車内では音声はありません)