Home > 昔の生活と文化 > 青い目の人形大邱高女の青い目の人形
青い目の人形は昭和の始めアメリカから
友好のため子供達への贈り物でした。
1万数千体の青い目の人形が届いたので
全国各地の学校などに配られました。
大邱高等女学校にも2体の人形が迎えらました。
両脇に歓迎人形も添えられて歓迎式典が行われ
その様子が絵葉書になっています。「米国使者人形歓迎 大邱公立高等女学校々友会」
写真はkuno-chan 様からのご提供です。
青い目の人形を送った米国にお礼を送る為に寄付金が集まり、返礼人形「 ミス朝鮮」が送られました。
大邱公立高等女学校は大正5年4月 大邱府東雲町に
開校しました。公立となっているのは大邱居留民団が解散した後、
財産を委託した大邱教育組合が作った学校だから
なのです。大正14年に学則を改正して5年制度になり、10学級から
増やして11学級になりました。写真は慶北大鑑315頁(昭和11年発行)
大邱高等女学校があった場所を訪ねてみると
現在 国債報償運動記念公園になっていて、
当時の学校の痕跡はありません。日米が戦争を始めたとき 罪の無い多くの人形が
壊されたり、捨てられてしまいました。戦争のとき消えたか?敗戦で日本人が帰国した
時の ゴタゴタの為なのか?最近になって学校が
撤去される時消えたか?
学校が存在しない以上 探す事は困難でしょう。(2007/12撮影)
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