皆さんは「プルドポーク」という料理をご存知だろうか?
おそらくほとんどの方は耳にしたことがないであろうが、アメリカではソウルフードと言われるほど馴染みの深い豚肉料理なのだ。
そんな「プルドポーク」がいま日本でも、ニュース番組で特集が組まれるほどに注目されている。
そもそも「プルドポーク」とはどのような料理なのか? 今回はその道の達人に、プルドポークの魅力と調理法を教わってきた。
達人が作る、しっとり柔らかプルドポーク
愛知県長久手市。2005年の「愛・地球博」の会場となり、近年は名古屋のベッドタウンとしても人気の街だ。
ここに、武馬剛さんがオーナーを務める「SKILLET DINER(スキレットダイナー)」がある。
「スキレット」とは、鋳鉄製の重厚なフライパン。テフロン加工のフライパンが普及するまでは、アメリカの台所ならどこにでもあった、家庭料理の象徴でもある調理器具だ。
その名の通り、SKILLET DINERではファストフードでもジャンクフードでもない、アメリカの温かな家庭料理を楽しむことができる。
まずはさっそく、プルドポークを頂こう。
▲プルドポークサンドイッチ(1,180円/サラダ・ソフトドリンク付き)
プルドポークとコールスローをバンズで挟み、仕上げに自家製のバーボンバーベキューソースをかけた「プルドポークサンドイッチ」。
口の中に入れた瞬間、豚肉の旨みと燻製の香りがいっぱいに広がる。パサパサ感はまったくなく、肉の繊維の一本一本がしっとり柔らかくて、食感がとても優しい。
プルドポークは150gとかなりの量を挟んでいるが、コールスローがさっぱりしているため、最後まで胃もたれすることなく存分に楽しむことができた。
▲今回プルドポークについてお話を伺った、武馬剛さん
オーナーの武馬剛さんは、20歳の頃にアメリカで出会った家庭料理の美味しさが忘れられず、2009年にSKILLET DINERをオープンした。
武馬さん:プルドポークは、もともとアメリカ・カロライナ地方発祥のバーベキュー料理でしたが、現在ではアメリカ全土でポピュラーな料理です。
ちなみに、「プルドポーク」「ブリスケット」「スペアリブ」がアメリカの“三大バーベキュー料理”と言われています。
──アメリカと日本のバーベキューは、どこが違うのですか?
武馬さん:日本のバーベキューと言えば、切り身の肉を高温直火で手早く焼いて食べますよね。
一方、アメリカの「バーベキュー料理」は肉を低温でじっくりと焼きます。この調理法を「ロー・アンド・スロー」と呼び、こちらが本場のバーベキューのスタイルだとされています。
塊の大きな肉を、蓋つきのスモーカーで200〜250℉(93〜121℃)の低温で長時間燻すように焼くことで、脂身を落として柔らかくジューシーに仕上げることができるんです。
▲アメリカでは一般的な、蓋つきスモーカーで燻製中の自家製ベーコン
完成まで1日半
日本とアメリカのバーベキューの違いについて教わったところで、今度は実際にプルドポークを作るところを見せて頂いた。
──プルドポークに使用する部位はどこですか?
武馬さん:本場アメリカでは「ボストンバット」と呼ばれる、肩ロースより少し腕に近い部位が使われます。
ただし、日本ではボストンバットは流通していませんので、ほど近い「肩ロース」が一般的に使われていますね。
(写真提供:武馬さん)
武馬さん:まずは肩ロースの表面にイエローマスタードを塗り、シーズニングスパイスをしっかりまぶして、ひと晩寝かせます。
▲豚肉の表面にまぶす、シーズニングスパイス。材料は三温糖、パプリカパウダー、クミンパウダー、チリパウダー、ガーリック、セロリシード、塩、胡椒
──ひと晩寝かせたら、いよいよスモークですね。
武馬さん:これは、つい先日アメリカから輸入した「オフセットスモーカー」です。
──二段構造になっているスモーカーは初めて見ました。
武馬さん:二段構造のうち小さい方のボックスグリルで炭を燃やし、メインのボックスグリルに食材を入れます。
武馬さん:小型のボックスからの流熱で、メインのボックスを熱してスモークします。熱量は小型のボックス側で調整できるので、メインの蓋を開けることなくしっかりスモークできるという優れものなんです。
▲メインのボックスグリルの内部は、250℉(121℃)前後になるように調整している(写真提供:武馬さん)
武馬さん:この温度計で、肉の中心部の温度を確認します。中心部が150℉(65℃)に、そして表面に「バーク」と呼ばれる黒い焦げのようなものがしっかり付いた時が、スモークを終えるタイミングです。
ボックス内の温度の上がり方や煙の上がり方で、スモークの時間は変わります。今日は朝10時半から始めたので……ここまで7時間ぐらいかかりましたね。
▲上がスモークする前、下が7時間スモークした後。表面に黒い「バーク」がしっかり付いていることがわかる(写真提供:武馬さん)
▲スモーカーから取り出した塊肉。肉の中心部の温度はぴったり65℃だ
──スモーカーから取り出したら完成ですか?
武馬さん:いえ、これで終わりではありません。塊肉をアルミホイルでしっかりと包み、今度はオーブンで再び火を通します。
武馬さん:アルミホイルで包むことで、肉の水分を逃さず、中までしっとりジューシーに火が通るのです。この技を「テキサスクラッチ」と呼びます。
──テキサスクラッチ! カッコいい呼び方ですね(笑)。
武馬さん:プロレスの技みたいなネーミングで好きなんですよ(笑)。ちなみにこの調理法、テキサス以外の地域の人からは「邪道だ」なんて言われてるそうですよ。
武馬さん:実は、本場ではここで再びスモーカーに入れるのですが、私はオーブンを使います。
アルミホイルで包んであるので、これ以上はスモーカーでもオーブンでもできあがりはほぼ変わりませんから、時間短縮のためにオーブンで加熱していきます。
そしてオーブンで焼くこと、2時間。オーブンから肉を取り出し、いよいよ裂いていく……のかと思いきや。
武馬さん:最後に肉を休ませてあげます。
……それから待つことさらに1時間。朝から始まったプルドポーク作りも、すでに外は日が暮れ、時計は夜8時を回った。
そして、今か今かと待ちわびていたこの時がついにやってきた。
武馬さん:さあ、今から肉を裂いていきますよ!
アルミホイルの中から現れた肉は、真っ黒なバークが脂でキラキラと輝き、熱々の湯気とともにスモークの香りがふわーっと広がる。
トングを使って大胆に肉を裂き始めた武馬さん。これが驚くほど簡単に裂けていく。
武馬さん:せっかくなのでやってみませんか?
お言葉に甘えて、特別に肉を裂かせてもらった。表面はまるでコラーゲンのようにぷるんぷるん、トングを突き刺すと簡単に繊維が離れていく。
突き刺して広げて…突き刺しては広げて……おもしろいぐらいに肉が裂けてしまうのだ。
武馬さん:実は、このように肉を裂くのはテキサス地方だけなんです。発祥のカロライナ地方では、包丁で叩くようにチョップしていくそうですよ。
最後に、シーズニングスパイスとBBQソースを和えて、プルドポークの完成だ。
貴重なできたてのプルドポークをひと口頂いた。
──白い部分は肉の旨みがすごいですね。それに比べて黒いバークの部分は、まるでスパイスの味が凝縮されたような濃い味です。
武馬さん:バークは決して焦げている訳ではなく、肉にまぶしたスパイスと煙の粒子が凝集したものです。つまり、美味しいプルドポークにはバークこそが重要なんです。
武馬さん:そのまま食べてももちろん美味しいですが、うちではコールスローと挟んだシンプルな「プルドポークサンドイッチ」と、パティ・レタス・トマトとともに挟んだ「プルドポークバーガー」の2種類をメニューに用意しています。
▲プルドポークバーガー(レギュラーパティ/単品1,430円)。※こちらは10月末までの期間限定のため、現在は販売終了
日本でもプルドポークブームの火が付きつつある?
──今回はスモーカーを使った調理方法を紹介して頂きましたが、他にも調理方法があるのでしょうか?
武馬さん:アメリカの一般の家庭では、オーブンを使って焼くことが多いようです。とはいえ“ロー・アンド・スロー(低温で長時間ゆっくり焼く)”なのは変わりません。
あと最近では「クロックポット(スロークッカー)」と呼ばれるタイマー付きの調理器具で、簡単にプルドポークを作ることができるそうです。
ポットに材料とソースを入れて蓋をし、温度とタイマーをセットすれば、あとは温度を一定に保って調理してくれるんですよ。
──スモーカーで作るのと比べたら、かなり便利ですね。
武馬さん:そうですね。ただしこれらの調理方法だと、スモークの香りもバークも付かないので味が変わってしまいます。そこで「スモークリキッド」と呼ばれる料理用の液体を入れることで、スモークの香りを食材に付けることができるんです。
──日本では、プルドポークはどの程度浸透しているのでしょうか?
武馬さん:うちでは、約1年前にプルドポークをメニューに取り入れました。当時はほとんどのお客様が知りませんでしたが、最近では定着してきて少しずつオーダーも入るようになりましたよ。
──SKILLET DINERにはアメリカ人の方もよく来られるんですよね?
武馬さん:そうですね。アメリカ人のお客さんの中には、毎回プルドポークをオーダーされる方もいます。やはり、このあたりのエリアではまだほとんど食べられないからじゃないでしょうか。
中でも、アメリカ南部出身の方は特に喜ばれます。逆にニューヨークやシアトルなど北部の方は反応が薄くて、アメリカ人の中でも温度差がありますね。
▲店内に掲げられたアメリカ地図。訪れたアメリカ人が出身地にピンを刺していくのが、このお店の恒例
──今、グルメバーガー専門店からプルドポークブームの火が付きつつあります。その理由は何だと思われますか?
武馬さん:最近アウトドアがブームじゃないですか。それでバーベキューが取り上げられて、その流れでプルドポークが注目されているのかもしれません。
あと、日本人は豚の角煮とかチャーシューとか、柔らかい食べ物が好きですよね。だからプルドポークのホロっとしたやわらかさが合うのだと思います。
プルドポークの完成まで1日半、正直ここまで時間と手間をかけて作られているとは思わなかった。
最後に武馬さんから、プルドポークを作る上で重要なポイントを教えて頂いた。
それは「とにかく慌てるな」。
慌てずゆっくりじっくりと作れば、必ず美味しいプルドポークはできあがる。
スキレットダイナーに足を運びやすい名古屋圏にお住まいの方はもちろんのこと、その他エリアでもアメリカンダイナーやハンバーガー専門店で「プルドポーク」の名前を見かけたら、ぜひその調理工程にも思いを寄せつつ味わってもらいたい。
お店情報
スキレットダイナー
住所:愛知県長久手市先達1303
電話:0561-76-3347
営業時間:11:00〜15:00、18:00〜22:00
定休日:毎週火曜日、毎月第二水曜日(祝日は営業)
書いた人:はやしまさよし
ハンバーガーをこよなく愛する東海ハンバーガー協会会長。年間に食べるハンバーガーは300食以上。ハンバーガーイベントでの審査員。ご当地バーガー開発のアドバイザー。東海ハンバーガースタンプラリー主宰。