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今週のコラム
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チンギス・ハンは誰の英雄
ボルジギン・ブレンサイン
早稲田大学モンゴル研究所客員研究員
(中国・内モンゴル自治区)

今年はチンギス・ハン生誕840周年だ。モンゴルでは7月から8月にかけて国を挙げて偉大な民族の英雄の誕生を祝った。公然とたたえることが出来なかった社会主義時代には考えられない熱狂ぶりだった。

 隣の中国・内モンゴル自治区では状況が少し違い、二つの記念式典が別個に行われた。一つは、自治区でも遊牧民の伝統が強く残っているウジュムチン草原で、あるモンゴル人遊牧民が自腹を切って開いた生誕記念祭典だ。国や自治区政府の関係者の姿はなかった。中国の少数民族地域で行政が関与しない集会が行われるのはまれなことだ。

もう一つは、別の場所で政府が組織した「中華民族の英雄チンギス・ハン」の記念物展示会などだった。チンギス・ハンは、中国史上最大の国土を誇った元朝の始祖であり、領内最大の少数民族の一つであるモンゴル民族の祖先でもあるという理由で「中華民族の英雄」とたたえられている。

 中国に暮らす各民族が皆「中華民族」の一員であるという「多元一体」の民族理論によるものだが、この「中華民族の英雄」というバッジをつけない限り、少数民族出身の英雄は中国の表舞台に登場できない。中国が警戒しているのは記念活動を通して「汎(はん)モンゴル主義」が台頭することであり、中国領内のモンゴル人が自民族の英雄を素直に記念することにアレルギーを示してきたのである。

かつて日本も大東亜戦略で、モンゴル人の歓心を買うためにチンギス・ハンを利用しようとした歴史があった。そのシンボルとして内モンゴル自治区ヒンガン(興安)のウランホト市(王爺廟)に「チンギス・ハン廟」を建てた。最近香港の資本によって改築され、中華民族の英雄として本格的に生まれ変わろうとしているようだ。

 世界一の大帝国を築き上げたチンギス・ハンを自分たちの先祖や英雄になぞらえる現象は中央アジアの国々にも多く見かける。だが、モンゴル人の目には、「中華民族の英雄」としてのチンギス・ハンがもっとも「らしくない」かもしれない。

2002年11月29日
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