シリーズ展開、十字ボタンが登場

 ゲームの操作ボタンに十字ボタンを使い始めたのは、1981年である。業務用で流行していたゲーム「ドンキーコング」をゲーム&ウォッチに移植したときに採用した。

 業務用のゲーム機では、登場するキャラクタの移動方向を指示するのに、一般にジョイスティックを使っている。細い金属の棒の先に付いた球を握って移動させ、キャラクタを動かすのである。これをそのまま小さなゲーム&ウォッチにもってくるわけにはいかない。そこで登場したのが、4方向への移動を指示できる十字ボタンである。十字ボタンは特許となり、ファミコンやゲーム・ボーイに受け継がれることになる。

 ただし、すんなり十字ボタンが登場したわけではない。まず女性の乳房のような形をしたボタンを試作した。「乳房の先をキュッ、キュッと押したら操作できるだろう思ったけど、試作したら思った通り動かせなかった」(横井)。続いて平たい板を試作したが、これも失敗した。「結局、画面を見ていたら、どこを押さえているのかを確認するためにボタンを見るといったことはしない。十字ボタンにすると、いちいち目で確認しなくても指の感触で方向がわかる」(横井)。これが、約1週間の試行錯誤で導かれた結論である。

 この十字ボタンは、ゲーム機の左側についている。本来、複雑な動作を指示するボタンは、右側についているのが自然である。右ききの人が多いからだ。一方、当時の業務用のゲーム機は、ジョイスティックが左についていた。ゲーム&ウォッチでもとりあえず業務用のゲーム機に習って、十字ボタンを左側に配置することにしたという。横井自身も、「感覚的には右側にあるのが普通だと思う。ゲーム&ウォッチ以降、今日まで左に十字ボタンを付けるのがテレビ・ゲーム機の流れになってしまった。おかしな話だ」と語る。

ゲーム&ウォッチの経験を生かす

 ゲーム&ウォッチを開発した経験は、1983年登場のファミコンや1989年登場のゲームボーイでも活用された。

 たとえばファミコン。開発の中心となった開発2部は、いろいろ評価した結果、十字ボタンの採用を決めた。ただし、ここにはプラスチック成形の技術者がいなかった。そこで、横井が所属する開発1部がコントローラと本体を設計した。

 ゲームボーイは、ゲーム&ウォッチの後継品として企画された。これは「一般にはファミコンの携帯版と見られているようだが、開発したわれわれはゲーム&ウォッチのワン・ハード・マルチ・ソフト化、つまり一つのゲーム機でいろいろなゲームを楽しめるものを目指した」(横井)と言う。ゲームボーイの画面を白黒にしたのも、ゲーム&ウォッチを引き継いでいる。

 横井と岡田のコンビは、このゲームボーイの開発でも腕を振るうことになる。

(文/田中 正晴、高野 雅晴)

(※本記事は「日経エレクトロニクス」1994年7月4日号の「ファミコン開発物語」を再掲載したものです。登場人物の肩書きおよび企業名等は、雑誌掲載当時のものとさせていただきます。あらかじめご了承ください)

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