【マラソン】「苦渋の決断」のもとは「あやふやな基準」

沢木強化委員長 激動の3・15。マラソン代表選考会議は、大半を“高橋尚子問題”に費やされた。「苦渋の決断」の末に出た結論は、アテネ行きを確信していた前回五輪金メダリストの落選だった。五輪のたびに誰かが泣かされるマラソン代表選考。なぜ、4年に一度、騒動は繰り返されるのか。“Qの悲劇”の連鎖を断ち切るためには、何が必要なのか。緊急連載で探る−。〔写真:報道陣の前に現れた沢木強化委員長=左。苦渋の胸の内を吐露した=撮影・森本幸一

 午前8時、代表選考原案作成委員会で、沢木啓祐強化委員長(60)が「野口、土佐、坂本」案を提出。長い一日が始まった。選考会の結果を重視した案。すかさず、反対意見が飛び出した。

 「高橋は東京でしか、負けてないじゃないか」。小掛照二副会長(71)が議論を展開する。シドニー五輪金メダル、日本最高記録保持者、国民的人気者の高橋。「五輪に出してやりたいとは、幹部のみんなが思っていた」と、帖佐寛章副会長(73)は振り返る。

 だが、坂本、土佐の2人に順位もタイムも劣る高橋を入れる有力な理由は見つけられない。選手はじめ、現場からの反感も考慮した沢木委員長は、原案を主張。「泣いて馬稷を斬る、だ」(帖佐副会長)。午後1時からの理事会、午後2時からの評議員会での承認を経て、午後3時から代表発表。沢木委員長は発表時間のほとんどを選考理由説明に充てた。

 「今回は陸連がちゃんと選んだ」(帖佐副会長)。確かに、選考会の結果を重視した、一見、真っ当な結論だった。だが一方で、高橋にすれば“裏切られた”との思いは、あるはずだ。

 陸連の選考基準は(1)世界選手権メダリストの日本人最上位者(2)対象レースの日本人上位で、本番のメダルが期待できる選手−の2つ。(2)はきわめてあいまいだ。過去には、有森裕子ら実績重視で選考された例が多い。東京国際で当落微妙な結果を残した高橋の選択は、前例と自分の実績を信じ、名古屋国際を回避して待つことだった。が、今回は選考レースの成績のみで選ばれた。

 陸連の“方針転換”だけが、原因ではない。根っこにある選考基準のあやふやさが、悲劇を生み出す。「苦渋の決断だった」と吐露した沢木委員長は、選考方式を変更する可能性があることもこの日、明らかにした。尚子の悲劇が繰り返されないために今、新たな道が、求められている。

【五輪取材班】

★選考経過★

 女子は世界陸上銀の野口が既に代表に決まり、残り2枠。選考4レース中、最高タイムで名古屋を制した土佐が当選。最後の枠は大阪で優勝した坂本と同2位の千葉、東京2位の高橋で争った。高橋は終盤に失速した東京の内容より、大阪の終盤で坂本が見せたスピードへの評価が上回り、坂本が当選。高橋は実績が配慮され、補欠からも外れた。

 男子は選考レースでトップタイムの国近、続いて世界選手権2大会連続5位入賞の油谷が選ばれた。最後は国内各選考会2位の諏訪、大崎、小島忠の3人中で最高のタイムだった諏訪が入った。

★理事会出席者★

 河野洋平(会長)渡辺泰造、帖佐寛章、小掛照二(以上副会長)桜井孝次(専務理事)谷口栄一、鈴木義元、田中稔、関山由雄、藤田幸雄、大野利雄、鈴木存、遠藤鉄雄、深沢通之助、国分一郎、吉見正憲、小山真吾、三宅勝次、浜崎栄則、渡辺和己、広島日出国、佐々木秀幸、大串啓二、沢木啓祐、田中嵩、山下佐知子、増田明美(以上理事)吉田正平、高橋勲、板橋弘徳、鴻池清司(以上連絡理事)五島哲(監事)

★選考委員★

 帖佐寛章、小掛照二(以上副会長)桜井孝次(専務理事)沢木啓祐(強化委員長)木内敏夫、宗茂(以上強化副委員長)浜田安則(強化企画部長)青山利春、宮川千秋(以上強化特別委員)山本征悦(事務局長)

 ◆有森裕子さん(バルセロナ銀、アトランタ銅メダリスト) 「今回も選考基準の不明確さなどが指摘されているが、純粋に頑張りたいと思って結果を出し、代表に決まった選手には温かい声援を向けてほしい。高橋さんには新たに目標とするレースで元気な走りを見せてくれることを期待しています」

 ◆君原健二さん(メキシコ五輪銀メダリスト) 「女子の候補者は全員実力が伯仲し、選ぶのは大変だったと思う。高橋選手は今回涙をのまざるを得なかったが、もう一度頑張りたいと思えば、世界選手権もあるので頑張ってほしい。選ばれた選手は、残された時間を使って挑んでほしい。私もメキシコ五輪最終選考で大変にもめた末出場した経験があるので、選手の気持ちは分かる」

 ◆中山竹通さん(ソウル、バルセロナ五輪代表) 「果報を寝て待てじゃ、五輪には出られない。宝くじを買わずして、当てようとしていてはダメですよ。やはり、高橋は名古屋に出るべきだった。小出さんもなんで逃げたのだろう。昨年11月の東京国際で走っていても、名古屋国際に出ていれば当確していたと思いますよ。予選を飛び越えて、決勝(本大会)を考えちゃダメ。高橋はもう、次(北京五輪)はないですね。トラックじゃ戦えないし、このまま消えていくのかな、と思いますね。今回の選考方法は、前より進歩がありました。これから徐々に、もめなくなるでしょう」


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